帰国:ツバキ視点
今日、俺はリオレナール王国へ帰国する。
1年間という留学期間はあっという間に過ぎて、もう帰らなければならないのかと寂しく思う。
「ツバキ王子」
「・・・カインか、見送りに来てくれるとは思わなかった」
1年間住まわせてもらった離宮から侍従が荷物を馬車に詰め込んでいるのを待っていると、カインが現れた。
「ティアは来られませんからね。代わりに僕が」
「ティアやアタラード家の皆には昨日挨拶してきたからな、十分だ」
ティアやアタラード家の皆には昨日たくさん別れを惜しんでもらえた。またいつでも遊びに来ればいいと言って貰えて、なんだか幼い頃に戻ったようで嬉しく思った。
ティアも寂しそうに「また来てね」と言ってくれて、そのままティアを抱きかかえて連れ帰りたいのを必死に我慢した程だ。
「そういえば、ティアに振られたそうですね。いい気味です」
「お前、マジでいい性格してるよな!」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてねぇよ」
ここに来てそれ言うか?!
俺はまだ傷心中だというのに傷口に塩塗り込みに来たのかっ?!
絶対にカインより俺の方が性格も良いんだが、ティアは何を思ってカインを選んでるんだろうな!
「ティアは僕が守りますので、安心してください」
「・・・絶対に守り抜けよ」
カインはティアを大切にする、この一点に置いては信用出来る。これが俺が留学中に下した結論だ。
冷酷無慈悲な狼はティアにだけは甘く温厚だ。
たぶん、カインの世界の中心はティアで、ティアの為なら国をも守るし、ティアの害となるなら国をも滅ぼす、そんな奴だ。
国を治めていく者としては、こんな獣を従えなければならないニコラス王太子は大変だなとは思うが、俺個人としては、ティアが幸せになれるのならばそれで良いと思う。
「・・・ティアの周りで何か気にかかる事でもありましたか?」
「少し羽虫が飛んでいるなと思ってな。今のところ害は無かったから放置していたが、アレは嫌な目をしている」
学部別授業でティアの周りをうろちょろとするアレの目は、純粋な好意でも、ただの悪意でもどちらでもない。
杞憂であれば良いが気にしておいて損は無いだろう。
「素晴らしい洞察力ですね」
「・・・その言い方だとカインも気付いてたんだろ?」
「僕はちょっと違う情報源がありまして」
・・・怖っ。いつもの無表情に見えて結構悪どい顔してるぞ。むしろカインが悪者に見える。
「その様子だと、カインに任せとけば安心だな。本当に、ティアの事がなければ絶対に敵に回したくない奴だ」
「・・・そうですね、ティアの事がなければツバキ王子とは友人になれたかもしれませんね」
「・・・は?」
・・・友人?
いや、マジで幻聴かと思った。
カインはいつもと変わらぬ無表情だし、会えば嫌味ばかり言ってくる奴だったけど、カインも少しは俺を認めてくれていたのか?
「まぁ、そんな未来は有り得ませんけれどね」
「・・・そうだな」
そもそも、ティアがいなかったら俺とカインは関わる事すら無かっただろう。友人になるなど有り得ない。
そんな話をしている内に荷物の積み込みが終わったらしい。側近の一人が俺を呼びに来た。
「準備が出来たようだ。俺は国に帰るとしよう。またな、カイン」
「ええ、もう二度と来なくていいですよ」
「そこは上辺だけでも『また来てください』って言っておけよ!」
「貴方に今更お世辞を言っても意味が無いでしょう」
「なんか腹立つ。絶対にまた来てやるからな!むしろ近いうちに!」
「はいはい、さようなら」と雑な見送りをされた俺は馬車に乗り込んでリオレナール王国へと帰国した。
「あら、ツバキ。おかえりなさい」
リオレナール王国で俺を出迎えてくれたのは5つ歳上の姉、ユズリハ姉だった。
豪奢な赤いドレスを纏った悠々とした出で立ちは、さすがは王女といったところか。
「ただいま戻りました、姉上」
ティアと同じ黒髪黒目でもユズリハ姉は妖艶といった大人の雰囲気だ。
そういえば、結婚相手探しに奔走していたはずだが、良い相手は見つかったのだろうか。
「ちょうどよかったわ。わたくしの嫁ぎ先が決まったのよ。準備する事が山ほどあるわ。働きなさい、ツバキ」
「いや、俺は今日帰ったばかりで疲れてて・・・」
疲れを理由に断ろうとすると「はぁん?」と凄まれた。怖ぇよ。
お相手が出来た事はおめでたいが、本当にこんなのでいいのか?返品不可だからな。
「あんた、どうせティアに振られて落ち込んでるんでしょう?このわたくしが馬車馬の如く使う事で忘れさせてあげようと言っているのよ?その厚意を無下になんて、しないわよね?」
「げ!なんで知って・・・!」
ユズリハ姉には俺がティアに振られたどころか、ティアの事を好きだって事すら言っていないのだ。
狼狽していると、ユズリハ姉は呆れたようにため息をつく。
「ツバキがティアに好意を抱いていたのなんて幼い頃から丸わかりよ!気づいていなかったのはツバキとティアくらいよ。・・・あんたももう少し早く気づいていれば可能性があったかもしれないのにね」
「・・・うるさい」
いつも通りの上から目線の言葉だが、言い方はとても優しい。
「ティアが義妹にならなかったのは残念だけど、わたくしはティアが幸せならそれでいいわ。リオレナール王家の血が濃いからと、王家に縛り付ける事はない。ツバキもそう思うでしょう?」
「・・・ああ」
俺も、ティアが幸せならそれで良いと思う。ただ、やっぱり悔しいものは悔しいのだ。ティアは俺の傍にいて幸せになって欲しかったんだ。
「・・・俺の方が、カインより早くティアに出会っていたのに」
「そうね」
「俺の方が、身分も、魔力も上なのに」
「王族のツバキに勝てる人は中々いないわね」
「俺の方が性格も良いし、いい男なのに・・・」
「わたくしは彼に会った事が無いから知らないけれど、ツバキ程良い男はいないと思うわよ」
「そうだろう?!」
「ええ。だから、わたくしの結婚準備も手伝うわよね?」
「ああ!・・・あれ?」
俺の返答にクスクスと笑ったユズリハ姉は「じゃあ、行くわよ」と背を向ける。
それからしばらく、俺はユズリハ姉に馬車馬の如く使い倒され、ぐったりとする羽目になった。
そのおかげとは言いたくないのだが、ティアの事で落ち込む気持ちはいつの間にかどこかへ消えて行ってしまった。