ドレスと学園再開
「こちらで少々お待ちください。今、布を持ってまいりますわね」
アリアが嬉しそうに部屋を出ていく。
今日はカインと二人でフラゾール裁縫店にやって来た。
ファロム領でカインがドレスを贈る約束をしてくれたので、アリアに正式に注文をする。
「カイン、本当によかったの?ドレス贈ってもらっちゃって」
「うん、いいんだよ。ティアに似合う素敵なドレスを作ってもらおうね」
ファロム領ではしぶしぶ贈る事になったように見えたけれど、今日のカインはノリノリだ。
ドレスの型のサンプルを見ながら「ティアは可愛いからどれも似合いそうだなー」とかニコニコしながら呟いている。
「お待たせいたしました」
そう言ってアリアは大量の布を大きな箱にいっぱい持ってきた。よいしょ、と箱を降ろし、次々と布を出していく。
「わたくしが個人的にティアちゃんに似合うと思って集めた生地たちですわ!欲を言うなら全ての生地でドレスを作っていただきたいですが、今回は一つで我慢いたします。さぁ!どれになさいますか?」
・・・全ての生地で?色んな生地を縫い合わせて作るパッチワークみたいな感じかな?どの生地もいい物そうだし、色んな色があるので派手なパッチワークになりそうだけど。
「わかるよアリア。僕も全ての生地でドレスを作って欲しいけれど、今回は一つで我慢してくれ」
「ええ。次回を楽しみにしております」
「任せて」
アリアとカインが何かわかり合っている。
・・・カインもパッチワークドレス希望なのかな?でも新品の生地をわざわざ細かく切って縫い合わせるとか手間だし勿体ないよね?私は普通の一つの生地から作るドレスがいいな。
カインとアリアから「どれにする?」という期待の眼差しを向けられて、私は生地を見ていく。
細かな刺繍が施されたものや、サクレンを使った艶やかな生地、色も明るいパステルカラーのような色からシックなダークグレーまで様々だ。
「どれも素敵だね・・・あ、これ!これがいい!カイン、これにしてもいい?」
そんな中、一つの生地が私の目にとまった。一目見て気に入ったその生地を指差すと、カインには首を傾げられた。
「これ・・・?いいの?もっと可愛い物もあるよ?」
「まあ。いいじゃないですか。ティアちゃんに似合う素敵なドレスになると思いますわ」
うふふ、と笑ったアリアが「では次にデザインなのですが・・・」と話を進める。
「あ、アリア。僕のも一緒に作ってよ。色は黒ね」
「あら。デザインは揃えるように、という事ですか?」
「当然」
アリアの話が進んでいく中で、私は選んだ生地を見て目を細める。
この生地で出来たドレスを着るのが今から楽しみだ。
学園生活最後の夏季休暇が明け、今日から新学期だ。
「カイン様、アーサー様、ティア様。お久しぶりです!」
学園に行くと、目をキラキラと輝かせたセディル公爵令息、キリアが待ち構えていた。
「キリア、久しぶりだね。どうしたの?」
カインが声をかけるとキリアは嬉しそうに話し出す。
「あの、冬の予定なのでまだ先なのですが、セディル公爵家で夜会を催す予定があるのです。是非、皆様に来ていただきたいと思いまして、招待させていただいてもよろしいでしょうか」
「夜会・・・?」
「あ、でも、夜会と言っても小さなもので、ルピアの生誕祭なのです。身内と親しい者のみを招待する予定です。その、ルピアもティア様とまたお話したいと言っておりまして・・・」
ルピアの誕生日パーティーか。『身内と親しい者』といっても公爵家の誕生日パーティーだ。きっと私の想像以上に盛大なのだろうな。ルピアが私と話したいと言ってくれるのは嬉しいけれど、そんな所に私が行ってもいいのだろうか。
「カイン、どうする?」
こういう事は私一人で決められない。夜会と言うことはエスコート相手も必要なのだろうし、カインの判断をあおぐ。
「んー。どうしようかな」
「あの、俺もカイン様やアーサー様ともっとお話して仲良くしたいです」
狩猟大会が終わってしまって、少し距離があいたのが寂しかったのだと言う。キリアは本当にカインとアーサーが大好きなのだな。
「じゃあ、受けさせてもらおうかな。アーサーも良い?」
「俺はカインが良いなら良いぞ。こういう事を考えるのはカインに任せる」
・・・こういう事?
