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ファロム領へ3:テオ視点

 翌朝、俺達は今日の予定を確認する。


「じゃあ、僕はティアにファロム領を案内するから、皆は兄様と一緒に買い物を楽しんでね」


 カインはティアにファロム領の魔術研究所や領内を案内したいらしい。カインと結婚したらファロム侯爵家の一員となるティアにはいろいろと知って欲しい事があるのだとか。

 ・・・なんて建前を並べていたけれど、実際はカインがティアを独占してファロム領デートをしたいだけだと思う。突っ込まないが。俺は空気の読める男だ。

 まあ、そんな事情もあり、今日はカインとティアとは別行動だ。俺たちは今日一日買い物と観光をを楽しむ予定だ。


 カイン、昨日の温泉の一件からまだティアの顔をまともに見れていないが、ふたりきりで大丈夫なのか・・・?

 まぁ、俺が気にする事じゃないか。頑張れ、カイン。



 俺たちはシヴァン様の案内で街を見てまわる。

 ファロム領はリオレナール王国との交易が盛んな土地だ。文化もサクレスタ王国とリオレナール王国が混ざっている感じだ。


「はわぁ、サクレンの布がこんなにも・・・!種類も豊富ですし、見た事の無い模様もございますのね!さすがはファロム領ですわね。素晴らしいですわ!」


 アリアが布屋のショーウィンドウに齧り付く。実家のフラゾール裁縫店で働くアリアは、最近はドレス作りを頑張っているようで、布にはうるさい。


「そういえば、アリアはフラゾール裁縫店の娘さんだったね。幾つか買って王都に送ったらどう?」

「是非っ」


 シヴァン様の気遣いに目を輝かせたアリアが頷く。


 店に入った俺たちは色とりどりの布たちに圧倒された。

 リオレナール王国特産のサクレン生地は艶のある布地で、光の加減で輝いても見えるのが特徴だ。様々な色のサクレン生地や、美しい刺繍が施された生地が並んでいる。


「うわぁ・・・」


 ミーナ様も目をキラキラとさせていた。やはり女性はドレスとかキラキラした宝石とかが好きなのだろう。


 ミーナ様といえば、昨年の夏に一方的にミーナ様を振った俺だけど、あの後ミーナ様は何も言って来てはいない。この旅行でも何ら変わらずに接してくれているので、逆に俺の方がどうすればいいのか戸惑っている感じだ。



「この生地、ティアちゃんに似合いそうですわね。謙虚ながらも小花がアクセントになっていてティアちゃんらしいですわ」


 アリアが生地の一つを手に取ると、シヴァン様がそれを覗き込む。


「ああ、確かにティアに似合いそうだね」

「そうですよね。・・・カインくんはティアちゃんにドレスは贈らないのでしょうか?」


 アリアがいくらティアに着せたいと思っても、ティアがフラゾール裁縫店でドレスを注文してくれなければ意味が無い。だがフラゾール裁縫店は平民にとってはかなりの高級店なので、ティアもなかなか手が出ないのだろう。・・・カインがティアに贈れば別だが。


「あー、カインはまだティアにドレスは贈らないって言っていたな・・・」

「何故でしょう?独占欲の強いカインくんにしては珍しいですわね」


 アーサーの言葉にアリアは首を傾げる。

 アリアの言う通り、カインは独占欲が強いので、ティアの頭のてっぺんから足のつま先まで自分の贈った物で飾ろうとしてもおかしくはないと思うのだが。


「まぁ、ちょっと、な。姉御からティアがカインに頼むように仕向けてくれるとカインもドレスを贈るかもしれないぞ?」

「そう、ですか。考えてみましょう」


 歯切れの悪いアーサーの返事に俺もアリアも頭に疑問符を浮かべた。



「あ」


 俺はふと目に入った生地を手に取った。

 淡い赤色のこの生地は、白色系の糸で細かい花の刺繍が施されている。儚げで可愛らしいミーナ様にとても似合いそうだ。


「ミーナ様、これミーナに似合いそうじゃありませんか?生地の色も優しい感じですし、花の刺繍も可愛らしいです」

「え?・・・本当ですね、素敵です」


 俺が声をかけると少し驚いたようなミーナ様は、生地を見ると顔をほころばせた。


「値段もそこまで高くはないですし、これでドレスを仕立てては?」


 貴族は学園でも社交界でもドレスは必須となる。一人で何着も持っているのが普通なので、その一着にどうかとミーナ様に勧める。


「・・・せっかくですが。わたくしにはその値段でも高いのです。仕立て代もかかりますし・・・」


 しかし、顔を曇らせたミーナ様に断られてしまった。

 ・・・そうか、末端男爵とは聞いていたが、マイリス家はこの生地も買えないほどに貧窮しているのか。兄弟も多いと聞くし、ミーナ様はあまりお金をかけてもらえないのかもしれない。


「そうなのですか・・・だったら俺が――――・・・」


『俺が贈ります』そう言いかけて口をつぐむ。

 恋人でも婚約者でもない女性にドレスを贈るというのはあまり良くない。

 まして相手は末端男爵といえど貴族の女性だ。たかだか商人の息子が贈っていい物ではないだろう。


「事情も知らず、失礼いたしました」

「いえ、お気になさらず」


 ふわりと微笑まれるミーナ様だが、俺はその布から目が離せなかった。

 だって、絶対に、ミーナ様に似合うのに。

 この生地を使って仕立てたドレスを着たミーナ様が頭に鮮明に思い浮かぶのに。


 俺は後ろ髪を引かれる思いで、布屋を後にした。






「男女間で友情は存在するかという命題には様々な意見があると思うけれど、僕は線引きが大切だと思うんだ」

「・・・線引き、ですか?」


 アーサーが武器屋を見に行って、アリアとミーナ様が露店のアクセサリーを眺めていた時にシヴァン様が俺の隣に来てボソリと言った。


「線引き。『この人とはここまで』という線引きができれば友情は成立するし、その線引きが緩ければそれが恋情に変わったりもする。・・・例えば、ティアの場合はきっちり線が引かれてるね。恋愛対象としてみてるのはカインだけで、他は友人か他人だ」


 線引きがきっちりされすぎていて、他からの好意に気づきにくいのがティアだと言う。

 確かにその通りだと思うが、何故いきなりこの話を始めたのかわからない俺は、黙ってシヴァン様の話を聞く。


「線引きができれば友情、それが曖昧になるのなら恋情だと僕は思う。・・・アーサーはアリアに対して曖昧だね。一線引いたり、緩んだり」


 シヴァン様の目線の先を見れば、武器屋から出てきたアーサーが、豊満な体つきをしているアリアに妙な視線を向ける通行人の男共を密かに威嚇していた。


「アーサーは想いを伝える気はないそうですよ」


 傍にいたくて、でも、この関係を壊したくなくて、ひたすらに想いをしまい込むのは、俺もアーサーも同じだ。


「そんな感じだね。でも、他の男に取られるのも嫌ってところかな」

「・・・よく見ていますね」


 ――――食えない人だ。

 ニコニコしていて、人当たりのいい人だと思っていたけれど、やっぱりカインの兄だ。アーサーの想いなんて、俺とカインくらいしか気づいていないと思っていたが。


「・・・君達を見ているのは面白いからね。僕はテオにも興味があるよ。――――あの布を買うのかどうか、とかね」

「――――っ!」


 楽しそうなシヴァン様に、俺たちはエンターテインメントじゃないんですが、と心の中で毒づきながら、あの布とミーナ様についてまた考えてしまっていた。




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