夜会1
広い大広間の天井から吊り下がるシャンデリアは煌びやかで、豪華な装いをした人々がひしめき合う。普段とは一線を画したような世界に私は今立っている。
そう、今日はルピアの生誕祭という名のセディル公爵家主催の夜会だ。
会場は王都にあるセディル公爵邸。
貴族の館にはこういうパーティーを催せる大広間が各家々にあるらしい。途中で通った庭も広大で、ファロム侯爵家にも池があったけれど、セディル公爵家には川が流れていた。貴族、すごいな。
「ティアは今日は1年生の時に着てたドレスなんだな。カインの贈るドレスはまだ出来てないのか?」
「アリアちゃんがすごく気合い入っていてね、卒業式には間に合わせるって言ってくれてるよ」
「あのドレスを着たティアは絶対に可愛いからね。楽しみだなぁ。アーサー、惚れちゃダメだからね?」
「惚れねぇよ」
私は今日は1年生の新入生歓迎パーティーで着た黄色のドレスを着ている。1年生の時は流行の先取りをしすぎていたので、だんだんとこの生地のドレスが増えてきた今くらいが、ちょうど流行に乗っている。
今宵は上手く埋没出来そうだ。
カインが贈ってくれるドレスはアリアが気合いを入れて作ってくれているので、もう少し時間がかかるらしい。卒業パーティーの時には着れそうなので楽しみにしている。
「カイン様、アーサー様、ティア様」
「キリア」
私たちの元へ招待主であるキリアがやって来た。
「キリア様、本日はご招待いただきありがとう存じます」
「こちらこそ、来ていただいてありがとうございます。もうすぐルピアもこちらに来ますので、暫しお待ちくださいませ」
「楽しみにしております」
今日はルピアの生誕祭なのでルピアが主役だ。貴族の生誕祭なんて初めてだからとてもワクワクしている。
招待されている他の貴族も私の姿を見ても咎めたり、侮蔑の目を向けてきたりはしないので気が楽だ。
・・・ただ一人を除いて。
「・・・ちなみに、どうしてここにシャルロッテ王女がいるんだ?」
アーサーが声を潜めてキリアに尋ねる。
「申し訳ございません、ルピアがシャルロッテ王女とも仲良くしたいと言って、招待してしまったのです」
キリアも声を潜めて申し訳なさそうに答える。
シャルロッテは他の貴族の方々と談笑しながらも時折こちらをじっとりと見つめてくる。
「シャルロッテ王女は一応ネルラント王国の王女様だからね、判断としては間違っていないと思うよ」
一応肯定するカインだけど、その手はずっと私の腰に回されていて、シャルロッテを警戒しているのがわかる。
私もシャルロッテの方をチラリと見てみる。
ピンクゴールドのドレスを身に纏った姿は王女様らしく、華やかだ。ドレスにもちょこちょこと宝石が付けられているようで、灯りを反射してキラキラと輝いている。金髪碧眼の美しいシャルロッテにはとても似合うと思う。実際、シャルロッテを囲んでいる貴族は恍惚とシャルロッテを眺めている。
・・・学園内みたいに孤立してなさそうでよかった。
ニコラスに切り捨てられたシャルロッテは学園内では完全に孤立してしまっている。
ただ、嫌がらせとかそういうのは受けていないみたいなので、その辺はやっぱり身分があるというのは大切なのだと思う。
「あ、ルピアが来ましたよ」
キリアの視線を辿れば、入り口から優雅に礼をしてルピアが現れた。今宵の主役の登場に会場内の注目が集まる。
ルピアはニコラスにエスコートされながらゆったりと歩く。
・・・さすがは公爵令嬢だね。まだ12歳だけど、王太子と歩いても遜色無い優雅さだよ。
主役のルピアと主催のセディル公爵が挨拶をしたところで、パーティーは本格的に開始となった。
「ん〜。さすがは公爵家、ケーキも絶品だね」
「本当だよなぁ。ティア、このチョコとベリーの入ったケーキも美味いぞ」
「うわ、おいしそう!私も食べたい!」
「ティア、アーサー、楽しそうな所悪いんだけど、そろそろルピア様にご挨拶に行こうか?人波も引いてきたみたいだし」
「はーい」
「わかった」
パーティー開始直後から主役のルピアに挨拶をする人集りが出来ていたのだが、少し引いてきたようで、私たちも挨拶に行く事にする。
私たちが近付くと、ルピアもその隣のニコラスもパァっと顔を綻ばせた。
「ルピア様、お誕生日おめでとうございます。本日はご招待いただきありがとうございます」
「こちらこそ。素敵な贈り物をありがとう存じます」
カインが代表として挨拶をし、用意してきた贈り物を侍従に渡すとルピアがフワリと微笑んだ。
・・・可愛いなぁ。
「あ、あの、ティア様!・・・よろしければ、後でゆっくりお話させていただいてもよろしいでしょうか?わたくし、ティア様とお話出来る今日をとても楽しみにしていて・・・」
少しモジモジとしながら上目遣いで見つめてくるルピア。
・・・可愛いっ!
