進展と拒絶1
今日はツバキが、前々から言っていたチョコレート専門店に私と兄を連れて来てくれた。
「うわぁ、いろんなチョコレートがあるね」
「これ、全部チョコレートなのか、すごいな」
このお店は、チョコレートを使った色々なお菓子を提供していて、私と兄はショーケースを見て目を輝かせる。
「ニックもティアも、好きなのを選んで食べろよ。今日は俺の奢りだ」
「えっ、いいの?!」
「いや、そんな訳には・・・」
身分的には王族と平民とはいえ、幼い頃から知っている年下の身内に奢られる訳にはいかないと、兄は顔をしかめる。
「ニック、気にしないでくれ。ここに誘ったのは俺だし、家に行った時はいつも紅茶や菓子で持て成してもらっているからな、たまには返させてくれ」
「そう言うなら・・・」
「お兄ちゃん、フォンダンショコラだって。とろけるやつだよ!食べたい!これ、うちでも作ろうよ!」
「ティアは少しは遠慮しろ」
「ツバキ、ありがとう!」
「こらっ」
「ははっ、俺はティアのその笑顔が見れるだけで、十分だ」
それぞれ好きなチョコレート菓子を注文して席で食べる。
私はフォンダンショコラとトリュフチョコレートを頼んだ。口の中でとろける甘さが幸せだ。
「そういえば、ユズリハ姉は元気なのか?随分会っていないけれど」
ザッハトルテを食べつつ兄がツバキに話題を振る。
ユズリハは私の5つ歳上のツバキのお姉さんで、幼い頃はツバキと一緒に家に遊びに来ていた。
明るくて頭も良くて、ちょっぴり意地悪な人だったけど、よく遊んでくれて、私も兄も大好きだった。
「あー、元気、元気。超元気。ユズリハ姉は今婿選びに奮闘していてな、俺はそれに巻き込まれたく無いが為に留学して来たのもある」
ツバキが若干遠い目をしだした。
「ユズリハ姉も結婚適齢期だもんね」
「巻き込まれたくないって、むしろ協力しないのか?」
兄の言葉にツバキはふっと自傷気味に笑う。
「ティアとニックの仲なら協力するんだろうけど、うちは姉と弟だからか?ユズリハ姉は俺を馬車馬の如く使い倒すからな、協力じゃなくて命令だ。そして俺はそれに逆らえない。姉というのは弟に取っては厄介な生き物なんだよ。・・・ユズリハ姉の事は好きだが、少し逃げるくらい良いだろ」
私と兄はお互い平等に仲が良いけれど、ツバキとユズリハは仲は良いが上下関係が発生しているらしい。
「苦労してんだな・・・まぁ、食べろよ」
兄はそっとツバキの皿に自分のザッハトルテを一切れ置く。
「私はお兄ちゃんしかいないからわかんないけど、大変なんだね。・・・これも美味しいよ、お食べ」
私もツバキの皿にトリュフを一つ置いた。
「ありがとな・・・」
私は幼い頃のユズリハしか知らないけれど、言われてみれば昔からツバキはユズリハに使われていたような気がする。
結婚となると女性は殊更気合いを入れるから、弟であるツバキも巻き込まれて大変だったのだろう。留学中だけでも、気を紛らわせられるといいと思う。
「結婚といえば、ニックはどうなんだ?そろそろだろ?」
私達のあげたザッハトルテとトリュフを食べながらツバキは兄を見る。兄もユズリハと同じく結婚適齢期だ。
「ん、俺はこの間見合いをしたぞ」
「お、そうなのか」
「そうなんだよ、聞いてよ!ツバキ!」
バンッとテーブルを叩く私に、ツバキが目を丸くする。
「お?どうした、ティア?」
「お兄ちゃんったら酷いんだよ!お見合い相手の事を喫茶店従業員としてしか考えてないの!恋愛対象としてまったく見てないんだよ。私はお兄ちゃんの先行きが心配だよ!」
私の告げ口に、兄は「またか」と苦笑するだけだが、ツバキは「うーん」と考える。
「それは酷いな。条件も大事だけど、これから一番身近にいる人になるんだ、愛情も大事だぞ?」
「でしょう?」
ツバキから出た賛同の言葉にパァっと顔を明るくした私に、ツバキは慈しむような視線を向けてきた。
「ああ。俺だったら、ティアだけを一生愛し続けられる自信があるんだけどな」
さらっと私の髪をひと房取って、クルクルと弄ぶツバキ。
「ちょっ、お兄ちゃんもいるのになんて事言うのっ?!」
「・・・えっ、ツバキってそう言う意味でティアの事が好きなのかっ?!」
私と兄が同時に驚くと、ツバキは楽しそうに笑う。
「別にいいだろ、ニックにも知ってもらえば。そのうちティアが俺と結婚したくなるかもしれないし」
「・・・ならないもん」
「わかんねぇぞ?俺ほど良い男はいないからな」
「自分で言う?」
私とツバキが言い合っていると、状況についていけていない兄が制止をかけてきた。
「いや、待て待て。俺がついていけてないんだけど!え?ツバキがティアと結婚?!血が近く・・・もないか、祖父母が姉弟なだけだもんな。あ、だから前ティアが言っていたリオレナール王国の選択肢にツバキの事があったのか・・・?あれ、でもティアにはカインがいるし?んん?」
思わぬ状況に兄が混乱している!いつも冷静で大人びている兄にしては珍しいな。きっと兄もツバキは身内としか思っていなかったのだろう。ちょっと面白いかも。
「ニック、落ち着け。俺は今、ティアを口説き落としている最中だというだけの話だ」
「そうだよ、お兄ちゃん。私の婚約者はカインだからね?」
「そうか・・・」
しばらくして、ふう、と息を吐いた兄はやっと落ち着いたようだ。
「悪いな、ツバキは身内としか思っていなかった。ティアの事をそんな風思っていたなんて知らなかったから動揺した」
「そうだろうな。ティアも最初はかなり動揺してたぞ」
「う・・・」
ツバキに告白された日の事を思い出すと恥ずかしくなる。あの日の私の動揺っぷりを思い出すと、兄の事は笑えないかもしれない。
そんな会話をしていると、「ニックさん・・・?」と控えめな女性の声が兄にかかった。
「あ・・・」
「シアナさん・・・?」
兄が『シアナさん』と呼んだのが、濃い紫のショートカットの髪に錆色の目をした女性。
カインとのデートでケーキ食べ放題のお店に行った時に出会ったボーイッシュ系の背の高い女性だった。