侯爵家のお茶会2:アリア視点
本題がティアちゃんの事ならば更に気を引き締めなければ――――そう思い、わたくしはカイン様の話に耳を傾けます。
「単刀直入に言おう。僕とティアは婚約している。ティアの友達である君達には、僕とティアの事を認めて欲しい」
・・・はい?
婚約・・・?侯爵令息のカイン様と平民のティアちゃんが?
何で??
わけが分からないと思い隣を見ると、テオくんも同じく、わけが分からないという顔をしていました。気持ちを共有出来る人がいてちょっと嬉しく思います。
アーサーくんは事前に聞いていたのでしょう。表情に変化はなく、黙々とケーキを食べていました。
「・・・カイン様、一つよろしいでしょうか」
「何かな、アリア」
「何故、侯爵令息であるカイン様と平民のティアちゃんが婚約しているのでしょうか?」
カイン様は『よくぞ聞いてくれたっ』みたいに目を輝かせました。対してアーサーくんは『げっ!何でそんな事聞いたんだ』みたいな顔をしています。
でも、重要だと思うのです。この方が何を思って貴族として利点の無い平民のティアちゃんと婚約をしているのか、わたくしは知らなければならないと思うのです。
「良い質問だね。じゃあ先ずは僕とティアの出会いから聞かせてあげよう」
・・・あれ?これ、もしかして長くなりそうな感じでしょうか。
カイン様の話は要約するとこんな感じでした。
幼い頃、優秀な兄と比べられるのが嫌になったカイン様は大雨の中護衛も撒いて街に出かけました。そこで出会ったティアちゃんに一目惚れしたカイン様は身分を隠してあの手この手で仲良くなり、友達の座を手に入れました。そして8歳の時、何故かティアちゃんからプロポーズされ、婚約をし、今に至ると―――――
途中で入る女神か天使のようにたたえるティアちゃん賛辞には賛同いたしますが、如何せん長いです。
カイン様がティアちゃんの事をどれだけ大好きかとても良く分かりましたが長いです。もう少し纏めて頂きたいです。長いです。
アーサーくんはかなりゲンナリした顔をして聞いていました。これ、以前に何回も聞かされていた感じですわね。テオくんとわたくしは表情を崩さずに聞いています。こちらから聞いた手前、もういいと言うことも出来ないのです。
「――――と言うわけで、ティアの大切な友達である君達には僕とティアの婚約を認めてもらいたいんだ」
「カイン様、もう一つ聞きたいことが御座います」
やっと話が終わった・・・そう思った矢先にテオくんがスっと手をあげました。
「何かな?」
「ティアはカイン様の事を平民だと思っていたにしても、何故急に婚約を言い出したのでしょう?」
それはわたくしも疑問に思っていました。平民同士なら18歳の成人を迎えて結婚するまでに、好き同士なら恋人として過ごすので、婚約証書まで作って婚約者を作りません。貴族の場合は相手方が簡単に約束を破られないように婚約を交わすと聞いておりますが。
ティアちゃんは婚約者にしたいと思う程カイン様の事が好きだったのでしょうか。
「それが、僕もよく分からないんだ」
「・・・は?」
「ティアとしては『婚約者』というものが欲しかったのだと思う。その条件に当てはまる人の中で僕が一番適当だった、と言う感じだったね」
・・・どういう事でしょう。『婚約者』が欲しかった?カイン様は一番条件がよかったから?