「わたくしでよろしければ、喜んで」
そう返事をすると、ルピアは顔をパァっと明るくして、ニコラスは「よかったですね」とルピアに向けて微笑んだ。
パーティーも中盤にになってきた頃、ゆっくりと照明が落ち始めた。
「皆さま、本日はルピアの生誕祭にお集まりいただき誠にありがとうございます。ささやかではございますが、お返しとしてセディル領にて生産されている魔術具をお披露目させていただきたいと存じます。どうぞ庭に出てください」
声を増幅するマイクのような魔術具でセディル公爵が案内する。
「庭?」
「行ってみようか。アーサーはどうする?」
「俺はこれ食べてから行く、先に行っていてくれ」
「わかったよ」
もぐもぐ咀嚼するアーサーを残し、カインと一緒に庭へと出ると・・・
「わぁ・・・」
「綺麗だね」
そこは、冬のイルミネーションだった。
庭の木々がキラキラとした色とりどりの光に飾られ、草花も昼間とは違う美しさを光によって生み出されている。
庭園内を流れる小川や橋にも灯りの魔術具が飾られ、振り返れば、公爵邸もキラキラとライトアップされていた。
その幻想的な光景にしばらく浸っていると「ティア様」と声をかけられた。
「ルピア様、ニコラス殿下」
ルピアがニコラスと共にゆったりと歩いてきた。
「素晴らしい光景ですね。これも魔術具なのですか?」
「はい。セディル領で生産されている灯りの魔術具なのです。一つ一つ分かれているのではなく、繋がっているので、少ない魔力で灯す事が出来るのですよ」
「素敵ですね。この冬の澄んだ空気と素敵なお庭にとても映えますね。色とりどりで美しいです」
「そう言っていただけると嬉しく思います。色とりどりの灯りを灯すのにとても苦労したのだと聞いております。我が領地の研究者も報われます」
ルピアはどういう工夫でこの魔術具を作ったのだとか、他にはこんな魔術具があるとか、いろいろと話してくれた。まだ魔術学園に入学していないのに、その知識量には驚いた。
ルピアはふわふわしているけれど、公爵家の教育なのだろうか。領地の事も魔術具の事もしっかりと学んでいるのだと思った。
「あの、ティア様がよろしければ、今度一緒に――――」
「シャルロッテ王女、何をなさいますか!」
ニコニコと話すルピアの声を遮るように大きな声がして、そちらを向く。
見ると、小川を跨ぐ橋の上でシャルロッテと何人かの貴族女性が睨み合っている所だった。
どうやら、シャルロッテに向かう貴族女性の一人が声を荒らげたようだ。その女性と向き合うシャルロッテは顔を歪める。
「あら、失礼。随分とみすぼらしい光だったもので。こんな人工的な灯りなど、我が国の美しい海の煌めきに比べれば粗末が過ぎますわね」
そう言ってシャルロッテはバシッと灯りの魔術具を川に叩き落とした。川に落ちた魔術具は光を失っていく。
・・・うわぁ。
これは酷いんじゃないかな。
これはルピア様達セディル公爵家が招待客を楽しませようと準備してくれたものだ。それをあんな風に罵って壊すだなんて。魔術具を作る側の私からしても許せないかも。
他の貴族達も眉を顰めてシャルロッテを見ている。
「・・・っ、これは、ルピア様がわたくし達を楽しませようとご準備して下さった物ですわ!それをこんな風に扱っていいはずがございません!そんな事すらもわからないから貴女は殿下のエスコートも受けられずに見放されるのですわ!」
「なっ!違うわよ!今回はルピア様の生誕祭だから譲って差し上げただけよ!貴女こそ、あたくしはネルラント王国の王女なのよ?!そんな口をきいて良い相手だと思っているの?!」
「は、召使いの子の分際で厄介払いでこの国に来たくせに偉そうに語らないでいただけますか」
「なんですって!」
喧嘩し始めた?!
え、ちょっ、ど、どうしよ?!
このまま放置はまずいよね?
だ、誰か止められる人は・・・
ニコラス――――は、シャルロッテに罵られて落ち込んでしまったルピアに寄り添って励ましているし。
アーサー――――は、まだ庭に出てきてないんだった。
カイン――――は、ダメだ。カインは私が関わっていない時点で無関心だ。シャルロッテ達の方にまったく興味無さそうだ。カインと目が合ったらニッコリと微笑まれた。
かっこいい・・・
じゃなくて!
他の貴族達も遠巻きに見ているだけで、止めようとする人はいない。やはり他国の王女の不興を買いたくはないのだろう。
「このっ」
私がアタフタとしている間にも言い争いは続いていて、とうとうシャルロッテが貴族女性に手を振り上げた。
わー!待って!暴力反対!
パシッ
私はシャルロッテの手が貴族女性に振り下ろされる直前に二人の間に割って入り、シャルロッテの手を受け止める。
「お二人とも、その辺にいたしませんか。今日はルピア様の晴れの日なのです。そのように言い争っていればルピア様が悲しまれます」
私が割って入ると、貴族女性の方はすぐに引いてくれた。
「ティア様・・・!も、申し訳ございません」
うん。結構歳上だと思うし、魔術学園の人ではないと思うんだけど、なんで『ティア様』呼びなのかな?まぁ、今はいいけれど。
「・・・」
私はムスッとしているシャルロッテになるべく柔らかく声をかける。
「シャルロッテ王女、非礼をお詫びいたします。しかし、王女も立場を振りかざすのでしたら、それに相応しい立ち居振る舞いをお願いいたしたく存じます。貴女は美しい方なのですから、それが出来ればもっと素敵な女性になれますよ」
そう言うとシャルロッテは目を丸くし、狼狽えたように後ずさる。
「な、何よ・・・あんたみたいな平民に、何が・・・」
「シャルロッテ王女、危ないです!」
橋、といってもそんなに大きな橋ではない。
シャルロッテの身体が橋の欄干にかかると、ぐらりと揺れて身を投げ出されかける。
「きゃっ!」
「――――っ!」
私はシャルロッテの手を思いっきり引き、シャルロッテの身体を橋に引き戻す。が、その勢いで逆に私の身体が宙に浮いた。
「あ・・・」
シャルロッテの驚いた顔が見えた――――そう思った瞬間、私は冬の冷たい川の中に落ちてしまった。




