表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
192/201

作られた運命:カイン視点

ヒロイン誘拐事件のカイン視点です。


「申し訳ありませんでしたっ」


 ティアがいなくなったという報せはすぐに僕の元へとやって来た。


 卒業式の準備に学園内が慌ただしくなってきている中、魔術棟の研究室を引き上げる為の片付けをしていたティアが忽然と姿を消したそうだ。

 多くの目線がある中で、それはもう、忽然と。


 ティアを見守ってくれていた魔術学部教師で僕の従者、ナディックが慌てふためき僕の元へとペンダントを持って来て頭を下げた。

 ティアに婚約記念に渡したペンダントには位置がわかる術式が入っている。それを置いていったという事は、これの効果を知っていた。つまり、魔術に精通している奴の仕業だ。


 まあ、そんな推理をしなくても犯人なんてわかりきっている。


「ノア・クラシス・・・」


 ティアの前世の物語のヒロイン誘拐事件の犯人。物語では友情を拗らせて犯行に及ぶとの事だったから、これまでティアに絶対に近づけないように動いて来たけれど、ノアがヒロインに恋情を抱くのは変わらず、むしろ関わらせない事で一方的な想いが募ってしまった気がする。


 だから、ティアの守りは万全に整えていたはずだった。絶対に一人にならないように、常に誰かをティアのそばに置いて、隙が無いようにしたつもりだった。

 それでも、出し抜かれた。


 ――――やはり、物語通りに進むのか。


 僕が激昴するとでも思ったのだろうか、ペンダントを受け取ると、ナディックはビクッと肩を揺らした。


 僕はティアの事になると感情的になりやすい自覚はあるけれど、今は不思議なくらい頭が冷えきっていた。


「殿下を呼んで。作戦会議だ」

「はいっ」


 大丈夫。ここまでは予定調和だ。こうなる事はわかっていたんだから。


 ――――僕とティアが結ばれる為に、この作戦は絶対に成功させなければならない。








 僕はまず、ニコラス殿下に騎士団を動かしてもらった。

 ティアを助けるのに多くの人がいた方が助けやすいのもあるが、ノアを騎士団も動く程の犯罪者とする為だ。

 ティアは王宮魔術師見習いという立場を手に入れているし、ニコラス殿下の口添えもあれば騎士団は快く動いてくれた。


「騎士団を動かすのはいいですが、場所はわかっているのですか?ティアは居場所のわかる魔術具を持っていないのですよね」

「問題ありません。王都から半日程の山奥にクラシス侯爵家の別邸があるのです。おそらくそこかと」


 ティアからノアの生母が身罷った別邸に監禁されるのだと聞いていたので、予め調べておいた。最近になって人が出入りしているという報告があったし、間違いないだろう。


「なんで知ってんだよ。怖っ」


 アーサーがポツリと何か言っていたが、聞き流しておいた。









 騎士団と共に館の近くまで来たが、問題はここからだ。


「カイン、どうする?突入するのか?」


 一緒に来てもらったアーサーが声を潜めて話しかけてきた。


「いや、ティアを盾にされたり連れられて逃げられると面倒だ。二人が確実に離れている時を見計らって突入しよう」

「そんなのどうやってわかるんだ?」

「・・・静かにしててね」


 僕はティアが贈ってくれたケータイを耳にあてる。

 この前ティアに機能を追加してもらったこれは、ティアの持つボタンのような大きさの魔術具に繋げるとあちらの音がそのまま聞こえるようになっている。

 ティアの魔術具をノアが取り上げているとしても関係ない。こちら側に魔力を込めるだけであちらの状況を知る事が出来る。


 こういうのを作って欲しいとティアに頼んでみたら、『盗聴器だね、任せて!』とすぐに作ってくれた。ティアの前世では黒縁メガネに赤い蝶ネクタイの子供がよく使っていたらしい。・・・たまに思うけれど、ティアの前世の世界って何なの?物騒過ぎない?


 それはともかく、僕はケータイから聞こえてくる音声に集中する。


『わたくしの魔術具を取り上げたのもノア様ですか?』


 ・・・ティアの声だ。ティアが無事みたいで一先ず胸を撫で下ろす。

 どうやらティアとノアは会話をしているみたいで、今は突入出来ないなと判断し、アーサーに伝える。


 音声をそのまま聞きつつ様子を伺う。


 ティアが僕の贈ったペンダントを大切にしてくれているのは嬉しく思ったが、ノアの勝手な言い分は本当に腹が立つ。


『ボクがどれだけこの黒い艶やかな髪を掬い上げたいと思っていた事か。・・・ボクがどれだけこの白い珠のような肌に触れたいと思っていた事か』

『――――いやっ!』


 パシンッという音が聞こえると数秒沈黙が落ちた。


 今、ノアはティアに触れたのか・・・?

 僕のティアに勝手に触れたのか?


