もう一人の転生者
敢えて誰視点かは書きませんが、すぐに自己紹介してくれます。
「ふぅ、終わったわね」
「お疲れさま、姉さん。で、これはバッドエンドなの?」
「どうかしら。バッドエンドには見えないわね」
首を傾げると弟はクスクスと笑った。黒髪に白髪の混じった頭をしているが、顔は実年齢よりはかなり若く見える。
わたくしの名前はサクラ・アタラード。
家は喫茶店を経営している、と言っても十年以上前に最愛の夫が他界してからはメインは息子夫婦にお任せしているが。
息子夫婦には子供がいて、名前をニックとティアという。どちらも目に入れても痛くない程可愛い孫だ。
突拍子もない話だが、わたくしには前世の記憶がある。
異世界の日本という国で医者として生き、流行病で亡くなった。医者の不養生とはまさにこの事ね。
わたくしがこの事を思い出したのが、まだわたくしが10代の頃だったと思う。
その時のわたくしは、隣国リオレナール王国の王女だった。
前世の記憶を思い出した時はそれはもう驚愕したわ。転生という科学的に証明出来ない事柄、魔術なんてありえない文化、まだ発展していない文明。
王女という高い身分に生まれたのは良かったけれど、あの時代の医療体制は最悪だった。
前世が医者だっただけにそれが許せなくて、王女という身分を存分に使って医療革命を起こしてやったくらいよ。わたくしは魔力が多く、王位継承権はわたくしが持っていたから、このままリオレナール王国を医療大国にしようと思っていたわ。
でもそれは一人の男性との出会いによって崩れ去ったの。
雷が落ちたかの衝撃だったわ。一目惚れというやつね。
わたくしは隣国の平民の彼に出会ってその日のうちにプロポーズをして、最初は断られつつも押して押して押しまくったの。
彼の方が歳上だったのだけど、反応があまりにも可愛くてわたくしはどんどん好きになっていったのよね。そういえば、王女時代に作ったシルクサテンの布の名前をわたくしと彼の名前を合わせたものにした事もあったわね。若気の至りね。
そしてようやく彼もわたくしを受け入れてくれ、数年後には国も家族も全てを捨てて彼の元へ嫁いだわ。
それからの日々は本当に幸せだった。
愛しい人とその人との子供と喫茶店を経営して、息子にもお嫁さんが来てくれて、可愛い孫も産んでくれた。
でも二人目の孫、ティアと名付けられたその子を見た時に、再び記憶がなだれ込んで来たの。
前世の記憶を思い出した時よりも衝撃は少なかったけれど、とても驚いたのは変わらないわね。
まさかここが、わたくしが前世でやり込んだあの乙女ゲームの世界だったなんて。
そして、この可愛い孫娘、ティアがあの乙女ゲームの主人公だったの。
そういえば、あのゲームはヒロインの祖母が昔隣国の王族で、孫娘を嫁がせる為に大きく動くのだった。
わたくしは考えたわ。
この子が幸せになれるならば、わたくしはあのゲームの祖母のように大いに協力する。
ただ、あの乙女ゲームはヒロイン結構大変なのよね。嫌がらせも受けるし。可愛い孫娘にそんな思いはさせたくない。
なので、ティアには特別厳しく礼儀作法を教える事にしたの。貴族に馬鹿にされないように。それに後々貴族嫁ぐ事になるかもしれないのだから、教えておいて損はないわ。
それから、隠しキャラであるツバキはゲームでは最初、自分の立場を脅かすかもしれないヒロインに突っかかって来て印象最悪だったから、予め交流を持たせておいたわ。やはりゲームの強制力でもあるのかツバキはティアに好意を持っていたわね。
やっぱりゲームは開始するのだと、この時は思っていたわ。
たがら、ティアが8歳の時に友達のカインくんと婚約した時はとても驚いたの。
え?攻略対象は?まだ出会っていないけど?!
