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学園祭(3年生)4:シアナ視点

前話のシアナ視点になります。

 わたしは交際相手のニックさんと共に、魔術学園の学園祭に招待された。


 久しぶりにスカートを穿いたが、親に着せられたようなピンクのフリフリではない。ニックさんが選んでくれたのは紺色のシックなロングスカートで、これなら抵抗なく穿けるし、普段穿くのにも良さそうだと思った。

 ティアちゃんは黒色の目をキラキラとさせて「シアナさん、綺麗です!」と褒めてくれて、あまり容姿を褒められる事がないわたしは少しむず痒がった。


 そんなティアちゃんもハーフアップにした髪にキラキラと輝く髪飾りがついていて、婚約者に貰ったのだと嬉しそうに言っていた。可愛らしい。


 平民のティアちゃんに婚約者がいた事には驚いた。普通の平民は婚約者など作らずに恋人期間を経てそのまま結婚するから。けれど、婚約者が同じ魔術学園に通う貴族だと聞いて納得もした。

 貴族ならば婚約をして簡単に破棄出来ないようにする事もあるらしい。


 貴族が喫茶店経営の平民のティアちゃんと婚約しても得は無い。だから相手は余程ティアちゃんの事が好きなのだと思うが、ティアちゃんは可愛いから、見た目だけが目当てだったりする妙な男に捕まっていないかちょっと心配になった。


 いよいよティアちゃんの婚約者との挨拶の時がやって来た。


 現れたのは、長身でふわふわした焦げ茶色の髪に優しげな緑色の目をした整った顔立ちの青年。


「カイン、紹介するね。お兄ちゃんの交際相手のシアナさんだよ。仲良くしてね」


 ティアちゃんがわたしを紹介してくれたので、習った通りに頭を下げる。・・・緊張から、少しぎこちない動きになってしまったかもしれない。


「お初にお目にかかります。シアナ・スクリッドと申しゃ、申します・・・」


 ・・・噛んだ!


『平民はまともに挨拶もできないのか』


 魔術学園に通っていた頃にひたすら向けられた侮蔑の目が思い浮かぶ。

 やってしまった。またあんな風に言われるのではないかと思い、そろそろと顔を上げる。


「初めまして。ティアの婚約者のファロム侯爵家次男、カイン・ファロムです。よろしくお願いします、シアナさん」


 そう言って丁寧に礼をするカイン様。その目にはわたしが魔術学園に通っていた頃に受けた侮蔑の色は全く無かった。


 ・・・って、侯爵家?!


 わたしは、平民と貴族の身分差を乗り越えられるのは男爵家かせいぜい子爵家かと思っていたので、思わぬ家名が出てきて言葉を失う。

 でも婚約までしていると言う事は侯爵家にも認められているという事になる。・・・ティアちゃんって、実はすごい子なのかな。



 カイン様との挨拶もなんとか終わりパーティーが始まると、わたしのその予想は的中していたと思い知る事になる。


 他の貴族達が次々とカイン様とティアちゃんに挨拶に来る。

 侯爵家のカイン様だけならともかく、平民のティアちゃんにも下手に出て機嫌を取ろうとする貴族達にわたしは呆然とする。


「・・・ティアちゃんって、何者?」


 思わず出た呟きにニックさんが答えてくれた。


「元々あのカインの婚約者って事で一目置かれてたみたいなんですけど、なんか最近、国王陛下ご依頼の魔術具を作ったらしくて、それでティアの評判が上がっているらしいんですよね」


 でも俺もここまでとは思っていませんでした、と苦笑するニックさん。

 ・・・『あのカインの婚約者』って何だろう。あの穏やかで優しそうな婚約者に何かあるのだろうか。

 というか・・・


「国王陛下ご依頼の魔術具って・・・すごい栄誉じゃないか」

「みたいですね。多分、ティアはあんまりわかっていませんけれど」


 昨日までは、ティアちゃんが魔術学園で見下されたり蔑まれたりしていても家では無理をしているんじゃないかと思った時もあったけれど、完全に杞憂だった感じだ。


 婚約者の影響もあるだろうけれど、ティアちゃん自身が身分が無いだけでその辺の貴族よりもよっぽど大物だ。学生のうちから国王陛下に目をかけられる平民など聞いた事がない。


