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囚われの女神:ノア視点

ヒロイン誘拐事件のノア視点の話です。


 ああ、なんて狂おしくて愛おしい。

 ボクの救いの女神はやっとボクの手の中に収まってくれた。


 ティア先輩のいる部屋に厳重に鍵をかけ、ほうっと息を吐く。


 求め続けたものがすぐ近くにある現実に幸福感が込み上げる。

 こんなにもボクの感情を揺さぶれるのは彼女だけだ。




 ボク、ノア・クラシスが幼い頃、ボクの家族は仲が良かった。お父様もお母様もいつも笑っていて、家族でスクラル領の星祭りに出かけたり、別邸に行ったり、家族三人で過ごす時間を大切にしていた事を覚えている。きっと、ボクの人生で一番幸せだったのはその頃だ。


 ある日、お母様が原因不明の病に倒れた。どんな医者に診せても原因はわからず、日に日に衰弱していくお母様。そんなお母様を見ているのが辛かったのか、お父様は外に愛人を作り、家に帰って来なくなった。お母様はそんなお父様を見て、自分を責め、心まで塞ぎ込むようになった。


「ボクがずっと一緒にいるから」


 お母様にそう言ったけれど、お母様が以前のように笑顔になってくれる事はなかった。


 そんなある日、お父様が愛人を家に連れて帰ってきた。愛人のお腹は不自然に膨らんでいて、お父様は、お母様と離縁して愛人と結婚すると言った。

 愛人のお腹の中にはボクの弟か妹がいるそうだ。


 その日、家の中は大乱闘だった。お母様が周りの物をお父様と愛人に投げつけて、狂ったように叫び出し、お父様は愛人をひたすら庇っていた事は覚えている。


「わたくしは、別邸にて療養いたします。貴方様は本邸でお好きな女性とお過ごしください。わたくしが死んだ後は、どうぞご自由になさってください」


 次の日、お母様は何もかも諦めたようにそう言った。

 ボクはここでお父様と知らない女性と一緒に暮らすよりもお母様と一緒にいたかった。


「ノアはここに置いていきます」


 でもお母様はボクを連れて行ってはくれなかった。その時お母様の懐中時計をくれたが、こんな古ぼけた大した価値もない時計がお母様にとってのボクなのかと悲しくなった。


 ボクはそれ以降、お母様に会える事はなかった。


 ・・・ボクはお母様に捨てられたのかと、ぼんやりと思った。


 そのうちお父様の愛人がお義母様となり、生まれた弟はすくすくと成長した。お義母様とお父様は弟は可愛がったが、ボクは煙たがられる事が多かった。


「あの女の血を引いていると思うだけでおぞましい」


 お義母様はお母様を憎んでいたようで、ボクはそう言われ、お父様もボクを庇う事も構う事もなかった。ボクはお母様にもお父様にも、誰にも必要とされていない、愛されていないんだと涙した事もあった。


 いつからだろうか、プツンと何かが切れたように全てがどうでもよくなった。まるで、傍観者にでもなったような気分。そこに幸せそうな家族があるだけ。ボクはいない者。いつの間にやら、お母様にもらった懐中時計の針も止まっていた。


 何も感じない、何も思わない。そんな、時計の針が止まったような何も無い日々は、今思えば不幸せだったのだろう。


 そんな日々を過ごしていたある日、スクラル領で星祭りがあると聞いた。そういえば、昔お父様とお母様と三人で行ったなと、何となく行ってみた。祭りの賑やかしさは昔と変わらなかったが、やはり何も思わななった。


 そんな時、数名の男女のグループが前方から歩いて来た。その中の一人がボクの知っている人物だったので、目線がそこに行った。


 カイン・ファロム。ここ数年頭角を現しているファロム侯爵家の次男。

 ボクは貴族の子息、令嬢達が集まるパーティーで彼を見た事があった。


 皆でワイワイとパーティーを楽しむ中、一人でつまらなさそうにしている彼は、ボクと似ているのかもしれないと思った事があったからだ。しかし、今日の彼は違った。楽しそうに笑って、隣の女性を愛おしそうに見つめる。


 ・・・へえ、彼にはこんな表情が出来る相手がいるのか。


 そう思って彼の隣の女性を見た瞬間、衝撃が落ちた。


 長く美しい黒檀の髪は歩く度ふわふわと揺れて、黒曜石のようにキラキラと輝く瞳を細めて愛らしく笑う。その笑顔を見ていると心臓がぎゅっと締め付けられる感覚がした。今まで一定のリズムしか刻まなかった心臓がドクドクと早くなり、顔に熱が集まってくる。

 苦しくて、でも、幸せなこの気持ちは何だろうか。あの笑顔をずっと見ていたいと思う気持ちは何だろうか。

 そのまま彼女とすれ違った後、物陰に隠れて自分を落ち着かせた。


 その日、ボクの世界が変わった。


 何も思わない、何も感じなかったあの日々がどれほど虚しいものだったのかを知った。彼女に会ってから、「この花は、彼女は好きかな」とか「彼女は今何をしているのだろう」とか考えるようになり、この空の下に彼女がいると思うだけで、世界の全てが美しく見えた。