と混乱したのよ。しかも、相手があのカイン・ファロムだったから余計にね。
カイン・ファロムはあのゲームの黒幕だ。
杜鵑草事件も第一王子暗殺事件もヒロイン誘拐事件も全て裏で彼が糸を引いているの。
侯爵家のくせに魔力が少ないと、誰からの愛情も受けずに孤独に育った彼は、その優秀な頭脳で悪戯に様々な事件を起こしてはそれを密かに楽しむ、そんなはた迷惑な趣味をお持ちだった。
隠しキャラであるツバキのルートではそんな彼の本性が暴かれる。
ツバキとヒロインが協力してカインの悪事の証拠を固めていく。そして、卒業間近にノアを唆し、誘拐事件を起こさせた彼は、助けに来たツバキにより罪が表沙汰になり、結局彼は死罪になる。それがツバキルートのハッピーエンド。
ツバキルートのバッドエンドでは唯一ヒロインがカインと結ばれるの。・・・結ばれるというか、カインに攫われて監禁されるだけだけど。
そんな彼だけど、それが暴かれるのは隠しキャラであるツバキのルートだけ。他の攻略対象ルートでは立ち絵どころか名前すら出てこないのよ。
わたくしは仕事の合間にストレス発散にゲームをやり込んだから知っているのよ。うふふ。
・・・話が逸れたわね。
ともかく、ティアが黒幕であるカインくんと婚約した時はどうしようかと思ったの。
でも、8歳の彼はゲームのような陰鬱な雰囲気も無いし、ティアの事が大好きなのが全面に出てるし、ティアが彼を選んで幸せになれるなら、わたくしは応援しようと思ったの。
まぁ、貴族に嫁ぐ事が決定したから、礼儀作法は更に厳しくさせてもらったわよ!
魔術学園に入ってゲームの世界が始まったら、ティアは攻略対象に惹かれるかと思いきやそんな事は全くなくて、むしろどんどんカインくんとの仲を深めていくし、カインくんもティアを心の底から大切にしてくれていたから、そのまま見守っていたらティアは魔術学園を卒業して、カインくんと結婚したのよね。
そう、わたくしのリオレナール王国の元王女という立場を全く使わずに。
あの子は平民でありながら、自分の足で侯爵令息との結婚まで辿り着いたの。何故か他の貴族からも『ティア様』と呼ばれている孫娘は何故か王宮魔術師見習いにまでなったらしい。
・・・ヒロインってこんなに逞しかったかしら?
まぁ、何にしてもティアが幸せならばそれでいいのだけれど。
「俺はツバキ推しだったんだけどなー。ティアをリオレナール王国に迎えられなくて残念だ」
「ティアの意思に反する事したら怒るわよ」
「わかってるさ。姉さんは怒ると怖いからね」
目の前で肩をすくめる弟はリオレナール王国の元国王。今は王位を息子に譲って大公をやっているらしい。
わたくしが前世の記憶持ちな事も知っているので、ディープな話が出来る唯一の相手。
「姉さんは誰推しだったのさ」
「わたくしはティアが選んだ相手なら誰だっていいわよ。敢えて言うならカインくん推しだわ」
わたくしは愛に生きて国をも捨てた人間だから、孫のティアにも大好きな人と幸せになって欲しい。それがゲームの黒幕だろうとティアが幸せになれるなら構わない。
「カインかー。彼が政治の中枢にくい込んで来るとサクレスタ王国はかなり厄介な存在になるんだが・・・」
「知らないわ。頑張んなさい」
「・・・うん、まぁ、息子と孫が頑張るだろう」
「放り投げたわね」
「俺ももう引退した身だからね。こうして姉さんとのんびりお茶でも飲みながら余生を過ごすさ」
「孫たちを観察しながら?」
「もちろん。面白いだろう?」
「否定はしないわ」
残り時間の少ない年寄りはあとは見守るだけにしましょうか。
ゲームの時間軸は終わったけれど、ティア達の物語はまだまだ続いていくのだから。