「・・・カイン?」


 今すぐ突入命令を出してティアとノアを引き剥がしたいのを拳を握りこんで必死に堪える。


 アーサーが「何があった?」と目で訴えてくるので「大丈夫」と返す。


 まだだ。堪えろ。

 ノアとティアを確実に引き剥がす為に今は堪えろ。


 ようやく、ノアが部屋を出て行く音がした。たまにノアがティアへの愛を叫び出す声しか聞こえなくなったから、魔術具はノアが持っているようだ。


「五分後に攻撃を仕掛けて」

「了解」


 アーサーが騎士団に命令を伝えに行くと、僕は別行動をする。


 館の庭に忍び込む。

 この館は本当に人の気配が無い。貴族の別邸にしては何年も手入れがされていない状態で、庭も雑草が生えて荒れ放題だ。


 そんな庭の片隅にそれはあった。


 物置、だよね。

 ・・・小さいな。


 2メートル四方程の小さな物置は荒れ放題の庭の中では簡単に隠れてしまう。

 ティアの前世の物語通りならば、ここに隠し通路が繋がっているはずだ。


 ドォン!と騎士団が攻撃を始める音が聞こえてきた。作戦開始だ。



 ・・・。



 ・・・打ち合わせ通りなら、今頃ティアは隠し通路を通って来ているはずなんだけど、来ないな。


 ・・・少し焦りが出てきた。


 ティアが隠し通路を辿っているなら、ノアはティアがいない事に気づいただろう。そのまま隠し通路を通ってティアを連れ戻されては堪らない。


 ・・・ティア、早く出てきて!



 物置からカタン、と小さく音がした。


 ・・・ティアっ!


 待ちきれなくなった僕はガラッと物置の扉を開ける。


 真っ暗な中、そこに居たのは待ち望んだティアで。眩しそうに目を瞑ったティアの手を引き、抱きしめる。


「ティア」


 やっとティアが僕の腕の中に戻ってきた。嬉しくてティアを抱きしめる腕に力がこもる。


「カイン」


 ティアも笑って僕を抱きしめ返してくれた。





 ・・・上手くいった。


 僕はティアに気付かれないように安堵の息を吐く。


 ティアの前世の物語はただの物語だと捨て置く事は出来ない強制力がある。


 攻略対象はティアに惹かれていくし、大筋は物語通りに展開していく。シナリオ通りのこの世界に僕は抗わなければならなかった。

 レオンハルトを落とした事で随分違う展開になったと思っていたのに、ツバキ王子にシャルロッテ王女、ノアによってまた物語通りに戻された。


 物語ではこのノアの誘拐事件で運命の相手が決まるのだという。

 ヒロインであるティアを助け出した人物とティアは結ばれるのだそうだ。だから、アーサーでもニコラス殿下でも他の誰でもない、僕がティアを助けなければならなかった。


 攻略対象じゃない僕が攻略対象のようにヒロインであるティアを助け出す。騎士団を引き連れ、アーサーにノアを捕らえてもらい、隠し通路から出てきたヒロインを抱きしめる。



 これで――――ティアも僕を運命の相手だと認識してくれた事だろう。


 これで――――この世界の物語は、ティアは僕と結ばれるべきだと書き換えられた事だろう。



 不思議と、僕がずっと抱えていた『ティアを誰かに取られるかもしれない』という不安は溶けて消えていった。






「お、ティア!無事だったか」


 そのままティアを抱きしめていたら、アーサーが片手を上げながらやって来た。


「アーサー。終わった?ノアは?」

「部屋で発狂してた所を取り押さえた。拘束して馬車に積み込んだところだ」

「そう。ありがとう」

「ティアも無事で良かったな!って・・・ティアなんだそれ、随分汚れたな」

「え?・・・あ」


 よく見るとティアの服は随分と汚れていて、あちこちに蜘蛛の巣や土埃がたくさんついている。そのティアを抱きしめていた僕の服も汚れていた。


「ごめん、カインっ!隠し通路が汚れてたんだと思うんだ・・・」


 謝りながら僕から離れてしまったティアをまた引き寄せる。


「カ、カイン!汚れるよ!」


 ティアは僕に汚れを付けないようにパタパタと手を動かすけれど、僕はティアを離す気はない。・・・一生。


「今更だよ。・・・そんな事よりもティアを抱きしめていたいんだ」

「うぅ・・・」


 小さく呻くティアはきっと顔を赤く染めている事だろう。そんなティアを想像するだけで愛おしさが溢れる。


「相変わらずラブラブだなー」


 呆れたようなアーサーの声が聞こえたけれど、僕が満足するまでティアを堪能させてくれるんだから、彼も大概良い奴だ。


 どうせ王都に帰ったら後始末に奔走する羽目になるんだから、やっと僕と結ばれたティアをもう少し堪能させてね。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