卒業2
「うわ、俺のいない間に何があったんだ?」
背後から降ってきた声に目を丸くする。
「ツバキ王子?!」
国に帰ったはずのツバキがどうしてここに?!
ツバキは悪戯が成功したみたいにニカッと笑うと、私の手を取った。
「来賓として招待された。・・・また来るって言っただろう?」
しかし、その手はすぐに離された。
「もう来なくていいとも言いましたよね?」
「カインは変わらないようで何よりだ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
相変わらずカインとツバキは仲良く喧嘩している。
「皆さん、卒業おめでとう」
そう声をかけて花束を差し出してくれたのはニコラスだ。
「ありがとう存じます、ニコラス殿下」
「皆が卒業してしまうと寂しく感じます・・・あ、いや、感じるね」
ニコラスは最近敬語を取るのを頑張っている。臣下に敬語は使わないようにとカインに諌められたらしい。
カインとニコラスもだいぶん仲良くなったように思う。カインはニコラスを主として仕える事にすると言っていたけれど、何故かカインの方が主っぽい。・・・頑張れ、ニコラス。
「ティアさん、これを受け取ってくれないか?」
「レイビス様からわたくしに、ですか?」
同じ卒業生であるはずのレイビスが私に差し出したのは花と・・・野菜?
籠に入っている花々で可愛らしく飾られているのは、どう見ても野菜だ。
「ティアさんに是非食べて欲しいと送られて来てな。受け取ってもらえると嬉しい」
「・・・ありがとう存じます」
・・・リリアーナ様だ。
前にレイビスから、リリアーナはレオンハルトと野菜を作ったりして仲良く過ごしていると聞いた。きっと、これは二人が育てた野菜なのだろう。卒業祝いに贈ってくれたのか。
リリアーナの気持ちが嬉しくて笑顔がこぼれる。たとえ会えなくても心は繋がっている、そんな友情をリリアーナと築けた事が嬉しい。
「やはり、羨ましいな・・・」
「え?」
何の事かとレイビスを見ると彼はふわりと微笑んだ。
「また、リリアーナの近況報告にティアさんに会いに行っても構わないだろうか?」
「もちろんです。楽しみにしていますね」
リリアーナの近況報告ならばいくらでも聞きたい。彼女が幸せになれたのか知りたいと思う。
「ふむ、レイビス様はご婚約者や恋人などはいらっしゃらないのですか?」
にゅっと私とレイビスの間に現れたのはシャルロッテだ。
「え?まぁ、今は特定の人はおりませんが・・・」
「まあ!レイビス様のロサルタン領はとても栄えた領地だと聞いておりますわ。ネルラント王国とも縁を結びませんこと?」
「え?」
「そしてあたくしもティア様に会いに来たいのです!」
「え?・・・え?!」
どうやらシャルロッテはレイビスに目をつけたらしい。戸惑うレイビスにガンガン押すシャルロッテ。・・・頑張れレイビス。
「僕もたまにはティアに会いに来ようかな」
「ぅひゃ!・・・シヴァンさん?!」
いきなり現れたシヴァンに変な声が出てしまった。卒業したはずのシヴァンだが、今日は保護者枠で来たのだろうか。周りの女子生徒が黄色い悲鳴をあげている。
「ティアは僕が現れるといつも奇声をあげるよね」
「いきなり現れるシヴァンさんが悪いのです」
シヴァンはもうわざとなんじゃないかと思うくらい意識外の所から声をかけてくる。そして、そういう場合は可愛い『キャー』なんて出ない。『わっ』とか『ギャッ』とかそんな感じだ。
一応ヒロインのはずなのに残念仕様である。
「げ、兄様まで来たの」
シヴァンに対して素直じゃないカインが嫌そうな声を出す。
「僕の可愛い弟と義妹の卒業式だ。当然だろう?」
「そのうち結婚式で会えるじゃないか」
「カインは相変わらず素直じゃないね。そう思うだろう、ティア?」
「はい。カインは実はシヴァンさんが来てくれて嬉しいのですよ」
「そうだね。『兄様来てくれてありがとう』って思っているんだよ」
「そう思います」
「ちょっと、ふたりとも!何勝手な事言ってるの!」
私とシヴァンでカインの気持ちを代弁していると、カインがむーっとふくれた。可愛い。
「もー。ティアはこっち来て!」
カインが私の手を引いて歩き出す。 シヴァンはひらひらと手を振っていた。
カインは私をテラスまで連れてくると、手すりに寄りかかった。
「まったくもう。皆ティアに寄ってくるんだから。せっかくティアが僕の贈ったドレス着てくれてるんだから、もう少し独占させてよね」
「卒業したら皆バラバラになっちゃうからね。最後にいっぱい話しておきたいんだよ」
「いや、割とすぐ集まるよ。僕達の結婚式とかで」
「確かに」
「という訳で、ティアはもう少し僕とここにいてよね」
「ふふっ、わかったよ」
カインと静かに夜風に当たる。春のまだひんやりとした風はパーティーの熱を冷ましてくれる。
「・・・終わったね」
ゲームの世界が今日で終わる。
思えば、平凡ライフを目指して平民だと思っていたカインと婚約して、攻略対象と関わらないように努力を重ねて、平凡な生活を目指してきた私だけれど。
私の婚約者は侯爵家の次期宰相候補と言われる実力の持ち主で、私自身も魔術師として他の貴族に一目置かれ、平民皆無の王宮魔術師見習いになって貴族の中に飛び込む事が決定している。攻略対象達とも仲良くなってしまい、ゲームイベントにはトコトン巻き込まれた。平凡ライフにはほど遠い騒動だらけの3年間だったな。
「この卒業式が最後のイベント、だったもんね。・・・ね、ティア」
「ん?」
少し緊張をはらんだような声で私の名前を呼んだカインは、私の手を取り跪いた。
・・・誓いのポーズだ。
「ティア、愛してる。この世界でも他の世界含めても、一番。僕達の障害となるものは全て取り除いたよ。これからも、僕はティアだけを愛して、守り抜くと誓う。だから、僕と結婚してほしい」
そう言ってカインは懐から指輪を取り出した。キラキラ輝くダイヤモンドの指輪。
卒業パーティーで二度目のプロポーズ、愛の誓い。まるでゲームの攻略対象みたいだ。
カインは本当に私達の障害となるものを全て取り除いてくれた。身分も魔力も関係なく、運命でさえねじ曲げた。
こんなに私を思って大切にしてくれる人を愛さずにいられようか。指輪をはめて、手の甲にキスを落とすカインに私も答える。
「私も愛してる、カイン。・・・私をカインのお嫁さんにしてね」
「もちろんだよ。一生、離してあげないからね」
嬉しそうに顔をほころばせて、立ち上がったカインにぎゅうっと抱きしめられる。
前世の物語は今日で終わり。明日からは正真正銘、私達の物語。これは、ずっと続いていく物語。
「うん、離さないで。・・・これからもよろしくね、私の旦那様のカイン」
「こちらこそ。僕のお嫁さんのティア」
ふふっと笑い合う私とカインは優しいキスを交わした。
――――こうして、私の平凡ライフを目指した学園生活は見事に失敗した。しかし、大好きな人と結ばれて終わりを告げたのだった。
本編これにて終了となりますが、本編に入りきらなかった(本編終わった後じゃないと語れなかった)エピローグのような話が五話程ありますので、よろしければ最後までお付き合いくださいませ。