結婚式1
結婚式の話は全てティア、カイン以外の視点での話です。
今回はアーサー視点→テオ視点になります。
カインとティアの結婚式はカタロット教の大聖堂で盛大に行われる。ティアはもっと小さめの教会でいいと言ったらしいのだが、カインを始めファロム侯爵家、ニコラス殿下の勧めもあり、大聖堂で行われる事が決定したようだ。
「緊張しちゃうなー」
「え、カインでも緊張とかすんのか?」
今日の主役の一人であるカインは白の正装に白のネクタイだ。ジャケットには金色の糸で豪華な刺繍が施されており、ふわふわした焦げ茶色の髪は整髪料できっちり整えられている。あまり筋肉が付きにくい体質らしいカインは細身だが、通り過ぎる使用人が思わず振り返る程の美男と化している。
そんな美男は口では「緊張する」とか言いながら顔はゆるっゆるで蕩けた顔をしている。いつもの無表情どこいった。
「そりゃそうだよ。僕がどれだけこの日を待ち望んで来たと思ってるのさ」
「まぁ、そうだろうけど」
幼い頃に出会ってからずっとティアだけを欲してきたカインの願望が今日ようやく叶うのだ。
「ティアってば本当に可愛いから、他の男に取られちゃうんじゃないかって僕がどれだけ心配したか・・・」
・・・カインが他の男にしたのは『心配』なんて可愛らしいものではなかったが。『牽制』と『排除』だった。
そんな会話をしていると、俺達のいる控え室の扉がノックされて使用人が入ってきた。どうやらティアの準備が整ったらしく、控え室に来て欲しいとの事だった。
ティアの控え室に入ると、ティアと姉御が話をしていた。
「あら、カインくん、今日はおめでとうございます。ティアちゃんはとても美しく仕上がっておりますよ」
フラゾール裁縫店で仕立ててもらったというティアのウェディングドレスは、輝く白色の生地で出来ていて、スカートのトレーンは後ろに長く広がっている。
結い上げた黒髪には生花と真珠のついた髪飾りが飾られていて、後れ毛がなんとも色っぽい。
化粧もあるのだろうが、今日のティアはいつもの『可愛い』というイメージよりも大人っぽくて綺麗だった。
・・・結婚式の時の女性が一番綺麗だと聞くが、本当だな。
いっそ幻想的ともいえる姿に俺は目を丸くする。
ティアの事はただの友人だと思っているが、この姿に見蕩れない男がいるなら教えて欲しい。
ちなみに、普段からティアの事が好きすぎる男の反応はこうだ。
「――――っ」
頭上に雷でも落ちたのか、ティアを見た瞬間から微動だにしないカインは、目を見開いてティアだけを見つめていた。
「・・・あれ?カイン?」
何も反応してくれないカインが心配になったのか、ティアがカインの前まで歩いてきて顔を覗き込む。
「おーい」
ティアはカインの目の前で呼びかけたり手を振ったりして、最終的に頬をツンツンとつついて、ようやくカインの意識が戻った。
「・・・はっ。――――っ」
カインはしばらく顔を真っ赤にして視線を彷徨わせた後、ポツリと「すごく、綺麗だね」と言った。
「ありがとう。カインも素敵だね」
ティアが幸せそうに笑うと、カインは愛おしそうに目を細めた。
「・・・夢みたいだ。本当に、ティアが僕のお嫁さんになってくれるんだね」
「私も、カインのお嫁さんになれるなんて夢みたいに、幸せ」
なんだか、お互い蕩けた顔で見つめあって二人の世界に入ってしまったので、俺の存在を忘れないでくれと思いながら周りを見渡すと、俺と同じく微妙な顔をしている姉御と目が合った。
「とうとうティアちゃんがカインくんと結婚してしまうのですね・・・なんだかティアちゃんが遠くへ行ってしまうようで寂しいですわ」
俺の隣に来て複雑な顔をした姉御は、ティアと身分差が出来る事を寂しく思っているのだろう。今までのように簡単に会いに行けなくなるかもしれないと。姉御はティアを大切に思っているからな。
「大丈夫だろ。きっとティアは、何も変わらないさ」
ティアは身分差なんて気にせずに今まで通り過ごすのだと思う。ティアにとって姉御も兄貴も大切な友人なのだから。
「そうですわね・・・。わたくしも貴族社会に入れたらもっとティアちゃんの近くにいれるのですが・・・アーサーくん、わたくしと結婚いたしませんか?」
「ははっ、姉御はそういう冗談好きだな」
「そうですか。残念ですわ」
「・・・」
「・・・」
「・・・冗談、なんだよな?」
姉御の言葉が冗談なのか本気なのか測りかねた俺は、些細な感情も見逃すまいと真っ直ぐに姉御の茶色の目を見る。
「さあ?どうでしょう?」
姉御は貴族のように感情を隠し、不敵に笑った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
大きなステンドグラスから淡い色の光が降り注ぎ、主神カタロットの像が上から見下ろす大聖堂の大礼拝室。そこで行われる結婚式は王侯貴族のものばかりで、まさかそれに平民の俺が参列する日が来るなんて夢にも思わなかった。
お互いに誓いの言葉を口にしたカインとティアは、結婚証書にサインした。
それを神官の前のきらびやかな宝石がついた分厚い本の上に置き、カインとティアがその本に手をかざす。
「天におります神々よ。主神カタロットの名において、カイン・ファロムとティア・アタラードの婚姻をお認めください」
神官の声を合図に二人が魔力を込めると、ぶわっとまばゆい光が弾けた。その光はキラキラと雪のように礼拝室全体に降り注いだ。
「すげぇ・・・」
その光の量に唖然とする。
あの婚姻の魔導書は、込められた魔力が多いほど多くの光を出すらしい。俺たち平民の結婚式では新郎新婦に少し降り注ぐ程度だ。こんな礼拝室全体に多量に降り注ぐのは貴族だけだと言われている。
・・・いや、貴族の方も光の多さに少しざわついているので、ティアの魔力量の賜物なのかもしれない。
前でティアとカインが、「やり過ぎたかな?!」「大丈夫だよ」みたいなやり取りをしている。
そして、誓いのキスを交わしたティアとカインは盛大な拍手で祝われていて、幸せそうに笑う二人に俺も拍手を贈った。
「ねぇ、テオくん。ティアちゃんはもう大丈夫ですよ」
新郎新婦が退場し、大聖堂の大階段に向かおうとすると、すすっと俺の隣にやってきたアリアが小さな声で呟いた。
「ティアちゃんの躍進はすごいですわね。貴族ばかりの魔術学園で平民だと蔑まれていたはずなのに、魔術具作りやカインくんの婚約者という立場で、いつの間にかその貴族にすら一目置かれている。きっと、ティアちゃんは貴族の中でも上手くやっていきますよ」
「・・・そうだな」
アリアが何を言いたいかはわかってる。
2年程前の秋に、ファロム侯爵邸からの帰り道の約束の事を言っているのだろう。
『ティアが幸せになり、帰る場所が必要無くなったと思えたその時には次の恋を見つける』そんな約束。
本当にこれはいい切っ掛けなのかもしれない。
今日のティアは今までで一番綺麗で、幸せそうで、そのティアを優しい眼差しで見つめるカインは、絶対にティアを幸せにしてくれる、そう思えた。
だから、俺も一歩、もう何年も止まっているこの足を、動かしてみようと思った。