いつものティアちゃんはそんな夢見がちで行動を起こす子ではないのですが。
「魔術学園・・・」
「え?」
わたくしやテオくんが首を傾げていると、今までずっと黙って話を聞いていたアーサーくんがボソッと呟きました。
わたくし達の視線に気づいたアーサーくんがパタパタと腕を動かします。
「いや、ずっと考えてたんだが、ティアはカインの事、裕福な平民だと思ってるだろ?」
「そうだね」
「だったら、兄貴じゃなくてカインを選んだ理由はなんだろうって思って」
「それが魔術学園?」
たしかに、性格を除けばテオくんとカイン様の条件はほぼ同じ。いや、大商会であるストデルム商会の跡取り息子と家業不明の富豪次男とでは、テオくんの方が条件としては良いような気がします。
他に条件があるとしたら・・・
「魔術学園に行くか、行かないか・・・」
「そう言えば、『二人とも魔術学園の入学が決まってるし、お互い貴族に変に目を付けられないように』とか言っていた気がするよ!」
「それだな!」
なるほど。ティアちゃんは平民では滅多にいない魔術学園への入学が決まっています。平民のティアちゃんが貴族の中で過ごすのはとても大変な事でしょう。ティアちゃんは可愛いので婚約者のいる相手に話し掛けて顰蹙を買う事もあるかも知れません。それを避ける為の自分の婚約者、という事でしょう。自分には婚約者がいるので貴方には興味ありませんよ、と。確かに理屈は通っていると思います。
それを8歳で考えて行動を起こしたティアちゃんはすごいと思いますが。
カイン様も納得したのか、「なるほどねー」と頷いています。
テオくんは顎に手を当て考えこんでいましたが、グッと顔を上げてカイン様を見ました。
「カイン様、今の推測が正しければティアが『婚約者』を欲しているのは魔術学園を卒業する18歳までとなりますが、その後、婚約解消を行う気はありますか」
その瞬間、カイン様の緑色の目がゾワッとする程鈍く光り、テオくんを見据えました。
「無いよ。僕はどんな手を使ってでもティアをお嫁さんにする。ティアは誰にも渡さない」
この人は、いったいいくつの顔を持っているのでしょう。先程の談笑のほんわかした空気とは違い、今は飢えた獣のようで、空気がピリピリとしています。
直接視線を向けられているテオくんの顔には脂汗が滲んでいます。
でも、わたくしも、ティアちゃんが幸せになる為に確認しなければならない事があります。
「カイン様、わたくしからもよろしいでしょうか?」
「何かな?」
獰猛な獣のような目がわたくしにも向けられます。わたくしはグッと指を握り込みます。
「もし、ティアちゃんが『侯爵家』の身分を嫌がったらどうされるおつもりでしょうか」
話を聞く限りではティアちゃんの『婚約者』の条件に『平民』が入っていると思います。平民同士なら貴族にも目を付けられにくいですし、結婚する事を考えても、貴族が相手では、昇格と言えば聞こえは良いですが、平民が貴族になるのは大変です。山ほど努力が必要になりますし、周りの目も厳しいでしょう。好き同士だからと簡単に結婚出来るものでは無いのです。
わたくしはティアちゃんの意志に沿わない事はいたしません。ティアちゃんが身分を嫌がったらカイン様との結婚は全力で阻止いたします。
そう決意を込めてカイン様を見返すと彼はニッコリと笑顔を作りました。
「その時はもちろん、僕が平民になるよ。ティアの憂いを払う為なら侯爵家の身分など要らない」
「はぁ?!何言ってんだ、カイン?!」
カイン様の返答にわたくしもテオくんも目を丸くしましたが、一番驚きの声を上げたのは同じ貴族であるアーサーくんでした。
それはそうでしょう。生まれ育ってきた環境は簡単に捨てられるものではありません。わたくしだって、好きな人と結婚出来るから明日から貧民になれと言われてもわたくしには無理だと言うと思います。
アーサーくんがカイン様にまだ文句を言っていますが、無視されているので、わたくしは気にせず話しかけます。
「カイン様がそこまで覚悟を固めていらっしゃるのでしたら、わたくしはカイン様とティアちゃんの婚約を認めましょう」
「ありがとう!アリア」
パァっと表情を明るくしたカイン様に嬉しそうにお礼を言われました。
「・・・俺も、認めます。俺ではカイン様に勝てそうにない」
「テオも!ありがとう!」
テオくんは苦笑いしながらカイン様を認めました。
「まぁ、俺も、ティアは可愛い妹分だし、カインは大事な友達だからな、認めてやってもいいぞ!」
「アーサー、君には最初から聞いていないよ」
「嘘だろ!」
じゃあ何で俺を呼んだんだよ!と叫ぶアーサーくんにクスクスと笑ってしまいます。
「カイン様は変わっていますね。普通、貴族の方はわたくし達平民には『認めろ』と命じるだけで良いのにわざわざ交渉なさるなんて」
わたくしがつい思った事を口走ると、カイン様はキョトンとした顔をします。
「そりゃ、ティアの大切な友達だからね。そんなやり方だとティアが悲しむでしょ?」
「何処までもティアちゃんファーストですね?」
「当然」
わたくし達はふふっと笑い合いました。
ティアちゃん、貴女、とんでもない人を婚約者にしてしまいましたよ。これからきっと大変な事がいっぱい起きると思いますが、わたくしはティアちゃんの味方ですからね!