 彼女がボクを変えた、虚しいボクを救ってくれた、ボクに愛を教えてくれた、彼女は僕の女神なんだ。そう感じた。


 そんな彼女を再び見つけたのは、魔術学園に入ってからだった。


 カイン様と一緒にいたのでどこか貴族のご令嬢だろうと思い探していたが、見つからないはずだ。彼女、ティア先輩は平民で、何故かカイン様の婚約者だった。


 ティア先輩とお話してみたい、仲良くなりたい、そう思ってもボクが行動しようとすると何故かとことん邪魔が入った。

 どうも、婚約者であるカイン様がティア先輩に他の男を近づけないようにしているらしかった。


 カイン様は学園内でも王宮でもどんどんと力を強めていっていたので、カイン様に目をつけられるよりも、先に二人を離れさせた方がいいと思った。しかし、協力者にしたシャルロッテ王女は想像以上の役立たずの上、最終的にティア先輩にベッタリ引っ付くという超羨ましいポジションを獲得していた。ボクはやっぱりティア先輩に近づけなかった。


 ボクにはティア先輩しかいないように、ティア先輩にもボクさえいればいいんだ。

 友人も恋人も家族でさえも全て捨てて、ボクだけのティア先輩になって欲しい。ボクを愛して欲しい。

 ティア先輩と離されれば離される程、ボクの欲は強くなった。絶対に奪ってやると、躍起になった。魔術学部でのボクは、人を捕えられるような魔術具ばかり開発していた。


 そして、ようやく納得のいく魔術具が出来て、彼女を攫ったのが昨日の事。


 先程目覚めた彼女とお話したのがまるで夢のような幸せな時間だった。


 ボクの予想に反して、ティア先輩は誘拐されたというのに落ち着いていて、混乱するティア先輩を優しくなだめて懐柔するというボクの計画は早速崩れ去った訳だが、まずは彼女のボクへの警戒心を取る事が先決だと判断した。

 部屋に閉じ込め、外界と遮断していれば、唯一優しく接するボクにそのうち心を許してくれる事となるだろう。


 そっと胸の辺りを撫でる。トクトクと心臓が早めに鳴っている。

 ティア先輩と話して、少し触れただけで胸の高まりが収まらないボクも、少しティア先輩に慣れる必要があるな。焦る必要はない。これからずっと、会いたい時に彼女に会えるんだ。


 ああ、すぐそばに彼女がいるなんて・・・幸せ過ぎて発狂しそうだ。



 ドォン!


 突如、けたたましい音とともに館が大きく揺れた。


「なっ?!攻撃か?!」


 もうここを見つけたのか?早すぎる!


 ここは亡き母が療養していた別邸だ。家の者でも一部の者しか知らない隠れ家だ。そんなに簡単に見つかるはずは無いのに。


「・・・騎士団?!」


 窓から外を見下ろすと、騎士団が館内に突入しようとしていた。


 何故騎士団がこんな所に?!


 もしカイン様に見つかっても魔術具で退けようと思っていたが、さすがに騎士団が相手では歯が立たないだろう。


 ティア先輩の監禁部屋へと急ぐ。

 とにかく捕まる前に彼女とここから抜け出さなくては。やっとの思いで彼女を手に入れたのに、ここで奪われる訳にはいかない。


 僕の魔力を通さないと開かない鍵を開けて扉を開く。


「ティア先輩!・・・え」


 そこは、もぬけの殻だった。


 窓も開かない部屋だ、抜け出せるはずがない。

 隠れてるんじゃないかと思い、ベッドやテーブルの下なども覗いてみた。


 でも、いない。


 先程までここにいた、ボクの女神が消えてしまった。


「うわあああぁぁぁああ!」


 喪失感に苛まれたボクは気付いたら叫び出していた。テーブルやチェスト、投げれる物を放り投げていた。


 ふと、暖炉の下に暗い穴が開いている事に気付いた。

 ・・・隠し通路か!


 ティア先輩は偶然これを見つけて、ここを通ってどこかへ行ったのか。

 早く、追いかけないと。ボクのティア先輩がまた奴に囚われてしまう。


 通路に入ろうとすると、ドンッと体が押さえつけられた。


「なんだっ!」

「大人しくしてろよ、ノア・クラシス」

「アーサー・ラドンセン!放せっ!」


 もう来てしまったのか?!

 ボクは、早く、彼女を追いかけないといけないんだっ!


 しかし、アーサー様の力は強く振り解けない。もがいているうちにアーサー様の他にもやって来ていた騎士達によって、ボクは呆気なく捕らえられてしまった。


 連行されていく中で、庭でカイン様に囚えられたボクの女神の姿が見えた。




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