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うつろう

 学園祭も終わり、学園内も通常の雰囲気を取り戻しつつある今日この頃。


「そういえば、アーサーとティア、カインはルピアの生誕祭に招待されているそうですね」


 カイン、アーサーと共に学園内の談話室で過ごしていると、ニコラスがやって来た。


「はい。ルピア様とキリア様にご招待いただきました」


 ルピアの生誕祭の夜会に出席する事になったので、私達はルピアへの贈り物を考えているところだ。


 他にも、当日のドレスを考えたり、髪型、メイクを兄と相談したり、祖母に夜会のマナーを習ったり、意外と準備しなければならない事が多い。


「僕も招待されているのです。セディル公爵邸はお庭に力を入れているそうで、夜でも美しく見られる工夫があるそうです。時間があったら散策させてもらうといいですよ」

「お庭ですか?楽しみです」


 貴族の庭かぁ・・・。きっと大きくてキレイに整えられているんだろうな。季節の花とかが咲いているのかな。


「俺は景色より料理やデザートが楽しみだな。貴族は家ごとに特徴があったりするから」

「そうなんだ!・・・ドレス締めるの緩めにしてもらおう」

「食べる気満々ですね」


 アーサーの言葉でご飯に思いを馳せてぐっと拳を握ると、ニコラスにクスクスと笑われた。


「俺も食うぞ、ティア。美味しいスイーツがあったら教えてやるよ」

「ありがとう、アーサー。私もアーサーに教えるよ!」


 甘い物好き同士頷き合うと、そんな私達を見てカインが苦笑した。


「ルピア様の生誕祭だって忘れないでね。・・・二人とも目当てのスイーツ見つけたら一直線だから、僕、苦労しそうだなぁ」

「いつもお世話になってます」

「今回もよろしく!」

「ちょっと!」


「ははっ、皆仲良しですね」





 そんな話をしていると・・・


「皆様、なんのお話をされているのですか?あたくしも加えていただいてもよろしくて?」


 そう言ってシャルロッテがニコラスの隣に腰掛けた。


 おお、すごい。ごく自然にニコラスにしなだれかかり甘えたような視線を向けている。

 男の人はああいうのに弱いんだろうな。私も今度カインにやってみよう。


「シャルロッテ王女には関係のない話です。申し訳御座いませんが、御遠慮いただけますか」


 ・・・え?


