ファロム領へ4
ファロム領二日目ティア視点です。
ファロム領到着の翌朝。
私は、今日はカインにファロム領を案内してもらう予定だ。
昨日のお風呂の後、温泉にのぼせたカインはずっとぐったりとしてたけれど、今日は体調も戻ったみたいだ。ただ、あまり目を合わせてくれないんだよね。
怒ってるとか、そんな感じじゃないんだけど、顔をそらされる事が多い。
・・・どうしたんだろう?
「最初はファロム領の魔術研究所に行くんだよね?」
「うん。いろんな魔術具を研究してるから、面白いと思うよ。それから、ちょっと行き詰まってる研究があるから、ティアにアドバイス貰えたらって言ってたよ」
「アドバイス?!それは恐れ多いんだけど・・・」
本職の研究職の皆さんに、まだ学生の私がアドバイス出来る事なんてあるだろうか・・・
「ティアは変わった発想をするって有名だからね。そこまで気負わなくても大丈夫だよ」
ファロム領の魔術研究所は石造りの大きな建物だった。その荘厳な扉を開けて中に入ると、研究所の職員の人が出迎えてくれた。
「お、カイン様とご婚約者様ですね、いらっしゃい」
出迎えてくれたのは、上下のツナギを着ているちょっと小太りなおじさん。おじさんは、私とカインを見るとニカッと笑った。
「あ、トムさん。紹介するよ。僕の婚約者のティア。学園で魔術学部を選択しているから、魔術具の事も大方わかるよ。行き詰まってるなら相談してみるといい」
「ティア・アタラードと申します。よろしくお願いいたします」
「トムという。一応伯爵家の縁者なんだが、俺は研究一筋で社交界にも出ないからな。そう畏まらないでくれ」
ははっと笑うトムさんは、ビックリするくらい貴族っぽくないおじさんである。普通に平民の街の酒場とかにいそうだ。
「ティア、トムさんはここの所長なんだけど、研究熱心で人当たりのいい人だから、仲良くしてあげてね」
「うん、こちらこそ」
トムさんには、カインがファロム領に行った時によくお世話になっていたらしく、魔術具の事もトムさんから教わった事があるそうだ。
カインに頷くと、トムさんが珍しいものでも見たかのように、マジマジと私とカインを見てきた。
「へぇー、カイン様のご婚約者様に会ったら『無愛想な奴だけど根は優しい奴だから愛想つかさないでやってくれ』って挨拶するつもりだったんだが、要らないみたいだな。カイン様のそんな優しい表情初めて見たぞ」
「ティアは僕の『特別』だからね」
「わわっ、カイン?!」
肩を抱いて、抱きしめるように腕をまわすカインに心臓がドキドキとする。
めっちゃトムさん見てるから、恥ずかしいよっ!
「ははっ、そのようだ。カイン様は昔から大人びた子供だったけど、ティア様の前ではそんな顔も出来るんだな。お二人が仲良さそうで安心した。・・・じゃあこの研究所を案内させてもらうな。こっちに来てくれ」
「はい」
軽快に笑ったトムさんに連れられ研究所を案内してもらう。その中の更に奥に進むと・・・
「馬車?」
広々とした部屋に馬車の人が乗る部分がドーンと置かれていた。
「ここでは馬無しの自動で動く馬車を作ってるんだ。とりあえず、形は出来てる。ただなぁ、これがありえないくらい魔力を使うんだ。貴族が10分動かせるかどうかってところだな」
「10分・・・」
馬無し馬車・・・完成系は自動車かな?
