夏季休暇の過ごし方
ティア視点→カイン視点になります。
ファロム領の旅行から戻った私は、さっそく家の喫茶店の手伝いに駆り出された。
今日からはなんと、兄の交際相手であるシアナがアルバイトとして喫茶店で働く。そして、私は最初の1週間だけシアナの教育係に任命されたのだ。
「おはよう、ティアちゃん」
「おはようございます、シアナさん。今日からよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしく」
シアナは私に対しても砕けた口調で話してくれるようになって、ボーイッシュ系のシアナは少し男性的な口調でとても似合っていてかっこいいと思う。
ちなみに喫茶店の制服も、スカートとスラックスと選べるのだが、シアナはスラックスを選択している。かっこいい。
「じゃあ、まずはうちの喫茶店の案内からしていきますね」
「お願いします」
私が誰かの教育係に任命されたのは初めてで、気合いを入れてシアナに説明をしていく。
「――――という感じです。慣れればスムーズに出来るようになりますよ」
「う、うん」
「あ、お客様が来られたみたいです。いってみましょう、シアナさん」
「え、はい!・・・いらっしゃいま――――わぁっ!」
すってーん
こ、転けたー?!
ひと通り流れを説明したので、いざ実践!と思ったら、緊張して足がもつれたのかいきなり転けた。
そういえば、初めて会った時もシアナが転けた時だったが、もしかするとシアナはドジっ子属性なのかもしれない。
・・・とか、冷静に分析している場合じゃない。
私はお客様に頭を下げて、恥ずかしそうに俯くシアナに手を差し出して、気にしなくて大丈夫ですよーと励ました。
その後もシアナはたまにドジを発揮してくれたりはあったが、兄の言っていた通り、やる気に満ちていて向上心があると思った。
昼食を摂るために休憩室に入り、シアナと話をする。
「シアナさんは姿勢も綺麗だし、言葉遣いも何とかなりそうだし、貴族への礼儀作法を覚えれば貴族対応も問題なさそうですね!」
「そうかな・・・。貴族対応はまだ自信が無いな・・・」
「最初は私か従業員の誰かが補佐するので大丈夫ですよ」
シアナの家は建築業を営む家で、貴族と関わる事はほとんど無いはずだが、それなりには礼儀作法もできている。私が祖母に礼儀作法を習い始めた頃とは大違いだ。・・・ちょっとドジな所を除けばかなり優秀だと思う。
「わたしはティアちゃんの立ち居振る舞いの丁寧さに驚いた。まるでどこかの貴族のご令嬢みたいだ」
「幼い頃からおばあちゃんに鍛えられたので。おばあちゃん、普段は優しいのに礼儀作法に関してはとても厳しいんです」
今思うと、魔術学園という貴族の中に行く私の為に特別厳しくしてくれていたのだろうが、前世の記憶を思い出す前は特にめげそうになった事もある。今は厳しく指導してくれて感謝しているが。
肩を竦めると、シアナはハハっと苦笑した。
「それは大変だ。・・・そういえば、ティアちゃんがわたしの教育係は1週間だけなのはどうして?」
「ああ、私は今夏季休暇中なんですけど、来週からは学園祭の準備があって、研究室に通い詰める予定なんです」
夏季休暇が明けるのはもう少し先だけど、今年は3年生なので学園祭では自分の魔術具発表を行う予定だ。夏季休暇中から準備を進めなくてはならない。
「夏季休暇?学園祭?・・・ティアちゃんは学院生なのか?」
学院生とは、王立サクレスタ学院に通う学生の事で、サクレスタ学院は医者を目指す者や学者になりたい者等、学について極める所で、貴族も平民も通えるのが学院である。ただし、魔力の多いものが強制的に通わされる魔術学園とは違い、授業料が物凄く高い。
「いいえ。私は魔力が多いので魔術学園に通っています。今3年生なので、今年の学園祭には気合いが入っているんですよ」
ぐっと握りこぶしを作ると、シアナは目を見開いた。
「魔術学園・・・?!その・・・大変だね。魔術学園は周りは貴族ばかりだろう?」
「そうですね。平民は私一人です。心無い言葉を言われる事もありましたけれど、でも仲良くしてくれる人もいるので、学園生活は楽しいですよ」
そう言うとシアナはすごくホッとしたような顔をした。
「そうか。それはよかった。・・・実はわたしも、昔魔術学園に通っていてね、あまりいい思い出が無いものだから、心配してしまった」
「そうなのですか?!」
シアナさんが魔術学園に?!
