学園祭準備
「ティア、お前は俺とずっと一緒にいてくれるよな?」
「何言ってんの、お兄ちゃん」
喫茶店の休憩室でシアナと話していると、顔を青くした兄が入ってきてそんな事を言い出した。
「父さんと母さんが酷いんだ。俺はもう、お前しか頼れるやつがいないんだ」
「いや、意味わかんないから」
いきなりどうしたのだ。兄の交際相手のシアナもこの場にいるのに、兄がとんでもないシスコン発言を始めたのだが。
「いや、今年の魔術学園の学園祭なんだけどさ・・・」
兄が言うには、
魔術学園の学園祭2日目の保護者参加のガーデンパーティー、私は毎年両親が貴族の中に行くのを嫌がるので一人で参加している。
他の生徒はほとんど保護者も参加するので、兄が父と母に言ったそうだ。
「ティアはいつも一人で貴族の中で頑張っているんだから、父さんと母さんもそろそろ逃げずに向き合っておいたほうがいいだろ?今年はティアも最終学年なんだし参加したらどうだ?」
兄なりに私を思っての発言だったのだが、父は深く頷きこう言った。
「じゃあ、父さんと母さんはティアの卒業式に参加するから、学園祭はニックが行ってくれ。任せた!」
「あー、父さんなら言いそうだね」
「酷いだろ?!すげーいい笑顔だったぞ!俺だって一人で貴族ばかりの学園祭に行くの嫌だし!せめて誰かと一緒にいたい・・・という訳でティア、学園祭では俺から離れないでくれ」
兄が必死に嘆願してくる。こんなに顔色を悪くする兄も珍しいな。やっぱり平民が一人で貴族の中に行くのは嫌だよね。
「学園祭、別に来なくてもいいよ?今年もカインが一緒にいてくれると思うし」
昨年も一昨年もそうだったのだ。そんなに無理してまで来てくれなくてもいいのだが。
「いや、そういう訳にはいかない。・・・そのうち俺たち家族も貴族と関わる事になるんだ。それに、学園祭にはカインの両親は毎年参加しているんだろ?うちが全く参加していないのは良くないと思う」
私がカインと結婚すれば、家同士の付き合いも出てくるので貴族と深く関わる事になるし、そのうちご挨拶はしなくてはならないだろう。
学園の行事に家族がまったく出てきていないのは心象が良くないかもしれない。
「確かにそうだけど・・・」
その通りなんだけど、私とカインは昨年の学園祭ではいろんな貴族に囲まれてほとんど身動き取れなかったし、今年もそうならないとは限らないので、兄とずっと一緒にいるというのは難しいかもしれないのだ。
「では、わたしが一緒に行こうか?」
私と兄のやりとりを見ていたシアナが控えめに声をあげる。
「シアナさん?!」
「わたしは魔術学園に通っていた時に学園祭に参加していたし、一応貴族の中にも慣れてはいる。 ニックさん達が嫌でなければ共に参加しようか?」
「本当ですか、シアナさん!」
兄はパッと表情を明るくする。
「・・・大丈夫なんですか?」
シアナは魔術学園にあまりいい思い出が無いと言っていた。学園祭に行くと嫌な事を思い出してしまうのではないかと思うのだが・・・。
「大丈夫だ。ニックさんの貴族の中で一人でいたくないという気持ちはよくわかる。それに、わたしもいつまでも貴族から逃げている訳にもいかないからね」
無理しているのかもしれないけれど、ニッコリと笑ってくれたので、シアナにお願いすることにした。
「じゃあ、今年はお兄ちゃんとシアナさんに学園祭の招待状を送りますね」
翌日、私は学園祭準備の為に魔術学園の自分の研究室にやって来た。今回の学園祭は私にとって最後の学園祭で、準備する事が多い。
学部別発表の新作魔術具発表会はデジカメとビデオカメラ、スマホの形の魔力電話を発表する予定だ。
デジカメとビデオカメラに関してはケータイを作る時に大体の術式は出来上がっているが、使用する魔力量や機能性を考えて、更に詰める必要があるだろう。
「ティアさぁ、カイン何かあったのか?」
「え?何もないけど?」
今研究室には私とツバキの二人だけだ。
まだ夏季休暇は明けていないので、ツバキは来なくてもいいと言ったんだけど「魔力を使い過ぎないか心配だから」と研究を手伝ってくれているのだ。
チョコレート専門店に行ったあの日から、ツバキも何回も謝ってくれて、私も過剰に反応しすぎたと反省し、私とツバキはいつも通りの関係を取り戻している。ただ一つ違うのは、ツバキが私に全く触れてこなくなった事だろうか。
相変わらず甘い言葉をかけてきたりはするのだが、その際に触れられる事は全く無くなった。
「本当か?」
「え?うん。なんか変?」
今日はカインも文官学部の発表の準備で学園に来ている。朝一緒に来て、私を研究室まで送ってくれた時にツバキと会ったけれど、何かおかしな所があっただろうか。
「んー?ティアにだけすげぇ優しい目をするのはいつもの事なんだけど、なんか余裕がある?っていうか・・・俺に嫌味を言ってこなかったからさ」
「そうだっけ?・・・そんな事もあるんじゃない?」
カインも学園祭での自分の発表を纏めなくてはならないし、毎回ツバキに突っかかるのも疲れたんじゃないかな?
