取り引き:ニコラス視点
学園祭が終わった日の夜、僕はカインを王宮に呼び出しました。
「それでニコラス殿下、僕にお話とは?」
紅茶を一口飲んでカップを置いたカインはいつもの無表情で僕に聞きます。
・・・何の話かなんてわかっているでしょうに、カインは意地悪ですね。
カインは、とても頭が良くて僕の行動の数歩先を予測して動きます。僕がカインを従えるように陛下から言われている事もきっとわかっているのでしょうね。
父である国王陛下から『カイン・ファロムに忠誠を誓わせろ』という課題が出てからもう一年以上も経ってしまいました。
僕はこれから、この課題が達成出来るかどうかの大勝負に出ます。
「夏季休暇中に、シャルロッテ王女の醜聞とも取れる噂が多く流れました。ご存知ですよね?」
「ええ、もちろん。貴族社会で生き残るにはそういった噂に耳を傾ける事も必要ですからね。・・・それが何か?」
カインの緑色の目が探るように僕を見ます。
その目に一瞬たじろぎましたが、僕はなるべく堂々とした態度を心がけて続けます。
「その噂を流したのはカインではありませんか?シャルロッテ王女はティアに嫌がらせを行っていましたし、狩猟大会のアリベル出現の件でもシャルロッテ王女が黒幕なのですよね。だからカインはシャルロッテ王女をこの国から追い出したいのではありませんか?」
「僕がシャルロッテ王女を嫌っているのは認めましょう。しかし、噂を流したのは僕ではありませんよ。ご存知の通り僕は社交的ではありませんから、そういった事は不得意です」
「知っています。でもカインの周りにはそれを得意とする者もいますよね?」
きっとカインは指示を出すだけで、他の者が動いてくれるのでしょう。カインは淡々とした無表情で続けます。
「殿下は僕に『噂を止めろ』と仰りたいのでしょうか?」
「いえ、違います。あの、僕と・・・取り引きしませんか?」
あー・・・もっと兄上のように堂々と発言したいのに、カインの雰囲気が怖くてしどろもどろになってしまいます。
「・・・どのような内容の取り引きでしょうか?」
でも、カインは聞く姿勢を示してくれました。
「カインはティアを守る為にシャルロッテ王女を排除したい。そうですよね?それに僕も協力しましょう。婚約者候補である僕が排除に協力する事が彼女にとっては一番のダメージになると思いませんか?」
ピクリとカインが反応します。
僕が最近ずっと考えていた事です。カインとシャルロッテ王女が対立の立ち位置にいるのなら、どちらに与するのがこの国の為となるのか・・・
当然、カインですね。シャルロッテ王女は身分こそ素晴らしいですが、それだけで。我が国の王族となるには魔力も少なく、性格も僕の考えとは合いません。
対してカインは魔力は少ないですが頭がよくて、彼の為にと動く者たちもいる。彼の影響力は大きいのです。
「良いのですか?下手したらネルラント王国と戦争になりますよ。平和主義であるはずの殿下がそうまでして僕に要求する物とは何でしょう?」
う、出来れば戦争は避けて穏便にお願いしたいのですが、これは今言うべきではありませんね。今はカインが僕の要求を呑んでくれるかが大事なのです。
「カインの忠誠を要求します。僕への、が嫌でしたらこの国への忠誠でも構いません」
カインはとても頭が回る人ですから、そのカインに何か策を弄して忠誠を誓ってもらおうと思っても見破られてしまい、ダメだと思うのです。だから、ここは素直にキッパリと言います。
「割に合いませんね」
一蹴されてしまいましたっ!!
確かに、シャルロッテ王女の排除に協力する事と忠誠を捧げる事では割に合わないかもしれませんが・・・
「そんな事はありません!カインはティアを幸せにしたいのでしょう?ティアは平穏な日々を望む方です。僕はサクレスタ王国を豊かで平穏な国にしたいと思っています。それにカインが協力してくれれば、さらに良くなると思うのです!それはひいてはティアを幸せにする事に繋がるのではないでしょうか?」
カインは顎に手を当てて、ふむ、と考えます。
「なるほど。一理ありますね。しかし、僕は一番にティアの幸せを考えます。国が一番ではないのです。この順位が覆る事はないので忠誠は諦めた方がよろしいのでは?」
「二番目で良いです!」
「・・・はい?」
カインが目を丸くします。
珍しく表情が変わりましたね。
「カインの一番はティアで構いません。カインがどれだけティアを大切に思っているかは知っていますので、そこを変えさせるつもりはありません。二番目でいいので、僕と一緒にこの国を豊かにで平穏な国になるように協力してもらえませんか?」
「二番目で良いのですか?」
「はい!もし、カインが僕の目指す国とティアを幸せにする環境に相違が出てきたならばティアを優先してもらって構いません!」
「・・・裏切っても構わないと?」
「構いません。僕はティアや民衆の意見も聞いて国を治めていくつもりです。カインが裏切る事はありえませんので」
キッパリ宣言するとカインがふっと笑いだしました。
「くっ、ふふっ・・・なるほど」
カインの冷たい雰囲気が和らいだのは嬉しいですが、僕はそんな笑われるような事は言ったつもりはないのですが。
「・・・僕は本気ですからね?」
「コホン、・・・わかっていますよ」
一つ咳払いをしたカインが紅茶を口にします。
僕も熱弁したので喉が乾きました。僕も紅茶を飲みます。
・・・ふぅ。
「殿下、僕の方の条件を追加いたします。これを呑んでいただけるのでしたら、計画が成功したあかつきには僕は殿下に忠誠を誓わせていただきましょう」
「本当ですかっ!」
父上の課題達成の糸口が見えた事で僕は身を乗り出します。
「その条件、なのですが」
「はい」
「一つ目が、殿下も先程仰ったシャルロッテ王女の排除。しかし、排除して戦争に発展してしまうとティアが悲しむので、シャルロッテ王女には穏便にこの国から出て行ってもらいます」
「はい」
良かった。カインは既に戦争回避の方向で考えていたみたいです。僕もその条件に文句はありません。
「そしてもう一つが、シャルロッテ王女に協力している、ある貴族の排除です。この貴族に関しては野放しにしておくとティアが危険なので、最低でも投獄、出来れば死刑を求刑します」
「えっ」
貴族を投獄、死刑というのは何か大きな罪を犯さないと難しいです。理不尽に罪を被せる事は出来ません。
「安心してください。それなりの罪は準備いたします」
カインが準備するのですね・・・。やっぱりカインは恐ろしいです。絶対に味方に引き込まなくてはなりません。
「その貴族とは・・・?」
「それは条件を呑んでいただけたらお話しましょう」
う、確かに計画を言ってから発言を翻して、計画の邪魔をされたら嫌ですからね。僕はまだカインにあまり信用されていませんね。
「わかりました。その条件呑みましょう。僕はその貴族の排除にも協力します」
「ありがとうございます」
「なのでカインも、シャルロッテ王女とその貴族の排除が終わったら、僕の味方になってくださいね」
「取り引き成立ですね」
・・・やった。条件を達成すればカインは僕に忠誠を誓ってくれるのです。カインが味方となってくれるならば、この国は安泰といってもいいでしょう。
僕は絶対にその条件を達成してみせましょう。