ヒロイン誘拐事件2
ノアがいなくなった室内で、ふうっと息を吐いてソファーにもたれ掛かる。
「怖かった・・・」
弱みに付け込まれまいと虚勢を張っていたが、ノアとの会話は恐怖でしかなかった。
ノアの性格はかなり違うようだが、ノアの生い立ちや誘拐理由は概ねゲーム通りだ。
ゲームでは、ノアの誘拐イベントはどの攻略対象の好感度が高くても必ず発生するイベントだ。
ただ、攻略対象によってヒロインの助け方が異なる。
レオンハルトとニコラスは王族権限を使い、騎士団を率いて助けに来てくれる。そして、王子の婚約者を誘拐したとして、ノアは重罪人として裁かれるのだ。
アーサーは腕が立つので一人で助けに来てくれる。扉をバーンと壊して助けてくれるアーサーはとてもかっこよかった。そういえば、アーサーに負けたノアは酷い怪我を負っていたな。
私が注目しているのは、シヴァンとレイビスのルートだ。
シヴァンとレイビスは騎士団を動かす力は無いし、頭脳派なのでアーサーのように腕っ節でノアに挑む訳にもいかない。
この館まで辿り着いたはいいが足踏みするのがシヴァンとレイビスだ。しかし、ヒロインが偶然監禁部屋で見つけた隠し通路を通って庭の物置から現れるのだ。
無事にヒロインを保護して何事も無かったように丸く収まるのがレイビスのルート。
後で罪が表沙汰になりノアが追放されるのがシヴァンのルートだ。
私はカインと話したノア対策について思い出す。
◇◇◇
「いい?まず第一にティアが誘拐されない事。それが一番大切だからね」
「うん。私も誘拐されたくはないしね」
「身を守る魔術具をいくつか持っておいて、何かあったら抵抗出来るようにしてね。それから、一人にならない事、誰かと一緒にいれば攫いにくいはずだよ」
「わかった」
「次に、もし物語通りに誘拐されちゃったらなんだけど・・・まずは魔術具で抵抗してね。ティアの魔力量があれば助けに行く時間くらいは稼げると思うんだ」
「もし、魔術具が無くなっちゃったり、取られちゃったりしたら?」
「その時は、隙を見て抜け出して欲しい。もちろん、僕も助けに行くけれど、ティアに何があるかわからないから、なるべく彼の傍にいて欲しくはない」
「うん。やってみるね。あ、魔力を暴走させるのは?あれでノアを気絶させたらいいんじゃない?」
「・・・ティア?忘れてないよね?それやったらティアも倒れるからね」
「二人とも倒れておけばいいかな、と」
「いいわけないよね?絶対にしないでね」
「はい・・・」
◇◇◇
・・・あの時のカインの目はなかなか怖かった。二人とも倒れておけば助けが来た時に抵抗も逃げる事も出来ないと思ったんだけど。
それはともかく、今の私はゲームのシナリオ通りに誘拐されて、魔術具も取り上げられている状況だ。誘拐されてから一晩経っているし、カインも捜してくれていると思う。
私も出来る限りの事はしないと。
パチンと頬を叩き、気持ちを切り替える。
「よし!」
確か、ゲームでは・・・
『ノアが私の事をそんな風に思っていたなんて・・・私はどうすればいいの・・・?』
フラッと壁に手を付いたヒロインが偶然隠し通路を開くのだ。
ここはノアの生母が住んでいた別邸だがノアはこの館の全てを把握しておらず、この通路の存在は知らないはずだ。
私は壁に手を添わせながら歩く。
ベッドから五歩程歩くと、ガコンと音がして壁の一部がへこんだ。
来た!
そして・・・
『・・・風?はめ殺しの窓しかないこの部屋からどうして風が?』
とヒロインが暖炉の下の通路に気づくのだ。
今は風は入って来ていないけれど、暖炉下には階段がこっそりと見えている。ここを通って行けば外の物置に出られるはずだ。
ふふん。
ノアは窓の開けられない部屋に厳重に鍵をかけ、私を閉じ込めたつもりだろうけれど、私を甘くみてはいけない。
なんと言っても私がノアに誘拐されるのは6回目。(ゲーム含む)
この部屋に閉じ込められるのも6回目なんだからねっ!(ゲーム含む)
乙女ゲーオタクを舐めるなよ!
私は足音を立てないように、そっと隠し通路の中に入って行った。
隠し通路には当然灯りなんてなくて、真っ暗な通路を手探りで歩いて行く。
本当にまったく知られていない通路なのだろう。たまに蜘蛛の巣っぽいものが身体に付いたりするので私の服はだいぶ汚れてきているのではないだろうか。
そういえば、ゲームではノアの誘拐事件でエンディングが決まる。誘拐されたヒロインを助けてくれた攻略対象とヒロインは結ばれるのだ。
レオンハルトやニコラスは監禁部屋で呆然とするヒロインに優しく手を差し伸べてくれ、アーサーは監禁されていた扉を壊して連れ出してくれる。シヴァンやレイビスは暗い通路から現れたヒロインを抱きしめて無事を喜んでくれる。
暗がりにいるヒロインに手を差し伸べて明るい所へ連れ出してくれる、優しく包み込んでくれるこの人こそが結ばれる運命の相手なのだと思える素敵なシナリオだった。
ドォン!
「ひゃ!」
ゲーム内容に思いを馳せながら歩いていると、どこからか大きな音が響いてきた。
もしかして、助けが来たのだろうか?
ホッとするのと同時に不安も込み上げてきた。
今この隠し通路のどこを歩いているのかわからないけれど、早めに出た方が良いかも知れない。
助けが来たとしたらノアは真っ先に私がいた部屋に来るだろう。もし隠し通路が見つかってノアが入って来たとしたら、ここまでは一本道だったしすぐに捕まってしまう。
焦る気持ちで足を早めると、真っ暗な通路にうっすらと光が見え始めた。
・・・外だ!
そう思って光に近づいて手を伸ばす。
すると、光が急激に広がって、暗闇に慣れていた私の目は耐えきれなくて目を瞑る。
伸ばした手を誰かに引かれると、抱きしめられる感覚がした。
「ティア」
・・・ああ。
やっぱり私の運命の相手はこの人なんだ。
暗闇から助け出し、優しく包み込んでくれる運命の相手。
「カイン」
そっと目を開けると、優しく微笑むカインが私を抱きしめてくれていた。




