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ファロム領へ7

 ファロム領三日目。今日は皆と一緒に月光劇団の観劇を観に行く。


 月光劇団はファロム領の有名な劇団で、毎回満員御礼になる程の人気の劇団なのだそうだ。シヴァンが特別にチケットを取ってくれていて、私達はかなり良い席に座ることが出来た。


「今日の公演は、冒険者がとある街で起こった不可解事件に挑む話だって」

「あ!もしかして『ライラック冒険記』の一つですか?」

「さすがはミーナ様、詳しいね」


『ライラック冒険記』とは、

 ライラックという冒険者が仲間を集め、敵を倒し、困っている人達を助けたりしながら冒険をする話だそうだ。


「お、戦闘物か、楽しみだな!」

「ミステリーの要素もあるみたいだよ」


 アーサーとカインはワクワクといった様子で。


「あ、あんまり激しい戦闘シーンじゃないといいですけれど・・・」

「今日の話はゴースの街編なので、激しい戦闘シーンは少なめだと思いますよ」


 ミーナは戦闘シーンが苦手なようで、涙目になったミーナをテオがなだめている。


「ライラック冒険記ですか、恋模様かなにかはあるのかしら」

「あると良いよね。恋模様をほんのり匂わせてるだけでもときめけるし!」


 アリアと私は恋愛シーンに思いを馳せる。


 そんな風に過ごすうちに開演時間となり、舞台の幕が上がった。





 ――――




 ――――――――




「・・・っ」

「ティア、大丈夫?動けそう?」


 舞台の幕が下りても座席に座って硬直したままの私に、カインが優しく声をかけてくれる。

 ちなみに、私の手はカインの腕をガッチリと掴んでいる。


「もうちょっと、待って」

「わかったよ。焦らなくていいからね。・・・皆、先に行っていてくれる?ティアが落ち着いたら僕達も合流するから」

「おう、わかった」


 皆が席を立つと、そっと背中を撫でてくれるカイン。・・・優しい。



 結果を言うと、今回の観劇『ライラック冒険記〜ゴースの街編〜』はホラーだった。


 主人公、ライラック達が辿り着いたゴースの街は、夜な夜な人が消えるという不思議な現象が起きていた。

 ライラックは誰かが人攫いをしているのだと思い、解決する為に奔走する。しかし人が消えるのは止まらず、とうとう共に冒険しているヒロインまで消えてしまう。

 だがヒロインは痕跡を残してくれていて、それを頼りにライラックが探っていくと、森の奥の廃城に辿り着く。

 その中には本物の亡霊と、それに従う動く死体(ゾンビ)がいて、自分の肉体を得る為に人を攫って実験を繰り返していた、という事だった。


 そこからライラックはゾンビを倒し、どうにか亡霊も倒し、攫われた人々を救い出してハッピーエンドとなるわけだが・・・


 月光劇団の演技と特殊メイクがすごすぎて、亡霊も、ゾンビもまるで本当に襲いかかって来るようですごく怖かった・・・。というか、ゾンビ客席に下りてくるとか無しでしょ!


 そして最後、ライラック達がゴースの街を去った後に、廃城の地下、倒した亡霊の肉体が入っている棺がカタッと開いて手が出てくるのだ。


 ・・・実は倒せてなかったパターン!


