シャルロッテの話と忠告
朝の清々しい空気の中、私は決意を新たに魔術学園校舎を見据える。
私は今日こそ言うんだ。
何をって?
それはもちろん・・・
「ティア様っ!お会いしたかったですわっ」
ぎゅうっ
最近、登校時、休み時間、下校時に隙あらば私に抱きついてくる王女様。
「おはようございます、シャルロッテ王女」
「おはようございますっ。今日のティア様もなんて素敵なのでしよう!朝の柔らかな日差しがティア様を包み込んでキラキラと光を纏わせる姿は本当に女神のようですわ」
うっとりとした目をして、子犬のように私に懐いた王女様。
「シャルロッテ王女、お話があるのですが、お時間よろしいでしょうか?」
「ティア様の為の時間ならばいくらでもお作りいたしますわ」
「ありがとう存じます」
私は今日こそ言うんだ。
『抱きつくのは程々にしてください』って!
「ティア様、お話とは?」
くるりと振り向くシャルロッテは金色の髪がサラリと揺れて青い瞳がキラキラと輝く。小柄で女の子らしくまさに美少女。
だけど、少し前まではシャルロッテが私を見る目は侮蔑の色に溢れていて、無視されたり嫌がらせを受けた事もある。
間違っても、今のようにほんのり頬を染めて恍惚とした表情を浮かべたりはしなかった。
「あの、最近のシャルロッテ王女はわたくしにとても良くしてくださいますので、嫌な訳ではないのですが・・・少し、戸惑ってしまいます。・・・シャルロッテ王女はわたくしの事が嫌いだったのでは?」
少しずつここ数日思っていた事を話すと、シャルロッテは困ったように微笑んだ。
「そうですね。ティア様は突然の事で戸惑ってしまわれますよね。・・・少し、あたくしの話を聞いてくださいますか?」
それからシャルロッテは少し自分の事を話してくれた。
夏季休暇明けに流れた噂の中にもあったけれど、シャルロッテはネルラント王国国王とその召使いの間に生まれた子らしい。しかし、国王はシャルロッテを認めず、5歳までは母親と下町で貧しい暮らしをしていたそうだ。
貧民としてその日その日をどうにか生きていたシャルロッテだが、病に伏せった母親が他界し、生きていく術が無くなった頃に王宮から迎えが来た。
シャルロッテの存在を知った王妃様が迎えを寄越したのだという。
王妃様は自分の夫と召使いの子でありながらシャルロッテを自分の娘として受け入れて、愛情を注いでくれたそうだ。
王宮内にシャルロッテを悪く言う人もいたけれど、王妃様だけは庇って、優しく声をかけてくれたのだとか。シャルロッテもまた王妃様を「お母様」と呼んで慕い、本当の親子のような関係を築いていたそうだ。
しかし、その王妃様が数年前に病で亡くなった。自分を受け入れ、愛情を注いでくれた王妃様がいなくなってしまい深く絶望した。その頃には国王である父親や腹違いの兄達とはそれなりに良好な関係を築いていたとはいえ、それは大きな喪失感があったそうだ。
シャルロッテは王妃様が亡くなって、しばらくは泣いて過ごした。そして、その寂しさを埋めるように多くの男性との関わりを求めたのだとか。そうすれば、一時的にでも喪失感を埋める事が出来たのだ。
それはニコラスの婚約者候補として選ばれても変わらなかったそうだ。
幼い頃は貧民として生きていたシャルロッテは王族としてのプライドも高く、平民なのに周りから持て囃されている私が気に入らなくて嫌がらせ等を行ったそうだ。
「――――しかし、あたくしは間違っていたのです!お母様のように優しさと慈愛に満ち、あたくしを包み込んでくださるティア様はあたくしの女神だったのです。今までの言動は深くお詫び申し上げます。これからはティア様を崇め奉り一生ついていく所存ですわ」
ポッと頬を染め恥じらうシャルロッテ。
・・・おかしい。感傷的な話だったはずなのに、途中から思考が宇宙に吹っ飛んだのかな。主に『あたくしは間違っていたのです』辺りから。
でも、シャルロッテの気持ちも少しはわかった。シャルロッテは私と自分を受け入れてくれた王妃様を重ねているのだ。ちょっと崇拝のようになっているのは困るが。
「えっと、シャルロッテ王女はカインが好きだったわけでは?」
「えっ、まさか。ありえませんわ」
ブンブンと首を横に振るシャルロッテ。
え?何その本気で嫌そうな顔。
「確かに、カイン様があまりにもあたくしを見ようとしないので、少しムキになってしまった部分もありましたが・・・。あたくしは、優しくてあたくしを持て囃してくれる男性が好きなのです。あんなに恐ろしい方は御免こうむりますわ」
「そ、そうなのですか」
カインは優しい人なんだけどな・・・セディル公爵邸でカインが怒ったのが怖かったのかな。
・・・何にしても、シャルロッテがカインを狙っていないというのは少しホッとした。
「それにあたくしは、ティア様と一緒に居られればそれで良いのです。・・・ティア様、一つ言っておかなければならない事があるのですが」
「はい、なんでしょうか」
声のトーンを落としたシャルロッテが真剣な顔をする。
「ノア・クラシスにお気を付けください。あの方はティア様に害なす存在かも知れませんわ」
「え・・・」
どうして、シャルロッテからノアの名前が・・・
ノアは、ゲームではヒロインの友人ポジションだったから、リリアーナからのイジメも、シャルロッテからのイジメも一緒に悩んでくれる人だったはずだ。
現時点でシャルロッテとノアに接点なんてあったのか。
目を丸くした私にシャルロッテは続ける。
「ノアはティア様を独り占めしようとしているのです。ティア様はあたくしとも一緒にいてもらわねばなりませんので、そんな事はさせませんわ」
ゲームのノアの台詞が甦る。
ヒロインを誘拐、監禁したノアが苦しそうに言うのだ。
『貴女はどうしてボクを友人としてしか見てくれないのですか。ボクはこんなにも貴女を愛しているのに』
『あの人に渡すくらいなら、ボクだけの世界に閉じ込めて、ボクしか見れないようにすればいいと思ったんです』
私はほとんどノアに関わっていないのに、ノアが動き始めているの・・・?どうして・・・?
「ティア様?ごめんなさい、そんな不安げな顔をしないでください・・・」
シャルロッテの白い手が私の頬に添えられ、心配そうに覗き込まれる。
「あ、申し訳ございません。少し考え事をしておりました」
「いいえ。・・・そろそろ授業が始まります。戻りましょうか」
「はい」
ノアが動いているのならば誘拐事件が起きる可能性がある。当然だが、誘拐などされたくないので、カインに要相談だね。
・・・あっ、シャルロッテに『抱きつくのは程々にしてください』って言うの忘れた!