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学園祭(3年生)2:シャルロッテ視点

学園祭1日目終了後くらいのシャルロッテとノアの話です。

 

「あぁああぁぁ、なんて素敵なんだっ」


 目の前でいきなり悦に入ったように自分自身の身体を抱きしめ始める男には不快感しかない。


「ノア、気持ち悪いわ」

「貴女にこの快感がわからないとは、勿体ない。今日は彼女とボクが会話した記念すべき日なのですっ!あの鈴が鳴るかのような可愛らしいお声で彼女に名前まで呼んでもらえるなんて、予想外すぎて震えてしまいました」


 思い出したのか、恍惚とした表情でゾクゾクと身震いするノア。そんなノアにドン引きしたあたくしは一歩下がって距離を置く。


 ・・・気持ち悪い。


 この気持ち悪い性格の亜麻色の髪をした細目の男、ノア・クラシスはあたくし、シャルロッテ・ネルラントの協力者。


 ノアから声をかけられて始まったこの協力関係の目的は、あのティアとかいう平民の女を孤立させる事。


 ノアはあの女が好きらしい。いつも『美しい』とか『女神のようだ』とか言っている。あたくしは、正直あんな地味な女のどこがいいのか全くわからないけれど、ノアの顔はあたくしタイプじゃないからあの女にあげてもいいわ。

 その代わり、あの女の周りの男性はあたくしがもらうの。

 ノアはあの女を手に入れたい。あたくしはあの女の周りの男を手に入れたい。利害の一致ってやつね。


 あたくしは美しい物が好き。美しいあたくしも好きだし、美しい宝石、ドレス、それから美しい男性、みんな好き。


 多くの美しい男性を侍らせるのがあたくしの生き甲斐。だけど、あたくしの祖国ネルラント王国は一夫多妻制で、女性が多くの男性を侍らせるのを良しとしない。一夫多妻制の国があるなら一妻多夫制の国があってもいいと思うのよね。その点このサクレスタ王国は珍しい一夫一妻制。この国でならあたくしの理想を実現出来るかもしれない、そう思ったの。


 そうして、やっとの思いで手に入れたサクレスタ王国、ニコラス王太子の婚約者候補という立場。


 ニコラス王太子はちょっと頼りないけれど、それはそれは美しい男性で、美しいあたくしの伴侶に相応しいと思ったわ。

 そして、新入生歓迎パーティーで紹介されたリオレナール王国のツバキ王子、宰相の息子のカイン様、生徒会長のレイビス様に騎士団長息子のアーサー様、皆美しい容姿をしていてあたくしの周りを取り囲むに相応しい男たち。

 すぐにあたくしの虜にしてあげようと思っていたのに、いつも視界に入り邪魔をする平民の女がいたの。


 その女は平民のくせに貴族や王族と親しく話し、常に周りに男を侍らせていたの。

 おかしいでしょう。平民は地面に這いつくばって惨めな顔をしているのが似合いだというのに。


 特にカイン様よ。何故かあの平民の女と婚約をしていて、美しいあたくしの手を振り払い、まるで汚い物に触れたかのようにハンカチで拭われるなんて屈辱、生まれて初めて受けたわ。そのくせ平民の女にはベタベタと触れる。


 有り得ないと思ったわ。あんなに地味で色気も身分も無い女にこのあたくしが負けるなんてあってはならない。カイン様にも他の方にも気づかせてあげないと。あたくしの方がどれ程魅力的で素敵な女なのかを。



 そんな折に協力を申し出て来たのがこのノア・クラシス。こんなのだけれど、意外にもノアは優秀で、頭のいい男だったの。


 上手く周りを使ってあの女に嫌がらせを行う事も教えてくれたし、協力してくれた。王太子の婚約者候補であるあたくしに嫌われている平民なんてすぐに他の貴族からも排除されるものね。

 そしてあの女がいると周りに迷惑なのだと気づかせる為に魔獣を使ったりもした。証拠も消してくれたし、本当にあの女が危険に陥ったらノアが上手く助けに入って、ノアの印象を上げさせる予定だった。


 孤独になったところで、ノアはあの女を救い出して結ばれる。

 あたくしは邪魔者を排除して美しい者に囲まれる。

 彼の言う通りにすれば全てが上手くいく、そんな気さえしていたわ。



 ・・・夏季休暇が明けるまでは。




「そんな事はどうでもいいわ。それよりも、どうするのよ!妙な噂のせいであたくしはすっかり孤立してしまったわ!動きにくいのよ!」


 夏季休暇中にサクレスタ王国に流れたあたくしの醜聞は事実と異なる部分もあれど、あたくしの立場を揺るがすには十分だった。


 あたくしに取り巻いていた男達はいなくなり、身分に寄ってきていた女達も態度を一変させた。今まではあたくしが直接手を下さなくても平民の女に嫌がらせが出来たのに、それが出来なくなった。カイン様達にも侮蔑の目を向けられた。これではあたくしの虜にするどころではない。


「うるさいですよ。そもそも貴女がカイン様を籠絡していれば、もっと早くにボクもティア先輩の視界に入る事が出来たのですよ。噂はほとんど事実なんですから、それくらい自分でなんとかしてください」


 先程までの高揚した態度を収め、冷たくピシャリと跳ね除けるノアの言葉に怒りが湧いてくる。


「何よ!じゃあノアはこれからどうするのよ!カイン様に振られて傷心の平民を慰めて自分のものにするのではなかったかしら?カイン様はあの平民から離れる気はなさそうよ」

「カイン様に振られて傷心のティア先輩を慰めてボク無しでは生きていけないようにする、ですよ。そこ、大切ですから間違えないでくださいね」

「どうでもいいわよ」


 ノアはあの女を自分無しでは生きていけないようにする為に、好きな女性をわざと傷つけるのだそうだ。傷つけ、ボロボロになった所で救いの手を差し伸べ、自分に依存させる。そんな共依存がノアの理想なのだという。

 まともに話したのも今日が初めてだと言うのに、随分と歪んだ愛ね。


「ボクの方は少し方向転換いたします。今まではティア先輩に積極的に関わるとカイン様に目を付けられてしまうので、先に二人を離れさせようと思っていました。しかしそれでは埒が明かないので、先にティア先輩に近づきます。もうすぐティア先輩の助手を務めているツバキ王子の留学期間が終わりますので、学部別授業では近づきやすいでしょう。・・・せっかくマグオウルを使ってツバキ王子を退けたのに、学園祭の助手は断られてしまいましたが、もうすぐいなくなるのは変わりませんからね。貴女は変わらず嫌がらせを。僕がフォローしましょう」

「わかったわ」

「それから、ニコラス殿下を利用しましょうか。貴女がニコラス殿下と仲睦まじい姿を見せれば、噂はただの噂として自然と収束していくかと。皆、王太子の婚約者には取り入りたいですからね」

「あら、『自分でなんとかしろ』と言う割には考えてくれるのね」


 意外と優しいものだと感心していると、ノアは肩をすくめた。


「利用出来るものは利用した方がいいですからね。僕らは利害の一致したパートナーなのですから」

「そう」


 相変わらずスパッと言い切るものね。こんなに愛らしいあたくし相手に『利用』するだけなんて。


「ああ、それから、明日のガーデンパーティーにティア先輩の御家族が参加されるようですよ」

「ふぅん。平民の家族が、ね」


 平民のくせに貴族の集まりに参加するなんて、なんて図々しいのかしら。ニコニコしたノアの笑顔にあたくしのやるべき事を汲み取り、あたくしもニッコリ微笑み返す。


「明日が楽しみね」

「ええ、そうですね」




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