「本当ですか!では、後日正式な招待状を送らせていただきます」
「うん、楽しみにしてるよ」
キリアが嬉しそうに去っていくと、私はカインの袖を引く。
「カイン、『こういう事』って?ただルピア様の生誕祭に招待されただけだよね?」
カインはアーサーと顔を見合わせ、「ティアにはまだ難しかったかな」と言って説明してくれる。
「今、ニコラス殿下には婚約者候補が二人いるでしょう?昨年まで第一王子派と第二王子派がいたように、シャルロッテ王女とルピア様、それぞれに派閥が出来ているんだよ。僕やアーサーはどちらにも属さず傍観しているだけだけど、ルピア様の生誕祭に行けば僕らがどう思っていようが周りはルピア様の派閥だと見なすだろうね」
「なるほど」
ルピア様の派閥だと思われればシャルロッテ王女の派閥とは敵対してしまうのか。
「でもね、今は・・・」
「カイン様!」
ドンッ
「いたっ」
「おっと」
カインが説明をしてくれていたのだが、シャルロッテがドン!と私を押し退けてカインとの間に入ってきた。私はその勢いでよろけたが、アーサーが支えてくれた。
シャルロッテは、頬を染めて嬉しそうにカインを見上げる。
「お久しぶりでございます。夏季休暇中ずっとカイン様とお会いすることが出来なくて寂しく思っておりましたの。やっとお会いできて嬉しいですわ」
シャルロッテの表情がとろりとして嬉しそうなのに対して、カインはシャルロッテが来てからストンと無表情になった。
「・・・」
そして無言のままのカインはシャルロッテの横を通りすぎると、私に心配そうな眼差しを向ける。
「ティア、大丈夫だった?」
「うん。アーサーが支えてくれたから。ありがとう、アーサー」
「おう、どういたしまして」
私にはいつもの慈しむような視線を向けてくれるカイン。その切り替わりがすごいなーとも思うが、嬉しくも思う。
「行こうか、ティア、アーサー」
「ちょっ、待ってくださいませ、カイン様っ」
シャルロッテを無視して行こうとするカインに彼女は慌てたのか、ムギュとカインの腕を取って抱き込んだ。
・・・あ、私がファロム領でカインにやったやつだ。
あの時のカインは、顔を真っ赤にしてフリーズし、正気に戻ったらしばらくうずくまるという可愛い反応を見せてくれたのだが・・・
「・・・」
カインは眉間に皺を寄せた、かなり嫌そうな表情だ。
・・・ちょっと黒オーラが出てない?怖いよ?
シャルロッテはそんなカインに気づかないのか、気にしないのか、そのまま続ける。
「カイン様、そんな平民よりもあたくしと――――」
「――――離していただけませんか。人に怪我をさせる所だったのに謝罪も出来ない方と話す事などありません」
――――ゾワッ
どうやらカインは私が突き飛ばされた事を怒ってくれているらしいが、底冷えした声に鳥肌が立つ。まだ暑い季節だというのにここだけ冬が来たように寒気がする。
私でこれなのだから、直接言われているシャルロッテはもっと恐怖を感じているのだろう。
「・・・っ」
サァーと顔色を悪くしたシャルロッテがそっとカインの腕を離した。
「・・・ニコラス殿下の婚約者候補として来ているのにそのような振る舞いだから、あのような品の無い噂が立つのですよ」
カインは離された腕の汚れを落とすようにパンパンと服を払いながら冷たい声で言い放つ。
「っ、あたくしは・・・」
「ティア、アーサー、お待たせ。行こう」
カインが歩き始めたので、私とアーサーもついて行く。
後ろを振り向くと、シャルロッテが俯いてスカートをギュッと握りしめていた。