ファロム領へ6:カイン視点
ファロム領に来て二日目の夜、僕は兄様の執務室でハーブティーを嗜んでいる。
兄様の執務室はいろいろな書類が山のように積み上がっていて、領地運営での兄様の頑張りがよくわかる。
その執務机には卒業記念パーティーで僕とティアが渡した花が飾られていて、大切にしてくれているのだと嬉しく思った。
・・・お礼にとティアにキスした事は許してないけどね!
「領地運営、大変そうだね」
「学ぶべき事が山ほどあるからな、カイン達が来ている間は休めるように調整してあるから、大丈夫だよ」
「ほどほどにね」
魔術学園を卒業した兄様は領に行ったなり帰って来なかったから、忙しいのだろうとは思っていたが。兄様は跡継ぎだからと頑張り過ぎる所があるので僕らと過ごすことが少しでも兄様の息抜きになるといいと思う。
「ああ。今日は皆ファロム領を楽しんでくれたようでよかった。明日は観劇に行くんだって?ミーナ様が楽しみにされていたよ」
今日、僕とティアが二人でファロム領を見てまわる間、兄様がアーサー達の案内をしてくれた。
テオやアリアとは初対面だったけれど、社交的な兄様はすぐに打ち解けていたのでさすがだと思った。
「ティアやミーナ様は物語が好きだからね。ファロム領には有名な劇団があるし、一度行ってみたいと思って」
「ああ、僕も何度か観に行っているが、なかなか迫力があって面白かったよ。楽しんで来るといい」
「うん」
「ところで、カイン」
ハーブティーを一口飲んだ兄様は話題を変える。
「ティアは最近更に有名になってきているね。ファロム領にも噂が聞こえてくる程だよ。・・・王宮から魔術具作成を依頼されたのだとか。事実かい?」
「事実だよ。狩猟大会で作った魔術具が陛下と魔術師長の目にとまってね。この前納品に行っていたよ」
ティアは優れた魔術師として有名になりつつある。
ティアは絶対によくわかっていないと思うが、王宮から魔術具作成依頼が来るというのはとても栄誉な事だ。王宮には優秀な王宮魔術師がいるので、外部に依頼する事など滅多に無いのだ。
「あの魔術師長が依頼をしたというのが驚きだ。あの人は自分で作るのが好きな研究馬鹿だからね」
「あの魔力の多いティアの魔術具だからね。ティア以外には作れないよ」
ティアの魔術具は特殊だ。
ティアの作る魔術具には、術式にティアの前世の言葉らしい『日本語』が組み込まれている。作る時に魔力が多く必要なのもあるが、僕達にはこの『日本語』が特殊な図形のようにしか見えないので、術式の解読すら出来ないのだ。
王宮に呼ばれて魔術具を披露していた時に、魔術師長は術式の解読を試みていたみたいだけれど、わずかに眉を寄せていたので解読出来なかったのだろう。だから依頼した。
「ティアはすごいね、王宮に一目置かれる平民なんてなかなかいないよ」
「そうでしょう。僕のティアはすごいんだよ」
ティアが評価されるのは嬉しい。
王宮からの依頼があった事で、今までティアを平民だと侮辱してきた奴らはほとんど大人しくなった。蔑むよりは取り入るべきだと気づいたのだろう。その態度の変わりようには辟易するが、ティアが蔑まれるよりはずっと良い。
僕が自慢げに頷くと兄様は苦笑する。
「カインの婚約者が素晴らしい魔力と実力の持ち主で父様や母様は大喜びだろう?」
「まぁね。僕とティアの結婚に乗り気でいてくれるのはいいんだけど、干渉はしないで欲しいかな。ティアは父様や母様の言いなりにはさせないよ」
陛下も認める魔術具を作るティアを手元に置いておきたいのだろう、この前、ティアを僕の結婚相手として歓迎していると父様に言われた。
父様や母様はティアには干渉させない。あの人達に関わっても碌な事はないからね。
結婚したらティアはファロム家のものになるんじゃない。僕のものになるんだ。ティアを利用するような事はさせない。
「そうだね、それは僕も気をつけて見ておくよ。カインとティアには幸せになって欲しいしね」
「・・・兄様」
兄様は幼い頃から父様や母様から愛情を注がれない僕を心配してくれて、父様や母様の分まで構ってくれていて、昔の兄様の口癖は「ごめんね、カイン」だった。
僕がティアと出会った頃からその口癖は減っていったけれど、兄様はいつも僕の味方でいてくれた。
兄様もティアに惹かれていただろうに、それを押し殺して僕とティアを応援してくれた。
僕が兄様に粗雑な態度になるのは、優しい兄様に甘えてしまっているからなのだろう。
僕にとって兄様は大切な人なのだ。
「ところで、カインとティアの関係はどこまで進んだんだい?」
「ごふっ」
僕をからかって楽しむ一面が無ければもっと良かったのに!
「もう10年も婚約者をやっていて、今はほとんど毎日一緒にいるんだ。キスはもうしたよね?その先は?」
「そ、その先・・・」
キスのその先、想像するだけでかぁぁと顔が赤くなるのがわかる。
・・・兄様め、楽しそうにニヤニヤしやがって。
「秘密だよっ!」
「なんだ、残念。ドレスを贈ると聞いたからてっきりそこまで進んだのかと」
「ち、違うよっ!あれはテオに嵌められただけで・・・!ドレスを贈るのに変な意味は無いから!」
「ふうん」
楽しそうな兄様に苛立ちが募りムキになって返してしまい、白状させられた感はある。
クスクスと笑う兄様に、僕は膨れ面で不満を表現しておいた。
・・・僕はティアを大切にしたいんだ。
したいか、したくないかで言うなら、当然したいけれど。ティア傷つけてしまわないかとか、上手くできるのかとか、恥ずかしいとか、思う事はいろいろとあるし、覚悟も必要だ。
でも、きっと僕は一度ティアに触れると、タガが外れたように求めてしまうのだろう。それこそ、狼のように。
僕はまだティアの前では紳士でいたいんだ。だから結婚するまでは手を出さないつもりだ。
ティアは世界一大切な女の子なのだから。
そんな僕の決意を揺るがす出来事が翌日起きるなんて、この時は全く思っていなかった。