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夜会3:シャルロッテ視点

シャルロッテ視点の夜会の話。

 今日はセディル公爵邸で開かれる夜会の日。

 あたくしはピンクゴールドの豪華なドレスを身に纏いパーティーに出席したわ。


 ふふん。美しいでしょう。こんな豪華なドレスが似合うのはあたくしぐらいよ。

 あの平民の女も今サクレスタ王国で流行しているサクレン生地の黄色のドレスを着ていたけれど、まぁ、無難ってところかしら?あたくしには敵わないわね。


 会場内ではネルラント王国に媚びを売りたい貴族達、あたくしの魅力に寄ってくる男達がチヤホヤとあたくしを褒めたたえてくれた。久しぶりに満足感を味わう事ができたわ。


 この時までは。


 豪華な扉から優雅に礼をして現れたのは、今宵の主役、ルピア・セディル様。

 そして・・・


「ニコラス王太子・・・」


 どうして、王太子がルピア様のエスコートをしているのよ。同じ婚約者候補であるあたくしは一人でいるのに、どうして・・・!


 もう、王太子は完全にあたくしを選ぶ気は無いと言うことかしら。こんなの、婚約者にはルピア様を選ぶと公言しているようなものじゃない!


 わたくしの周りに集まってきていた貴族達も王太子のエスコート相手を見て、あたくしから距離を置いた。


 ・・・また、独りになってしまった。


 しばらくすると、庭園で魔術具の灯りを灯す催し物が始まった。


 キラキラと輝く光の中でわいわいとはしゃぐ貴族達。あたくしだけが暗闇に取り残されているような気がして、橋の上からぼんやりと辺りを眺める。


 ・・・どうしてこうなってしまったのかしら。あたくしは、ただ、周りをたくさんの人に囲まれて、たくさんの人に求められて、幸せになりたかっただけなのに。

 どうして、今は独りぼっちなのかしら。


 ガシャン


「あ・・・」


 欄干に寄り掛かると、置いてあった灯りの魔術具が一つ川に落ちてしまった。スっと灯りが消える。


「シャルロッテ王女、何をなさいますか!」


 近くで見ていたのだろう、貴族女性達の中の緑のドレスを纏った女が声を張り上げた。


 ・・・なによ、今のはわざとじゃなかったわ!どうして、あたくしが悪いみたいな目をするの!


 ・・・いいわ。どうせだから、この催しをぶち壊してあげる。


 バシッと目に付いた魔術具を川に落とす。


「あら、失礼。随分とみすぼらしい光だったもので。こんな人工的な灯りなど、我が国の美しい海の煌めきに比べれば粗末が過ぎますわね」


 そう言って微笑めば、女はワナワナと震え出した。


「・・・っ、これは、ルピア様がわたくし達を楽しませようとご準備して下さった物ですわ!それをこんな風に扱っていいはずがございません!そんな事すらもわからないから貴女は殿下のエスコートも受けられずに見放されるのですわ!」

「なっ!違うわよ!今回はルピア様の生誕祭だから譲って差し上げただけよ!貴女こそ、あたくしはネルラント王国の王女なのよ?!そんな口をきいて良い相手だと思っているの?!」

「は、召使いの子の分際で厄介払いでこの国に来たくせに偉そうに語らないでいただけますか」

「なんですって!」


『召使いの子』

 ネルラント王国でも陰で散々言われた言葉。

 確かに、あたくしを産んだ女は召使いだったらしい。お父様が美しい召使いに手を出して生まれたのがこのあたくし。

 だけど、あたくしのお母様は――――王妃様は、そんな事は関係ないと、あたくしは自分の娘だと言ってくださったの。たくさん、たくさん可愛がって愛してくれていたの!

 あの人が、お母様が、あたくしを厄介者扱いするはずないわ!

 この国に来たのだって、あたくしが幸せになれるようにって・・・

 何も知らないくせに、勝手に決めて馬鹿にしないで!


 あたくしは気づいたら緑のドレスの女に手を振り上げていた。


 その手が振り下ろされる直前、あたくしの腕は誰かに受け止められた。


「お二人とも、その辺にいたしませんか。今日はルピア様の晴れの日なのです。そのように言い争っていればルピア様が悲しまれます」


 あたくし達の間に入ってきたのはあの平民の女――――ティアだった。


 散々あたくしを馬鹿にしていた緑のドレスの女はティアを見るなり謝罪を口にして去って行った。


 ・・・平民相手に随分とへりくだるのね。

 学園内でもティアにへりくだる貴族は多い。あのカイン様の婚約者だとか、陛下も認める魔術師だとか色々理由はあるそうだけど、彼女は平民でありながら貴族をも従える。そういう所も気に食わない。


 ティアは優しい声色で話しかけてくる。


「シャルロッテ王女、非礼をお詫びいたします。しかし、王女も立場を振りかざすのでしたら、それに相応しい立ち居振る舞いをお願いいたしたく存じます。貴女は美しい方なのですから、それが出来ればもっと素敵な女性になれますよ」


 え・・・?


『いい?シャルロッテ。王女になるって事はね、それに相応しい立ち居振る舞いが必要なのよ。貴女はとても美しい子なのだから、それが出来ればそれはそれは素敵な女性になれるわ』


 昔、騎士たちに連れられて、初めてお母様に会った時に言ってくださった言葉。

 あたくしを、自分の娘だと言ってくださった優しいお母様。


 どうして、貴女が同じ事を言うの・・・?


