魔獣脱走事件2:カイン視点
「アーサー、お疲れ」
「おう、カイン。ティアは大丈夫そうか?」
「うん。おそらく明日には熱も下がるんじゃないかな?」
学園に戻った僕は、騎士学部でアーサーと落ち合った。魔獣、マグオウルが脱走した件について状況を聞く。
明日搬入予定の魔獣が手違いで今日搬入され、学園側がバタついている時に起こった魔獣脱走事件。生徒三名が魔獣と相見えたが、隣国の王子が熱を出しただけで怪我人もなく、魔獣は檻に入れられた。
この件は学園側が対処して、もう終息したらしい。どうやら、檻の鍵が弱くなっていたらしく、力の強いマグオウルが自分でこじ開け脱走した事故として処理されたそうだ。
「事故ねぇ・・・」
「まあ、明日に学園祭を控えた学園側としてはそう処理したいのもわかるけどな」
外部から大勢の人がやって来る学園祭が始まる前に騒動を終わらせたかったのだろう。
誰かが故意にマグオウルを放った形跡も無かったらしく、今回の件はそれで終わりそうだ。
ただ、僕としては学園内に入るまでは大人しくしていたマグオウルがいきなり鍵を壊して脱走したというのもおかしな話だと思うし、あの巨体で随分と離れた場所まで誰にも見つからずに移動している事も不思議だ。誰かが鍵を開け、誰にも見つからないような魔術具を使ってマグオウルを運んだのではないか。そう思えてならない。
「まあ、さすがにマグオウルVS生徒のデモンストレーションは中止になったけどな」
「それはそうだろうね」
「・・・ちなみに、現場にこんなの落ちてたんだが、どう思う?」
アーサーはパシッと赤い物体を投げて寄こした。
「なに?・・・コージの実?」
3センチくらいの赤い球体はコージの実で、この時期は森などの木によくなっている木の実だ。
マグオウルは雑食だが、主に木の実を好む。甘い匂いを放つコージの実はマグオウルの好物だ。
・・・学園内にコージの木なんて無いはずだが。
「どこにあったか案内してもらっていい?」
「ああ」
アーサーが案内してくれた場所は、僕達が駆けつけた時にティア達がいた場所より手前。・・・ティアがここに駆けつけた時にいた場所くらいかな。
「・・・アーサーはここにいて」
「ん?おう」
そこにアーサーを残して僕は校舎に入ると屋上に出た。
ヒュウっと秋の冷たい風が髪を揺らす。柵越しに下を見ると、アーサーのいる場所がよく見えた。
・・・ここにもあった。コージの実。
僕の中で、今回の件は人為的に行われたものだというのが確信に変わった。
しかし、証拠が何も無い。あの時は学園祭前でバタついていたし、野次馬も多かったし、目撃した人もいないのだろう。
この証拠が全く出ない感じが『彼』のやり方っぽいなぁ・・・
拳をぎゅっと握りしめると、カタンと屋上のドアが開いた。一瞬、アーサーが来たのかと思ったけれど、アーサーは眼下に見えていた。
「あれ?カイン?」
「ニコラス殿下」
予想外の人物に驚いたが、彼は意外と責任感が強いから、事件現場を自分の目で見てまわっているのかもしれないと思った。
「カインも来ていたのですね。・・・ここなら昼間の事件現場がよく見えると思いまして」
「そうですね。・・・では、僕はこれで」
アーサーの元へ戻ろうと殿下とすれ違うと、殿下に呼び止められた。
「あっ、待ってください!」
「・・・なんでしょう?」
「えっと・・・」
呼び止めた割に、もごもごと話を始めない殿下。
・・・苦手意識持たれているなとは思うけれど、別にどうでもいいかとも思う。
「あ、あの!カインは今日のマグオウルの脱走は人為的に引き起こされたものだと考えているのですか?」
「・・・マグオウルの件は事故として処理されましたよ」
僕が今調べている事は意味の無い事だ。学園側も終わらせた事を蒸し返して欲しくはないだろうし、きっと犯人に繋がる物も出てこない。
僕の気がおさまらないから調べている。それだけだ。そう、思ったが故の返事だったのだが・・・
「それは、わかっています。・・・僕は、カインの意見を聞いています」
ピリッと空気が震えた気がした。殿下の金色の目が真っ直ぐ僕を見すえる。
少し、驚いた。
気弱な棚ぼた王太子。それが僕のニコラス殿下の評価だ。オドオドと他人の顔色をうかがい、害にはならないが利にもならない人物。
ティアはよく殿下を小動物のようだと言うけれど、今の殿下は小動物でも棚ぼた王太子でもないように見えた。
「失礼いたしました。・・・僕は今回の件は人為的に引き起こされたものだと思っております。ただ、人物を特定する証拠は出てきておりませんが」
僕がそこで拾ったコージの実を見せると、殿下は神妙な顔をした。
「・・・マグオウルを誘導した者がいるかもしれないのですね」
これだけで僕の言いたい事をわかってくれたらしい。殿下の評価を修正しなければならないかもしれない。
「わかりました。聞かせてくれて、ありがとうございます」
そう言って殿下は先程僕がいた柵に向かって行った。その姿は、国の問題を解決せんとする高尚な王族に見えた。
「あ、アーサー!」と嬉しそうに手を振る姿はいつもの殿下だと思ったが。