レオンハルト・サクレスタ
お弁当の食べ方を説明すれば、皆恐る恐るながら食べてくれた。
だけど食べ始めれば、
「美味しい!」
「青空の下で食べるのもいいですわね」
「確かに形はアレだけど、味は美味いな」
「片手で食べられるのは楽でいいな」
と、どんどん食べ進めてくれた。気に入ってもらえてよかった。
わいわいと食べていると、少し離れた所からザッザッと数名の足音が私達のいる芝生に近づいて来た。
最初は団体さん?とか思ったけれど、違う。成人男性がほとんどで、皆屈強な体格に統一の鎧を着込んでいる。鎧に描かれているのはこの国の紋章。
初めて見るけど、おそらく、あれは騎士団だ。
「アーサー、あれって騎士団だよね?何かの訓練?」
父親が騎士団長だし、一番事情を知っていそうなアーサーに小声で尋ねる。
「あれは近衛騎士団だな。人数が少ないから訓練じゃないと思う。・・・誰かの護衛か?」
「護衛?って事は護衛対象が何処かに・・・」
・・・騎士団が近づいてきてわかった。いるわ、護衛対象。騎士団の真ん中に。
数人の女の子を侍らして歩く少年。長い銀髪を肩口で緩く結び、金色の目をした、この国の第一王子、レオンハルト・サクレスタが。
レオンハルト・サクレスタ
この国の第一王子にしてゲームの攻略対象。そして、悪役令嬢リリアーナ・ロサルタンの婚約者だ。
彼は非常に傲慢で自信家、俺様ナルシストである。婚約者がいるにも関わらず、常に数人の女性を侍らせている。
レオンハルトのルートではヒロインは初対面からレオンハルトに気に入られ、事ある毎に妾になれと誘って来るのだ。
乙女ゲームで妾かよ!と過去の私もツッコミを入れさせてもらったが、強引に迫って来るレオンハルトにヒロインは拒否しつつも惹かれていく。
そんなレオンハルトが変わる出来事が、レオンハルト暗殺未遂事件である。
これは第二王子派の貴族が企んだとされているが詳しくは語られていないので不明だ。
たしかな事は、この事件をきっかけに自分が王太子になるのだと過信していたレオンハルトは自分に自信を無くし、引きこもってしまう。そのレオンハルトを叱咤し、表舞台に引っ張り出すのがヒロインである。そして、レオンハルトはヒロインの大切さに気付き、他の女性との縁は切り、二人は結ばれる。というものだ。
つまり、現時点でのレオンハルトは傲慢で自信家、ただの俺様ナルシストである。
関わりたくない。
「皆、一旦お弁当片付けて場所移動しない?邪魔になるかも知れないし」
「そうだね」
「それがいい」
皆、近衛騎士に護衛されるような人と関わりたくないのは同じなのだろう。いそいそとお弁当を片付け始める。
しかし、
「ん?おい!そこの者共!」
レオンハルトが私達に向かって声をあげる。
ひゃー!気付かれたー!こんな平民に声かけないでよ!!
呼ばれた私達はザッと跪く。王族に呼ばれたのに逃げる訳にはいかない。
レオンハルトの歩みに合わせて当然だけど騎士も、周りの女の子達も一緒に歩いてくる。
私達の前で足音が止まった。
「お前達、何をしていた?」
「昼食を、片付けておりました」
レオンハルトの問いかけに代表してアーサーが答えてくれる。
ありがたい。祖母に礼儀作法を習ってはいるが、いきなり王族と話すのはハードルが高すぎる。
「ふむ。しかしまだ食べ終わってはいないようだが?」
「皆様の邪魔になってはいけないと、移動する所でした。速やかに移動しますので、どうかご容赦ください」
お弁当箱の中まで覗かないでっ!
というか、早く何処か行って!!
周りの女の子達も「ねぇ殿下、こんな平民放っておいて行きましょうよぉ」って猫なで声で言ってるよ!是非そうしてください!
「いや、そのままで良い。・・・随分不細工な形だが、これが昼食か?」
レオンハルトは私のサンドイッチが入ったお弁当箱を持ち上げ―――――
「おっと、手が滑った」と地面に落とした。
ガシャン!という音を立ててサンドイッチは地面に転がった。
「・・・!!」
きゃははと周りの女の子達の高い声が頭に響く。
「・・・」
お弁当・・・朝早くから起きて頑張ったのに・・・どう考えてもわざとでしょ?貴族ってこんなに理不尽なの?
拳をギュッと握り込んで耐える。感情を出してはいけない。
「すまないな。おい、そこの黒髪の女!」
・・・私?
珍しい黒髪の女など、この場には私だけだ。
「・・・はい」
顔を上げるとレオンハルトはピンッと何かを弾いて寄こす。
「昼食をダメにした詫びだ。やろう」
「・・・」
金貨だった。この国で金貨1枚あれば平民4人家族が1ヶ月は暮らせる額だ。この俺様王子はお金の価値も知らないのか?それとも、平民をバカにしているのか?
「・・・要りません」
「何だと?」
「この弁当にこれ程の価値は御座いません。なのでこの金貨は必要御座いません。お返しいたします。弁当はほとんど食べ終わっていましたので、お気になさらないでください」
金貨を突き返す。レオンハルトはそんな私を数秒見ていたかと思うと、ふん、と鼻を鳴らし金貨を受け取る。
「まぁ良い。それより――――」
グイッ
・・・へ?
レオンハルトに腕を取られ引き寄せられる。
「やはり美しい顔立ちをしているな」
「・・・はい?」
「その目、その髪、その顔立ち。美しい上に珍しい。其方、私の妾にならないか?」
ゾワッ!
イケメンに迫られているはずなのに身体中で鳥肌が立った。
気持ち悪い!!
「・・・折角のお誘いですが、わたくしは一平民ですので、高貴な殿下とは釣り合いません。ご容赦くださいませ」
本当は顔をしかめて腰に回された手を思いっきり振りほどきたい。しかし、私は祖母の礼儀作法の指導を思い出しながら表情を取り繕い、レオンハルトの手をやんわり振りほどき、少しでもレオンハルトと距離を取り、丁寧に礼をする。
お願い、諦めて!!
「ふん、まぁそれもそうだな」
そう言って、やっと興味を無くしたのかレオンハルトは取り巻きを連れて私達から離れて行った。
レオンハルトが完全に見えなくなったら、私は地面に崩れ落ちてしまった。
「ティア!!」
カインが1番にやって来てぎゅっと抱きしめてくれる。
「ごめんね、ティア。助けてあげられなくて」
辛そうなカインの声に、私もカインをぎゅっと抱きしめ返す。
「そんな、カインが殿下に割って入ったら下手したら不敬罪にされちゃうよ。動かないでくれてよかった。でも・・・」
「でも・・・?」
あれ、なんだろう、極限まで緊張していたからかな。カインの腕の中が暖かくて、カインの匂いで安心して、落ち着いて、涙が溢れてきた。
「怖かったよぉ・・・」
うぅぅぅ・・・と私はしばらくカインの腕の中で泣き続けた。




