遭遇
教会で学問を学んだり、祖母の礼儀作法の指導を受けたり、カインと遊んだり、友達と遊んだり、平和な日々が続いた。
そんな日々を過ごすうちに、私は11歳になったので、2つ歳上の私の兄、ニックは13歳になって教会での学問を修了した。今はうちの喫茶店で見習いとして働いている。兄と一緒に居る時間が減ったのは少し寂しい気もする。
今日、そんな兄は休日で、家に遊びに来たカインと一緒に3人で買い物に来ている。
「ティア、体調が悪くなったら直ぐに言うんだぞ」
「大丈夫だよ」
「カインもティアの事を見ててくれよな。いきなり倒れる事があるから」
「うん、わかったよ」
兄は私が前世の記憶を思い出して倒れた時から、一緒に出掛ける時はいつもこうして心配してくれる。何だかトラウマになってしまったようで申し訳なく思う。
「ところでお兄ちゃん、見習い仕事はどんな感じ?」
市場まで歩きながら兄に喫茶店の見習い仕事について聞いてみる。
「そうだなぁ・・・やっぱり覚える事が多くて大変だな。茶葉や料理の種類はある程度頭に入ってるけど、常連客の顔や名前、好みや注意事項、もちろん礼儀作法も大事だしな。毎日いっぱいやらかして、すげぇ怒られてる」
「うわぁ、大変そうだねぇ」
「・・・他人事みたいに言ってるけど、2年後のお前だぞ、ティア」
「私は、兄の失敗を見て上手く立ち回るタイプの妹だからね」
「「ティアには無理だろ(でしょ)」」
ふふん、と胸を反らすと兄とカインの二人から否定された。
「酷いっ!カインまで!!」
ムーッと怒ると、二人とも笑いながら「ごめん、ごめん」と謝った。
「・・・あれ?ティア!ニック!」
「「?」」
街中で名前を呼ばれ、辺りを見回すと、通りの向こうでテオが大きく手を振っていた。
「あ、テオだ!」
手を振り返すと、テオはこっちに向かって来てくれた。
「ちょっ!ティア!」
兄が私の袖をグッと引っ張り、焦ったような声でチラチラとカインを見やる。
・・・あっ!!しまった!カインとテオが会ってしまう!!
私の婚約者殺害計画を立ててしまうテオとアリアは未だにカインの事を知らない。知らせないようにしているのだった。
「バカ!」
「お兄ちゃん、どどど、どうしよう!」
「落ち着け!俺に考えがある!」
「本当っ」
コソコソと兄と話すうちにテオが目の前までやって来た。
「偶然だな!ティア、ニック!・・・と、知り合いか?」
テオは一緒にいるカインに早速気づいて首を傾げた。
テオにカインが私の婚約者だと知られたらカインが殺されて死体遺棄されてしまうかもしれない。それだけは絶対に阻止しなければ。
「初めまして。僕はカイン。ティアの、」
「お、幼馴染み!カインは俺とティアの幼馴染みで、家が裕福だから教会には通ってないけど、よく一緒に遊んでるんだ!」
兄がカインの自己紹介に割って入り「な?」とカインと私に目配せをする。
なるほど!幼馴染み!確かに私とカインは婚約者じゃなかったらそんな関係になるね!嘘じゃない程度にはなっているよ。さすがお兄ちゃん!