 ティアの目はお母様と同じで、どこまでも優しい目をしていて、あたくしを嫌う気持ちなんて籠ってなくて・・・


 どうしたらいいのかわからなくなって、無意識に後ずさっていた。


「シャルロッテ王女、危ないです!」


 ティアの焦ったような声と共に、身体がぐらりと揺れた。


「きゃっ!」

「――――っ!」


 落ちる――――そう、思った時に腕を強く引かれて戻された。

 その代わり、あたくしの腕を引いたティアが勢い余って身を投げ出された。


「あ・・・」





 ――――バシャーン!!





 酷い水音がして、慌てて川を覗き込む。

 そんなに大きな川ではないけれど、ティアは浮いてこない。


 どうしたら?!


 アワアワと周りを見回していると、誰かが川に飛び込んだ。




「ゲホッ、ゴホッ、コホッ」


 カイン様に引き上げられたティアは苦しそうにむせ返っていた。


「・・・よかった」


 無意識に出た言葉に自分でも驚いた。

 あたくしは、ティアを嫌っているはずなのに。

 平民のくせに、あたくしがしていた地べたを這うような貧しい平民生活とはかけ離れた、周りから愛されて過ごしているのが気に食わなかった。憎かった、はずなのに。


「シャルロッテ王女」


 未だ呆然としていると、ティアの身体を抱きしめたカイン様の声が聞こえて身体が縮こまる。


「貴女は自分が何をしたのかわかっていますか?」


 地の底から出たような恐ろしい声に、あたくしをキツく睨みつけるその双眸に、恐怖が湧き上がってくる。心臓をぐっと掴まれたような心地さえする。


 ・・・この方は一度だってあたくしに甘い顔をした事が無い。いつも冷たく無表情。だけど、今の憤怒の顔よりはマシだったのだと今更ながら思った。


 あたくしが落としたわけじゃない。・・・そう思ったけれど、カイン様から放たれる怒気が恐ろしくて言葉にはならなかった。


 更にニコラス王太子まで、あたくしを冷たく突き放してきた。


「シャルロッテ王女にはガッカリいたしました。王族が守るべき民を侮辱するだけでなく、身分を笠に着て何もしていない者に手を上げるなど、王族失格だと思います。ネルラント王国に抗議の上、即刻国に帰っていただきます」


 嘘・・・。

 そんな事されたら、あたくしを王族として迎え入れてくれたお母様の顔を立てられなくなってしまう。国にいるお父様やお兄様達に軽蔑されてしまう。


 待って、あたくしは・・・


 ペタンと力が抜けて座り込んでしまったあたくしを、優しい声が庇ってくれた。


「待って、ください・・・殿下、わたくしは、勢いで自分で落ちてしまっただけで、シャルロッテ王女は悪くないのです。だから、そんな事言わないでください」


「――――っ!」


 苦しそうに震えながらも、あたくしは悪くないと言ってくれた。あたくしは今までティアに散々嫌がらせをしてきたのに。・・・ここで罪を被せてしまえば溜飲も下がったろうに。


「いいえ、ティア。今回の事だけではありません。シャルロッテ王女が貴女に行った数々の嫌がらせは、王族として許容出来る事ではありません」

「そうだよ?僕はティアをこんな目に合わせた彼女を許す気は無いからね」


 ニコラス王太子とカイン様があたくしを否定するのに呼応して、傍観していた周りの貴族達も口々にあたくしを罵り始めた。


「こんなのは王太子妃に不相応だろう」

「王族がティア様に嫌がらせを?」

「平民だからと蔑んでいた事もあったな」

「ティア様が物を隠されて探し回っていた事もあったのよ」

「早くお帰りいただきたいですわ」


 あたくしが今までしてきた事が表沙汰になってしまった。


 そうか、カイン様がずっとあたくしに冷たいのも、ニコラス王太子が最近あたくしに冷たい態度を取るようになったのも、ティアが大切だから、なのね。あたくしは今まで、格の違いを見せつけようと、あたくしの方が魅力的なのだと、それをわからせようとしてきたけれど、それがまったくの逆効果だった事を今知った。


 まるで公開断罪かのように大衆の前で責め立てられたあたくしを救ってくれたのは、何故かあたくしの嫌がらせを受けていたティアだった。


「・・・待って!シャルロッテ王女からの嫌がらせも、大した事はされておりません。わたくしは、気にしておりませんので・・・殿下も、カインも、そんなに、怒らないで・・・?」


 彼女が嘆願すると場の空気が緩んだ。


「どう、して・・・」


 貴女は、どうしてそんなになってまであたくしを庇ってくれるの・・・?

 あたくしのせいで、酷い目にあったでしょう?

 散々、嫌がらせを受けたでしょう?

 今だって、寒さで震えているくせに。


 目に涙が溜まり、視界がボヤけてくる中で、ふいにノアの言葉を思い出した。


『彼女はボクの救いの女神なのですから』


 ああ、そうか。

 ティアは本当に救いの女神なのだ。

 ノアに共感する日が来るなんて夢にも思わなかったけれど、きっとノアも、何らかの形で彼女に救われたのね。周りから見放されたわたくしを、お母様のように優しく包み込んで救いあげてくれるティア。


 彼女はあたくしの救いの女神なのだと、そう思った。



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