「いや、絶対おかしいって!カインの事だから『夏季休暇中までティアの助手に来るなんてリオレナール王国の王族は意外と暇なのですね』とか『ティアには僕がついていますので帰って頂いてもよろしいのですよ。そのまま国へ』とか言ってくると思ってたのに!」
「カインそんな事言うかな?」
ツバキのカインの声真似、上手いなー。
「言うよ!ティアはカインの何を見てんだ!」
「優しいとこ?」
「うあー、そうだよな・・・ティアはカインの優しいとこばかり見てるもんなー」
何故かツバキが項垂れる。
だって、カインは本当に優しい人だと思うのだ。
ファロム領で私がホラーの観劇を思い出して眠れなくなってカインの部屋を訪ねた時も、優しく招き入れてくれたし、はしたないって思われるか不安だったけど、一緒のベッドで手を繋いで寝てくれた。
カインは本当に紳士で、むしろもう少し触れてくれてもいいのに、と思ったくらいだ。まぁ、カインの布団でカインの手を握ったら安心しちゃって、すぐに眠っちゃってたんだけどね。
ツバキが顔を上げ、真剣な表情で見てくる。
「いいか、ティア。カインは陰険で粘着質で冷酷で束縛の激しい男だぞ?覚えとけよ」
「皆、結構カインの評価酷いよね」
「お前の評価が甘いんだよ!」
えー?そんな事ないと思うけどな。
ツバキとカインは対立してしまう事が多いからそう感じるだけだろうと思う。
「そういえば、ツバキは夏季休暇中リオレナール王国に帰省したんだよね?」
「ん?ああ、今まで一度も帰っていなかったしな。現状報告も含めて一旦帰ったぞ」
「・・・私の選択肢の件はどうなった?」
ツバキの留学初日に突きつけられたリオレナール王国の選択肢。
カインと結婚するか、ニコラスと結婚するか、ツバキと結婚するか。私がカインを選んで、カインが相応しくないと判断されれば強制的にリオレナール王国に連れ帰ると言われたのだ。
祖母や陛下がそんな事はさせないようにしてくれるって言ってくれたけれど、実際どうなのかツバキに尋ねる。
「ああ、サクラ様からどデカい釘を刺されたみたいでな。国王陛下である父やサクラ様に憧れる兄弟達は意気消沈していたぞ。リオレナール王国はティアの意志を無視しすぎたよな、ごめんな。無理矢理連れ帰ったり、リオレナール王国の都合で結婚相手を選んだりはしないから安心してくれ」
「そっか、よかった」
ツバキの回答にひとまずホッと息を吐く。これでリオレナール王国関連の問題はツバキの告白だけになった。
「ね、ツバキ」
「なぁ、ティア」
私とツバキが同時に声をかけ、顔を見合わせ、二人でクスクスと笑う。
「ツバキからでいいよ」
「おう。・・・告白の返事、なんだけど。学園祭が終わったらもらえるか?それまではこのまま・・・今は学園祭準備に集中しようぜ」
「・・・うん。私もそれ、言おうと思ってたんだ」
もうすぐツバキの留学期間が終わる。それまでに、この関係を精算しなくてはならないだろう。
学園祭が終わったら、キッチリとケジメを付けよう。
そう決意して、私は学園祭の準備に取り掛かった。