ファロム領へ10:カイン視点
朝食の席では、既にティアが僕の部屋で眠った事が知れ渡っていた。
当然といえば当然なんだけど、ティアにも女性の使用人を付けていたから、彼女が朝ティアの部屋に行くと、部屋の主がいない事に気づき大慌てしたらしい。
それで兄様に報告が行き、使用人が僕を起こしに来た所でティアが発見された訳なのだが・・・
「僕は何もしていないからねっ!」
朝食の席で兄様をはじめ、アーサー、テオ、アリア、ミーナ様にまで生温かい目で見られた僕は、耐えきれなくて言い放つ。
「本当かい?指一本触れていないと誓えるかい?」
ニマニマとした表情の兄様に聞かれ、狼狽えてしまう。
「指一本触れてない事はないんだけど・・・」
「有罪」
「酷い!」
クスクスと笑いだした兄様をティアが咎めてくれる。
「シヴァンさん、カインは本当に何もしていませんよ。私が手を繋いで欲しいって言ったから繋いでくれただけですよ。カインは紳士なのですから。ね、カイン?」
ティアの助け舟にコクコクと頷く。
まぁ、実際はティアを抱きしめたり、起こす時にはいろんな所にキスをしたりしたのだが、ティアが何もしていないと思ってくれているのなら、それで良い。
そんな僕の邪な心を見透かしたのか、兄様には訝しげな視線を向けられた。
「有罪」
「酷いっ」
項垂れる僕を楽しそうに一瞥し、兄様はティアに声をかける。
「でも、ティアからカインの部屋に行くとは思わなかった。ティア、婚約者だからとあまり男を信用し過ぎてはいけないよ?」
食べられても文句は言えないよ?と兄様が言うと、ティアは「う・・・」と頬を赤くして言葉を詰まらせた。
どうやら、ちゃんと意味はわかっているようだ。
「だって、アリアちゃんとミーナはもう寝ちゃってたから、他に頼る人がいなくて・・・」
ティアがボソリと言い訳を口にすると、アリアがわざとらしく「まあ!」と声を上げた。
「ティアちゃん、わたくし達を頼って来てくれていたのですか?まったく気づきませんでしたわ。ねぇ、ミーナちゃん?」
「え、えぇ。そうね・・・」
・・・ん?
少し大袈裟すぎるようなアリアの言動と、目を泳がせて肯定するミーナ様。不自然な二人の言動に疑問が生じる。
まさか・・・嵌められた?
「アリア、ちょっと話があるんだけど」
朝食が済んで席を立つタイミングでアリアに声をかける。
「あら、なんでしょうか」
僕は寝不足もあって、かなり不機嫌な声色だったと思うけれど、アリアはニッコリと笑顔で応えた。
少しミーナ様が心配そうな顔をしていたけれど、僕はアリアと共に人の少ない一角に移動する。
「昨晩、ティアを僕の部屋に向かうように仕向けたのはアリアだね?」
一応疑問形を取ったが、これはほぼ確定だろう。
風の音で昼間の観劇を思い出したティアは、アリアとミーナ様の部屋に向かった。しかし部屋をノックするも返事は無かったという。
ティアが僕の部屋に来た時間を考えてもまだ寝入るには早いと思う。つまり、アリアとミーナ様は意図的にティアの訪問を無視したのだ。ティアが僕の部屋に行くように。そしてこれを計画したのは絶対にアリアだ。普段のミーナ様の性格ではありえない。
「あら、さすがはカインくん。バレてしまいましたか」
アリアはサラッと白状した。
「なんて事してくれたのさ!僕が昨晩どんな気持ちで乗り切ったと思っているの!」
「いいじゃないですか。一晩中ティアちゃんの寝顔が堪能出来て幸せだったでしょう?」
「う、・・・幸せだったけど!でも明け方まで寝付けなかったんだからね。おかげで超寝不足だよ!」
「あら、明け方に眠れたのなら良かったじゃないですか」
「ポジティブかよ!」
もー!っと頭を抱える。テオやアリア、アーサーといった僕と付き合いの長い友人は、僕がとことんティアに弱い事を知っている。ティアの事ではこっちが策に嵌められてしまうのだ。
「わたくしは、カインくんは一睡も出来ないに賭けていたので、残念ですわ」
ふぅ、とため息をつくアリアに言い返そうと口を開くと・・・
「はいはい、ストップー」というアーサーの声が割って入った。
「カイン、落ち着け。寝不足酷いなら、とっとと準備終わらせて出発前に少しでも寝ておけ。んで、姉御。男にとっては好きな女と一緒に寝て何も出来ないとか結構な拷問だから。ほどほどにしてやってくれ」
おお、初めて僕に味方が出来た・・・!
(よくわかっていない当事者のティアは除く)
「あら、それは申し訳ないですわ。・・・わたくしは、本当にどちらでも良かったのですよ。カインくんがティアちゃんに手を出しても、出さなくても。たぶん、どちらでもティアちゃんの意思には反さないと思いますので」
「・・・え、と」
それは、どういう意味だろう。
「ティアちゃん自身も、昼間の観劇の恐怖もあったのでしょうが、それをまったく考えずにカインくんの部屋に行ったわけではないと思いますわ。カインくんはティアちゃんにとって、唯一の恋愛対象なのですから」
・・・。
ティアは、『僕なら手を出さない』じゃなくて、『僕になら手を出されてもいい』と思って来てくれたって事・・・?
「〜〜〜っ」
ボンッと音がするほど一気に顔が赤くなる。
そうだ、アリアは僕と同じでティア至上主義だ。僕をからかいたいとかそんな理由でティアの意思に反する事をするはずがない。
どちらに転んでもティアが傷付く事はなくて、どちらでもティアが幸せだと思えたから僕の部屋に向かわせたのだ。
ティアだって、朝食時の兄様の言葉の意味をわかってた。まったく意識していない他の男ならともかく、恋愛関係にある僕はちゃんとティアに意識されているのだ。意識した上で、僕の部屋に来たのだ。
「ふふっ、ではわたくしは支度をしなければなりませんので、これで失礼いたしますね」
うずくまって悶えている僕に向けて優雅に礼をしたアリアは、自分の部屋に戻って行った。
「・・・僕、勿体ない事しちゃったかな?」
「いや?姉御も言ってたろ。どっちでも良かったんだよ。カインのペースでいいんじゃねぇの?」
「そっか・・・」
こうして、最後に僕にとって大きな大きな事件があり、ファロム領への旅行は終了したのだった。
ちなみにアリアとミーナは、ティアが自分達の部屋を去った後にティアの部屋に戻るか、カインの部屋からすぐに出てくるかすれば、ティアの部屋に突撃して女子会をしようと思っていました。