カインは兄の勢いに目を丸くしている。カイン、ごめん、後でちゃんと説明するから!今だけ何も言わないで。
「そうなの!カインは私の幼馴染みなの!テオも仲良くしてね?」
幼馴染みを強調して紹介する私と兄に、テオは一瞬首を傾げたが、まぁいいか、とカインに向き直る。
「そっか。俺はテオ。ストデルム商会の息子でティアの友達だ。よろしくな!」
「うん。よろしくね」
私の祈りが通じたのか、カインも婚約者だって事は言わずに自己紹介を済ませてくれた。
「テオはどうしてここに?」
「向こうでちょっとした商談があってな。勉強で付いて行ってたんだ」
テオの意識をカインから逸らそうと話題を変える。
通りの向こうを見ると、確かにストデルム商会の紋章の馬車が停まっていた。
「そうなんだ。私達は買い物でね。夕御飯の材料を買いに行くの」
そんな会話をしていると、通りの向こうからテオを呼ぶ声が聞こえてきた。
「お、そろそろ戻らないと。じゃあな!ティア、ニック、カイン!」
テオは手を振りながら走って通りの向こうへ戻って行った。
「・・・やったな」
「・・・やったね」
パチンッと兄とハイタッチをしてカインを守れた喜びを分かち合う。
すると・・・
横からズゾゾゾと唯ならぬ黒いオーラが漂って来た。
「ティア、ニック」
「「カイン・・・?」」
なんか怖いよ?カイン?いつも通り前髪で目は見えにくいけど、絶対笑ってないよね?それ。
「後でちゃんと説明してくれるよね?」
一応疑問形を取ってはいるが有無を言わさぬその声色に私と兄は口を揃えて答えた。
「「もちろんです!」」
カインは怒るととても怖い。今日は新たなカインの一面を知れた日になった。
そういう訳で私と兄はリビングの床で背筋を伸ばし正座をしている。
私達の前には腕を組んで仁王立ちするカイン。いや、カイン様。
一応言っておくと、私と兄は別にカインに言われて正座をしている訳では無い。何となく正座しなくてはいけない気がしたので正座しているのだ。かれこれ5分、誰も沈黙を破らないので重い空気が漂っている。
「それで?どうしてテオに婚約者だって事を言わせないようにしたの?」
ふっと息を吐いた黒オーラを纏うカイン様から尋問の時間が始まった。
「私は・・・カインを守りたかったの!」
「え?」
私が説明をしなければ!と思い、勢いよく話し出す。
私の勢いにカインは黒いオーラを霧散させ、ポカンとした顔をする。
「もしカインが殺されて死体遺棄されちゃったりしたら私、・・・だからカインを守りたくて!」
「待って、待って!ティア!テオってそんな危険な子なの?そんな風には見えなかったけど・・・ストデルム商会、裏で暗殺家業でもやってるの?!」
「違うよぉ!テオは私の大切な友達だし、ストデルム商会は暗殺家業やってないけど、カインが殺されちゃうの!」
「なんで?!」
上手く思考が纏まらない。どう説明したらいいんだろう。
ぐるぐる考えているとカインが私の前に膝を付いて目線を合わせてくれる。
あ、いつもの優しいカインの目だ。
「ティア、僕怒ってないよ?ティアとニックが何の理由も無しにあんな事しないと思ってる。だからその理由を教えて欲しいだけなんだよ」
「怒ってないは嘘だー!」
絶対怒ってたよ。どす黒いオーラが出てたもん。普段のカインは癒しのオーラだもん。
「う、確かにちょっと怒ってた・・・婚約の事を隠されて悲しかったんだ、ごめん」
そう言ってカインがしゅん、と項垂れるので私の方が慌ててしまう。
「あ、ごめんねカイン。カインが謝ること無いの。ちゃんと説明しなかった私が悪いの」
「・・・説明、してくれる?」
「もちろん!私はカインを守りたくてね」
「うん、それはさっきも聞いたんだけど・・・」
堂々巡りな私とカインの会話に兄がやれやれと口を挟む。
「悪い、カイン。俺から説明するわ」
「ニック」
「お兄ちゃん」
それから兄はテオとアリアの事を話してくれた。私の事をすごく大切に思ってくれてる友達だって事、それ故に婚約者が出来たと知れば暴走してしまう可能性がある事。私とのもしもの会話で殺す説が浮上した事。
話を要約して上手く話す事が出来る兄はすごいと思った。私なんて、精神年齢大人のはずなのに兄にもカインにも頭で勝てる気がしない。
兄の話を聞いたカインは「なるほどね」と頷く。
「理由はわかったよ。ティアとニックが僕を守ろうとしてくれていた事もね」
ありがとう、とエメラルド色の目を細めてふにゃりと笑うカインに胸がキュッとした。
・・・ん?なんだろう?
「でも、テオも、会ったことは無いけどアリアって子も、ティアの大切な友達なんでしょう?」
テオもアリアもちょっとクレイジーな部分もあるけど、私の事を大切にしてくれる。二人は私の大切な友達だ。
カインの問いにコクンと頷く。
「じゃあ、僕も二人と仲良くなりたいな。ティアの大切な友達にちゃんと婚約者だって認めて貰いたい」
「でも・・・」
カインに何かあったら――――続けようとした言葉はカインの人差し指にチョンと唇を押さえられて止められた。
「それにティアだって結婚する時はテオとアリアにも祝って貰いたいでしょう?隠していたくないでしょう?」
「それは、そうだけど・・・」
たしかに、今は隠して誤魔化しても正式に結婚した時はテオとアリアにも報告して、お祝いしてもらいたい。大切な友達にそこまで隠し通していたくない。
「なら、僕ちょっと二人と話してみるよ。話して、ティアと僕の婚約を認めて貰う。いいかな?」
カインの決意の籠った目に、私はコクンと頷く事しか出来なかった。