貴族が魔力を全て使って10分ではあまり意味は無さそうだ。普通に馬に引いてもらった方がいい。
「これが術式なんだが・・・改善点があれば言ってくれ。今のままじゃ、移動に常に大量の魔力が使われているから魔力がすぐに足りなくなってしまうんだ」
トムさんの差し出す紙を私とカインで覗き込む。
「これはまた・・・」
「複雑だねぇ」
複雑な術式が詰め込まれた紙は、解読するのも大変だ。しかし、使用魔力を減らす為に簡略化しようとしても、どれもこれも車を動かそうとすると必要な気がする。
さすがと言うか、まだ学生の私に手直しする所なんてない程完璧な術式だと思う。
でも、もう少し、前世の自動車に近づけるとするなら・・・
「魔術具って、術式を組み込んだ魔石を物に組み込んで魔術具を作る事、出来ますよね?騎士の使う剣みたいに」
「ん?ああ、出来るな。魔石だけで形になるから騎士以外は滅多にしないけどな」
そう、基本的にイメージ通りに魔石が変化するので、その方法は騎士が自分の武器を強化するのに使うくらいだ。だけど・・・
「車の起動や補助にだけ魔力を使って、走るのは別の力を使う事って出来ませんか?火力、水力、風力、何でもいいんですけど」
「組み合わせるのか!」
「はい。そうすれば使う魔力は最小限に抑えられるんじゃないかと思うんです。・・・詳しい作り方を助言出来る訳ではないんですけど・・・」
車を何かのエネルギーで走らせる事だけ出来れば、起動や補助を出来る魔術具を付ければ車に近くなるし、使う魔力も少なくなると思う。
・・・他のエネルギーでどうやって走らせるのか私には皆目見当もつかないが。
「いや、いけるかもしれない。メインは別の力で、補助的に魔力を使う・・・そうだ、リオレナール王国では動力ってやつの研究を進めているチームがいるんだ!そいつらと共同研究出来たら・・・カイン様!」
ブツブツとつぶやきながら考えを纏めていたトムさんがバッとカインを見る。
「リオレナール王国の研究チームと共同研究出来るように兄様に話を通しておくよ」
「ありがとうございます!ティア様もありがとう!さすが『魔術革命の女神』だ、魔力以外の力を使うという発想はなかった!」
トムさんが興奮気味に私の手を握るが、なんか今聞き捨てならない言葉があったような・・・
「待って、『魔術革命の女神』って何ですか?!」
「最近貴族の間で呼ばれてるティアの二つ名だね」
「えぇ?!いつの間に?!」
いつの間に私に二つ名なんてついていたのだ。しかも『魔術革命の女神』って・・・
魔術研究で革命を起こした覚えなんてないんだけど!しかも女神って何だ?!不相応過ぎて嫌だ!
「ティアの頑張りが評価された結果だよ」
「えぇー、嬉しくない。私、カインが二つ名嫌がる気持ちがわかったよ・・・」
「ティアと同じ気持ちを共有出来て嬉しいよ」
それから、トムさんと魔術具の話を詰めたり、他の魔術具を見せてもらったり、二つ名を広げないように念押ししたりして、魔術研究所を後にした。
「さて、時間も余ったし、ティアはどこか行きたい所はある?」
いくつか研究所や施設をまわったが、まだ日は高く昇っている。夕方までに館に戻ればいいと言っていたから、けっこう時間がありそうだ。
「私、カインの思い出の場所に行ってみたい!」
「思い出の場所?」
「うん!カインも幼い頃は領で過ごしてた事もあるんでしょう?それは私の知らないカインだから、もっとカインの事を知りたいなって」
私は王都にいるカインしか知らないから、ファロム領でのカインの事を知りたい。カインの事が好きだから、カインの事をもっと知りたいと思うのだ。
「じゃあ、こっち」
そう言うと、嬉しそうに少し頬を染めたカインが私の手を引いてくれた。
「うわぁ、すごい・・・」
カインが連れてきてくれたのは一面ひまわりが咲きほこるひまわり畑だった。
街からそんなに離れていないのに、こんなに綺麗な場所があるとは驚きだ。
「ここね、領で僕が一人になりたい時とかによく来てたんだ。綺麗でしょう?」
「うん、すごく綺麗」
私の身長より少し低いくらいの高さのひまわりが黄色の花弁を広げて時折風でゆらゆらと揺れている。
太陽に向かって斜め上を向いている姿は、気持ちを前向きにさせてくれると思う。
「ひまわりってティアに似てると思わない?」
「えっ、私?」
似てると言われて、ひまわりをじっと見てみるが、よくわからない。私は黒髪黒目で、黄色い花弁の可愛らしいひまわりとは似ていないと思う。
「ティアの笑顔はひまわりみたいに明るくて綺麗で、見ていて元気がもらえるし、澄んだ青空の下が良く似合うんだ。あと、目標を定めたら一直線な所も、太陽に一直線なひまわりと同じだね」
ふわりと微笑んだカインが私の髪を撫でる。
あ、甘い・・・。
カインは私の事をそんな風に思ってくれてるんだ・・・。
思わぬ言葉にポポポと顔に熱が集まり始める。
「じゃあ、あの太陽はカインだね」
「え?」
意味が伝わらなかったのか、カインがキョトンとして首を傾げる。
「私の目標はカインとの結婚だし、見てるのもカインだけだもの。私がひまわりならカインは太陽だよ。それに、いつも暖かく私を包み込んでくれるでしょう?」
「・・・そんな事言うのティアくらいだよ」
私とカインは、しばらく太陽に向かうひまわりを見て穏やかに過ごした。