 そこで終わってしまったので、ハッピーエンドがバッドエンドに塗り替えられた気分だ。怖い。


 私は前世からホラーが苦手だ。夏のホラー番組とか怖すぎて見れなかったタイプである。

 今世でもホラーは徹底的に避けてきたのに、ここで来るなんて予想外だった。



 カインの背中を撫でてくれる手が温かくて少し落ち着いてきた。


「ごめんね、ティアがそんなに苦手だったなんて知らなかったんだ」

「ううん。観劇自体はすごく面白かったの。後から怖いシーンを思い出して恐怖が来ちゃうだけで・・・」


 カインが申し訳なさそうに覗き込んでくるので、こっちが申し訳なくなってしまう。動けなくて迷惑をかけているのは私なのに、カインはとことん優しい。


 少しだけカインに甘えさせてもらって、落ち着いたところで皆と合流した。


「ティア、もう大丈夫なの?」


 皆の元へ行くと、ミーナとアリアがかけてきてくれた。


「うん、心配かけてごめんね。私昔からホラーが苦手で・・・ミーナとアリアちゃんは平気だった?」

「そうなのね・・・わたくしは血が出たりする戦闘シーンは苦手なのだけれど、少なめだったから大丈夫だったわ」


 ミーナは血が出たりして人が戦っているのが苦手で、血の出ないホラー系は大丈夫らしい。


「わたくしはドキドキする展開で面白かったですわ。あまりに演出が凝っていたため多少の恐怖はありましたが」

「へぇ、姉御はとてもそうは見えなかったけど」


 ギュム


「痛たたたたたたたたた」


 アーサーの足をアリアが踵でグリグリと踏みつける。

 今日のアリアは低めのヒールの靴を履いているので、あれで踏まれたら痛そうだ。


「まったく、アーサーくんはわたくしを一体何だと思っているのかしら」


 ふぅ、と息を吐いたアリアから解放されたアーサーは足を擦りながらも少し嬉しそうに見えた。




 その後はレストランに行ったり、街を歩いたり、足湯を楽しんだりして楽しい時間を過ごしたおかげで、私は怖い気分を塗り替える事が出来た。











「おやすみなさいませ」

「また明日ね、ティア」

「おやすみ、また明日」


 アリア達と就寝の挨拶をして自分の部屋に入る。

 ファロム領で過ごす夜も今日が最後だ。明日は朝食を食べたら王都に戻る予定だ。


 ふかふかのベッドにゴロンと横になる。


 ・・・今回の旅行も楽しかったなぁ。

 学園を卒業すると皆で休みを合わせて旅行は難しくなるかもしれないし、皆で来られてよかったな。


 来年からは、カインは王宮の文官に、アーサーは騎士として働く。

 ミーナは教師を目指しているので、冬に教師資格試験を受ける予定だ。

 成人するので、テオやアリアも見習いではなくなる。今よりもっと忙しくなるのだろう。


 私は卒業したらカインと結婚という予定だ。貴族の生活に慣れたり、学ぶ事がまだまだ出てくるのだろう。

 カインには、結婚してしばらくの間は生活に慣れる為に家にいて欲しいと言われている。けれどその後は、仕事も好きにすればいいと言ってくれている。

 女性は家を守るものという考えが根強い貴族社会で、なんて柔軟性のある考えの出来る婚約者なのだと感激した。

 私は両親ともに働く家で育ったし、私も出来れば外で働きたい。なので、私の仕事については結婚してから追々考えていくつもりだ。


 在学中にやる事といえば、また王宮から魔術具作成依頼があったのでそれを作る事と、もうすぐ学園祭だから、本格的に準備頑張らないと。


 ・・・ゲームの進捗はどうなっているのだろうか。特に誰かのルートを進んでいる感じはないけれど、大まかな展開はゲーム通りな気がする。

 ・・・本当のゲームみたいに好感度とかパーセンテージで出てくればわかりやすいのに。



 そんな事をつらつらと考えていると、カタタンと窓が揺れた音がした。


 ・・・風かな?


 今夜は風が強くなるけど明日には落ち着くから、とシヴァンが言っていた気がする。


 ガタガタ


「――――っ!」


 風の音と共に月明かりで見える影の濃い部分がグニャリと歪んだ気がして、布団を被る。


 ・・・今日の観劇に、こういうシーンがあった。

 ヒロインが亡霊に攫われる時、カタッと鳴った窓枠に、揺れる黒い影、不思議に思って近づくと、暗闇からゾンビと亡霊が出てきて叫ぶ間もなく連れ去られるのだ。

 そのシーンに今の状況が酷似している気がした。


 うわぁ・・・何で今思い出しちゃったんだろう?!


 ドクンドクンと心臓が大きく音を立てる。


 作り話なのはわかっているし、今は風が吹いているだけだ。そう自分に言い聞かせようとするが、上手くいかない。


 今回の旅行、私は一人部屋なのだ。それが余計に恐怖心を加速させる。

 せめて誰かいてくれたら・・・




 あ、ロサルタン領に行った時みたいに、女の子同士のお泊まり会をさせてもらおう。


 それがいいよ!楽しくおしゃべりするとこんな感情忘れちゃうし、明日は王都に帰るのだ、多少寝不足になっても馬車の中で眠ればいいだろう。よし、それでいこう。


 私は枕を持って、窓をなるべく見ないようにしながら、そっと部屋を出た。



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