 そんな事を考えていると、「シアナ・・・?」と懐かしいが聞きたくはなかった声が響いた。


 この声は・・・


「ウェルダム男爵令息・・・」


 わたしが学園に通っていた頃のクラスメイトで、よくわたしに絡んできていた男性だ。学生時代にかけられた侮辱の言葉が脳裏をよぎる。


 ウェルダム男爵令息はわたしと目が合うとニヤリと意地悪く笑った。心臓が縮こまるような気分がする。


「平民であるお前が何故こんな所へ?俺達に見下される生活が恋しくなったのか?」

「・・・今日は、招待を受けて来ています」

「ふうん。・・・女っ気のない奴だったが、今日は随分とまともな格好をしているな。来い、ゆっくり昔話でもしようじゃないか」


 グイッと手首を掴まれて引かれる。


「嫌っ」


 昔と変わらない傲慢なウェルダム男爵令息に恐怖が沸き起こる。



 ぎゅっと目をつむると、優しくも怒りを孕んだような声がかかった。


「手を、離していただけませんか。シアナさんは俺の交際相手なのです。俺の隣にいてもらわねば困ります」


 ニックさんが、ウェルダム男爵令息の手を掴んで止めてくれた。


「ニックさん・・・」

「は?交際相手?女らしさの欠けらも無いシアナに?」

「シアナさんはとても素敵な女性ですよ。知ったように勝手な事を言わないでください」


 きゅんと胸が鳴る。ニックさんは、わたしをちゃんと女性として見てくれているんだ。

 わたしは、男性のように振る舞えば「女らしくない」「可愛くない」と言われ、女性のようにスイーツが好きだと言えば「似合わない」「変だ」と言われてきた。

 ニックさんはわたしの言動も好きな物も否定する事はなくて、その上でわたしを女性として扱ってくれる。


 ・・・嬉しい。


「お前たち平民は俺たち貴族に大人しく従っていればいいんだ!」


 ウェルダム男爵令息の怒鳴り声でハッと我に返る。


「お言葉ですが、俺達も本日は招待を受けてこの場に来ておりますので、勝手に離れる訳にはまいりません。彼女の手を離していただけませんか?」


 大変だ。貴族と言い争いなんてしたら不敬罪にされてしまうかもしれない。わたし達平民は気に入らないだけで命さえ脅かされる。ここは、それだけ理不尽な場所なのだ。


 止めなければ、そう思った矢先にいつもより低いトーンのティアちゃんの声がウェルダム男爵令息とニックさんの間に割って入った。


「――――失礼ですが、わたくしの兄と義姉に何か御用でしょうか?」


 いつも明るく穏やかなティアちゃんが、怒っている。顔は笑顔を作っているが、低めの声にはたっぷり怒りが籠っていた。

 さらに、先程挨拶したにこやかな表情はどこへやら、冷たい無表情のカイン様もウェルダム男爵令息を見すえる。


「おや、貴方は確か・・・僕と同じクラスのウェルダム男爵令嬢のお兄様、でしたね?僕の婚約者の御家族とお知り合いですか?」

「――――!」


 その冷たい声にウェルダム男爵令息はビクッと身体を揺らす。


「あ・・・ファロム侯爵令息のご婚約者様の御家族、ですか・・・?シアナが・・・?」


 ガタガタと震え出したウェルダム男爵令息はやっとわたしの手を離してくれた。


 ホッとしたのもつかの間、「あっ!お兄様!」とウェルダム男爵令息の元に女子生徒が駆け寄って来た。

 ああ、これは『わたくしのお兄様に何をしているのです』とある事ない事を言われて文句を付けられるパターンだ。わたしは今まで何回も経験がある。結局は貴族の気が済むまで謝り続けなければならないのだ。


 しかし、その女子生徒はパチパチと瞬きをすると、「ひっ」と小さく声を上げた。


「カイン様!ティア様!大変申し訳ございませんでした。何をしたのかはわかりませんが、この愚兄が何かやらかしたのでしょう。この通りですのでどうか許していただけませんか!」


 ・・・え?


 そう言って頭を下げた女子生徒はウェルダム男爵令息の頭も押さえて下げさせた。


「痛たたた、マチルダ、痛い!」

「痛いじゃない!心の底から謝れ、この愚兄が!カイン様とティア様のご機嫌を損ねるとウェルダム男爵家は破滅するのよっ!」

「も、申し訳ございませんでしたっ」


 あの傲慢なウェルダム男爵令息が平民のわたし達に頭を下げるというありえない光景に混乱してしまう。

 カイン様とティアちゃんの機嫌を損ねると貴族の男爵家が破滅させられるの・・・?

 カイン様とティアちゃん、何者??


「・・・彼、謝ってるけど許す?」


 カイン様が最初に挨拶した時と同じ柔らかい声でわたしとニックさんに聞くので、コクコクと頷く。

 ウェルダム男爵令息もだいぶん顔色が悪いし、もう関わって来なければそれで十分だと思う。


「ティアも、いい?」


 だけどティアちゃんはまだ怒っていたみたいで、頷きはしたけれど、ウェルダム男爵令息の元へ進みでた。


「・・・ウェルダム男爵令息、シアナさんは平民ですけれど、わたくしの大切な人です。わたくし、大切な人を身分だけで侮辱され、危害を加えられるのは好きじゃありませんの。・・・ゆめゆめお忘れなきよう」


『次、シアナさんに何かしたら許さないからな』という副音声が聞こえた気がした。

 ティアちゃんは平民といえども侯爵令息を婚約者に持ち、国王陛下の覚えめでたき実力の持ち主。いくら男爵家といっても太刀打ち出来ないのかもしれない。


 ティアちゃんの迫力にウェルダム男爵令息は小さく息を呑むと、頭を下げて去って行った。


 ちなみにカイン様は・・・


「ティア、かっこいい・・・!」


 ウェルダム男爵令息を脅すティアちゃんを見ながらうっとりとしていた。ニックさんが『カインはティア至上主義』と言っていたけれど、本当にその通りだと思った。カイン様とティアちゃんはお互い愛し合っていて安泰そうだ。



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