苦労人:レイビス視点
私はレイビス・ロサルタン。ロサルタン公爵家の長男だ。
私には双子の妹がいるが、約1年前、妹の婚約者であるレオンハルトが失脚した事により、妹はレオンハルトと共に在りたいと父上に頼んでロサルタン公爵家を勘当された。
ずっと一緒だった妹がいなくなるのは寂しかったし、家族より失脚した婚約者を取るのかと思ったが、勘当された妹はスッキリとした顔をしていて憑き物が取れたように綺麗に笑っていたので、私は何も言わずに送り出した。
妹とは今は手紙のやりとりをしている。魔術学園を卒業していないので、魔力を封じられた妹とレオンハルトは魔術具無しの生活に苦戦しながらも楽しんでいるようで、暖炉の付け方が分からなくて苦労したとか、野菜作りを始めたとか、ふたりで協力しながら仲良く生活しているようだ。王子の婚約者として気を張っていた時よりものびのびとした様子にホッと胸を撫で下ろした。
レオンハルトが失脚した事で被害を被った一人が私ではないかと思う。
同学年で一番身分の高いレオンハルトが就任するはずだった生徒会会長の任に就き、大変な生徒会長の仕事をこなさなくてはならなくなった。
幸い、一人で他の人の何倍もの仕事が出来るカインが副会長を引き受けてくれたので、まだ助かったのだが。
カインには最初は断られていたのだが、ティアさんがカインに嘆願してくれたおかげだ。ティアさんには感謝してもしきれない。
それから、同じクラスに留学生としてやって来たリオレナール王国のツバキ王子と交流する補佐役も私になった。
ツバキ王子自体は明るくて社交的な性格で接しやすい人なのだが、何故か平民のティアさんに興味を示し始めたので、生徒会室でのカインの機嫌がとても悪くなった。カインは仕事は早いのだが、イラついている時はかなり冷たくあしらわれるので空気も悪い。私はツバキ王子をティアさんに近づけ過ぎないようにもしなければならなくなった。そういえば、最近はツバキ王子は前ほどティアさんに絡まなくなったな。何かあったのかもしれない。
そして、春に開催された狩猟大会では、ニコラス殿下とツバキ王子と同じチームでお二人の仲を取り持つという大役を任されてしまった。お二人とも、有り余る魔力でどんどん獲物を狩って行ってしまわれるので、付いていくのが大変だった。同じくカインとティアさんがどんどん獲物を拘束していくので付いていくのに大変な思いをしたアーサーと健闘をたたえあった程だ。
こんな風に、レオンハルトがいれば私がここまで苦労する事はなかっただろう事は多いのだ。
恨み言を言うつもりは無いが、せめて妹は幸せにしてやって欲しいと思う。
「レイビス様、リリアーナ様はお元気そうですか?」
もうすぐ夏季休暇前の学期末テストがあるので皆で定例の勉強会を開いている。その休憩中、ティアさんにこっそりと話しかけられた。
ティアさんはリリアーナの事をよく慕ってくれていて、リリアーナもまたティアさんの事を大切に思っていた。
「ああ。最近は野菜作りを始めたそうでな、彼が楽しそうに育てていると手紙に書かれていた。毎日土まみれになりながらも、野菜が成長する様を観察するのは面白いらしい」
罪を犯した王族の世話役であるリリアーナは、手紙のやりとりも制限されていて、実家であるロサルタン公爵家としか許されていない。その手紙ももちろん検閲が入るのだが。
友人であるティアさんと直接やりとりする事は許されていないので、ティアさんは時折こうしてリリアーナの事を尋ねてくる。
「そうなのですか。お元気そうでよかったです。でも、野菜作りをするお二人って何だか想像がつきませんね」
ふふっと笑うティアさんは安堵の表情を浮かべる。
学園にいた頃のレオンハルトとリリアーナは決して良い関係とは言えなかったので、心配をしてくれているのだろう。
ティアさんは本当にリリアーナの事が好きだから。
ティアさんにこんなにも慕われるリリアーナを羨ましく思った事は何度もある。身分や性別上仕方が無いのかもしれないが、ティアさんは未だに私と接する時は少し距離があるような気がするから。
ティアさんは平民ながらも気品があり、コロコロと表情を変える姿が可愛らしくてずっと見ていたいと思える女性だ。
実際、わりと無意識にティアさんを観察している私がいるようで、リリアーナが学園にいた頃は、リリアーナを観察するティアさんを観察する私、という構図が出来ていたとアーサーが笑っていた事もある。
・・・ティアさんの観察は楽しいのだから仕方がない。
ティアさんの観察をしていて最近気づいたのだが、ティアさんはどうも留学中のシャルロッテ王女からあまり良く思われていないようだ。シャルロッテ王女からの悪意がティアさんに向いている。
シャルロッテ王女の周りもティアさんの悪口を言っていたり、わざとぶつかったり、物を隠されたりもしているようだ。
ただ、ティアさんはあまり気にした様子がなく、「貴族のご子息、ご令嬢だからでしょうか、普通は物をとったらゴミ箱に入れると思うのですが、皆さん別の場所に置くだけなんですよ。優しいですよね」とか言っていた。そこは感心する所じゃないと思うが。
しかし、ティアさんが気にしていなくても、私は見ていてとても不快だ。何故ニコラス殿下の婚約者候補であるシャルロッテ王女がティアさんに悪意を向けるのかは分からないが、カインも気づいているのでそのうち動くのだろう。優しいティアさんがこれ以上傷つく前に、私もカインに協力したいと思う。