驚いた。平民で魔術学園に通っていた人に初めて会った。
シアナは私の兄の2つ歳上だ。私とは4つ違うので学園では被らないし、まったく知らなかった。
「あ、だからシアナさんは姿勢も綺麗だし、所作も丁寧さがあるんですね」
魔術学園では社交術として礼儀作法の授業があるし、周りが所作の美しい貴族ばかりなので影響を受ける事もあったのだろう。
「え・・・。あ、そっか。今に繋がっているものもあるのか・・・」
「・・・?あ、そろそろ休憩時間終わりますね。戻りましょう、シアナさん」
「うん、よろしくお願いします、先輩」
「はいっ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ファロム領から帰ってきた僕は、使用人と一緒に貴族街の一角にやって来た。
まだ夏の日差しが強く、空を見上げて目を細める。
・・・ティアは僕を太陽に例えてくれたけれど、僕はそんな綺麗な人間じゃないんだ。
ティアを僕のものにする為ならばなんだってする。冷酷無慈悲と言われようが、国王や王太子に目を付けられようが構わない。
ティアの笑顔を守る為ならば、他国の王女も自国の貴族も排除してみせよう。
何を犠牲にしてでも、何を壊してでも僕はティアが欲しいんだ。
こんな黒い気持ちを持った僕は太陽とは似ても似つかないんじゃないかと思うけれど、ティアは「そんな事ない」って言うんだろうな。
彼女は僕に特別甘いから。
そんな『特別』がこの上なく嬉しいのだけれど。
「カイン様?」
・・・ティアの事を考えて顔が緩んでいただろうか、使用人が不思議そうに見つめてきた。
「なんでもないよ。・・・親方を呼ぶように伝えてくれる?」
「かしこまりました」
今日、僕は来年ティアと住むことになる建築中の邸宅に視察来たのだ。
建築途中と言っても、外装は出来上がっており、今から内装に取り掛かるところらしい。
日陰で待っていると、僕の使用人とガタイのいいおじさんがこちらにやって来た。
彼がこの館の建設を請け負っている親方さんかな。
話は逸れるけれど、建築業で働いている人はガタイのいい、筋肉多めの人が多いな。僕はどうも筋肉が付きにくい体質らしく、僕もそれなりに鍛えているのに、力でアーサーには敵わない。別に筋骨隆々になりたい訳じゃないけれど、ティアを守れるくらいには筋肉も付けたいのだが。
「は、初めまして、オレは親方やっ――――どわぁ!」
ずべしゃー
僕が細めの自分の腕を見下ろして少し悲しい気持ちになっていると、目の前でガタイのいい大男が転んだ。
「・・・大丈夫ですか?」
目の前で大の男が転ぶというのはなかなか迫力があるな。
僕の使用人が手を差し出しすが、親方さんは真っ赤な顔を上げたと思ったら、顔を青くしてひれ伏した。
「も、申し訳ありませんでしたっ」
なんか謝られた。
「えっと?」
「みっともない所を見せてしまいましたっ!オレはどうなっても構いませんが、息子達はどうか見逃してやってください!」
いや、目の前で転んだだけで処罰しないけど?
何だと思われてんの僕。というか、この人が今まで関わってきた貴族にそんなのがいたのかな。
「いや、構わない。それより怪我をしているようだ。先に手当をしてくればいいよ」
派手に転んだので、肘に擦り傷が出来て血が滲んでいる。
「そんなわけにはっ」と遠慮しようとする親方さんだが、僕は使用人に視線を送り、使用人が「はい、行きますよー」と親方さんを引きずって行った。
・・・驚かせてしまったかもしれない。
普通、貴族はこんな現場に来ない。指示があれば使用人に伝えてもらうだけだから。
・・・でも僕は、ティアと一緒に住むこの家をちゃんと見ておきたかったんだ。ティアが住みやすいって思える家にしてもらわないといけない。
それに――――
親方さんの息子なのだろう、使用人に連れられていく親方さんを心配そうに見ている二人の男性。・・・僕と目が合うと思いっきり逸らされた。
――――根回しは大切だからね。