 冷たい声でシャルロッテを拒絶したのはニコラスだ。


「ニコラス王太子・・・?」


 聞こえてきた言葉が信じられないのか、シャルロッテは引きつった笑顔でニコラスの名を呼ぶ。


「離れていただけますか」


 ニッコリと顔は笑顔なのに、纏う空気はとても冷たい。

 ・・・いつも優しいニコラスなのに、どうしちゃったんだろう。


「・・・失礼、いたしました。・・・そうですわね、他国のあたくしに聞かせられないお話もございますよね・・・」


 ニコラスから離れたシャルロッテは青ざめた顔をして、ふらりと喪心したようにこの場を去って行った。



「・・・」

「・・・ティア、そんなに見つめないでもらえますか?」


 この人は本当に私の知っているニコラスなのかと、まじまじと見ていたら苦笑されてしまった。

 ・・・その口調も表情もいつもの優しい小動物系のニコラスだ。


「あ、失礼いたしました。殿下の雰囲気がいつもとあまりにも違ったもので・・・」


 いつものニコラスならば、シャルロッテを擁護し、場を取り持って、穏便に対応している。今日のニコラスのように冷たくあしらったりはしない。


「僕はこの国の王太子ですからね。時には厳しい判断をしなくてはならないのです」

「そう、ですか」


 そうか、シャルロッテはニコラスに切り捨てられたのだ。王太子妃となるには相応しくないと。

 シャルロッテが余計な幻想を抱かないように、シャルロッテを選ばない事を対外的に示す為に、ニコラスはわざと冷たく接しているのか。


 ・・・シャルロッテはこれからどうするのだろうか。

 他国で婚約者候補であるニコラスにそんな態度を取られるとシャルロッテにとってこの国は針のむしろとなるのではないか。

 私が王太子であるニコラスの考えに口を挟むべきではないし、シャルロッテに嫌われている私が何か出来る訳ではないのだが。





 そんな事を考えながらぼんやりと午後の学部別授業の為に魔術棟の廊下を歩いていたら、ドンッと誰かにぶつかってしまった。


「痛っ」

「ああ、申し訳ない。大丈夫ですか?」

「いえ、こちらこそ、ぼんやりとしていたもので申し訳御座いません・・・、っ!」


 尻もちをついた私に手を差し伸べてくれたのは、ノア・クラシスだった。




 私は差し伸べられたノアの手を取り立ち上がる。


「ありがとう存じます、クラシス侯爵令息」

「いえ、こちらこそ。お怪我はありませんか?」

「はい。大丈夫です」


 ノアは私を侮蔑したりしないし、人当たりの良い微笑みを浮かべているが、ゲームの展開を知っているだけに少し警戒してしまう。


「ティア先輩」

「はい、なんでしょう」

「ボクは貴女の後輩なのです。もっと気楽に話してはいただけませんか?名前も『ノア』と呼んでいただけると嬉しいのですが・・・」


 うっ、嫌だなぁ。ゲームのように誘拐されるのを回避する為に、ノアとは親しくなりたくないのだ。


「では、ノア様とお呼びさせてもらいますね。言葉遣いは、わたくしのような身分の低い者が急にノア様と親しく接すると顰蹙を買ってしまいますので、このままでお願いいたします」

「ええ。わかりました」


 ノアはニコニコと変わらぬ笑顔で頷いた。


「そういえば、ティア先輩はルピア様の生誕祭にご招待されているのだと伺いました」

「・・・ええ。一度王宮にてご挨拶させていただきましたが、ゆっくりと話をしたいと言ってくださっているようで」

「ああ、わかります。ティア先輩はとても魅力的な方ですから。お近づきになりたいと思うのは当然ですね」

「そう、でしょうか」


 ノアの笑顔に冷や汗が伝う感覚がする。私とノアは会話するのは今日が2回目のはずだが、随分と好感を持たれている気がする。


「そうですよ。・・・実はボクは学部別授業を選択する時にティア先輩の助手を狙っていたのですよ。残念ながら、ツバキ王子に先を越されてしまいましたが」

「そうなのですね」


 うわ、あっぶな。ツバキが助手にならなかったらノアが私の助手になっていたかもしれないのか。助手になると必然的に一緒に居る時間は増えるから、もっと早くにノアと親しくなってしまったかもしれない。

 ツバキ、ありがとう!


「そのツバキ王子ももうすぐ留学期間が終わる事ですし、卒業までの短い間ですが、ボクを助手にして貰えませんか?国王陛下にも認められたティア先輩から教えていただきたい事がたくさんあるのです」


 げ、そう来たか!

 私が就職活動しないから時間余っている事も調べられている気がする。

 だがしかし、私にはこういう時の為にカインが考えてくれた『誰かが助手になりたいと言ってきた時の断り文句集』があるのだ!


「申し訳ございません。わたくしは就職活動は致しませんが、空き時間は不規則になりますので、助手を作る事は難しいのです。先生方からもそう言われておりますので助手はお断りさせていただいております」

「・・・そうですか。残念ですが仕方がありませんね」


 よし、切り抜けた!

 カインが『誰かが助手なりたいと言ってきた時の断り文句集』を提示してきた時は、本当に必要かな?と思ったけれど、必要だったよ!役に立った!

 カイン、ありがとう!


 ノアとはそのまま別れて、私は授業に向かった。・・・なんとなく、背中にノアの視線が突き刺さる気がした。




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