陛下との謁見
私とカインは今、王宮の謁見の間にいる。
煌びやかな広い部屋に赤い絨毯が敷かれ、その先にある背もたれの長い豪華な椅子。
その椅子の主はゆったりと腰掛けると口を開く。
「面をあげよ」
陛下に会うのは三度目だけれど、いつも通っている学園やわが家ならともかく、王宮は完全に貴族の世界なので、猛烈に緊張する。
私の目の前には、国王陛下と王太子であるニコラス、アーサーの父のラドンセン騎士団長、それから、黒いローブのような服を着た老年の男性がいる。老年の男性は知らない人だが、このメンバーの中にいる人だ、きっとサクレスタ王国のトップの一人なのだろう。
何故、こんな事になっているのか・・・それは数日前に遡る。
「カイン、ティア、これを」
学園のお昼休み、そう端的に言ってニコラスが差し出したのが・・・
「呼出状?・・・陛下からっ?!何でっ?!」
ニコラスに手渡された封筒を開けると、「五日後に王宮に来るように」との国王陛下からの呼出状が入っていた。
「狩猟大会でのアリベル出現事件の件で、アリベルを持ち込んだ犯人も無事に捕まりましたし、多大な貢献をしてくれたカイン達に陛下直々に謝辞を述べたいとの事です」
「犯人、捕まったのですね」
いつの間に。全然知らなかったよ。ゲーム知識を活用するまでもなかった感じか。
「ティアは知らなかったのですね・・・。カインが尽力してくれたのですよ」
「え、そうだったの?」
騎士団が調べて捕まえたのかと思っていたら、カインが頑張ってくれていたらしい。こんなに早く犯人を捕まえるなんて、すごいなカイン。
おお、と尊敬の眼差しを向けると、カインはくすぐったそうに頬を掻いた。
「国の為にも不穏分子は早めに始末した方がいいからね」
「さすがはカインだね!・・・あれ?でもそれなら感謝されるのはカインだけで、わたくしは特に貢献しておりませんよ?」
私は犯人逮捕に特に貢献した覚えはないので、私が一緒に呼び出される理由がわからない。
「ティアは狩猟大会でアリベルから僕やツバキ王子を含めた多くの人を守ってくれたでしょう。その御礼を伝えたいのです」
「わたくしは咄嗟に自分の身を守っただけなのですが・・・」
あの時アリベルが狙っていたのは私だったし、恐怖でいろいろと魔術具を起動させたから結果的に多くの人を守る形にはなったけれど、陛下から直々に御礼を言われる事ではないと思う。
そう伝えるが、ニコラスは首を横に振る。
「いいえ。アリベルは熟練の騎士がチームを組んでやっと倒すような強い魔獣なのです。あの時ティアがいなかったら多くの被害が出ていた事でしょう。あの場にはツバキ王子やシャルロッテ王女など他国の王族もいましたので、全く被害を出さずにアリベルを無力化したティアの貢献度は計り知れません」
「ですが・・・」
私が返事をしぶっていると、カインが口を開く。
「あの場でティアの魔術具が皆を守ったのは事実だよ。僕はティアの魔術具が他の人にも認められるのは嬉しいな。僕一人で陛下の前に立つの緊張するし、一緒に来てよ」
「う・・・」
カインは絶対一人で陛下の前に立つのに緊張したりしないと思うけれど、私の事を気づかってくれているのだろう。私が陛下の前に立つのが緊張してしまうので嫌なのがバレいてるようだ。
「・・・わかりました、ニコラス殿下。五日後、カインと共に王宮に伺いますね」
「はい。よろしくお願いします」
そして、カインと共に王宮へ足を運び、今に至る。
でも、陛下とニコラスだけかと思ったら何故か国の重鎮がずらずらといる。私の緊張は高まるばかりだ。
「この度の狩猟大会魔獣出現事件にて、多大な活躍をしてくれた事、感謝する。そなた達には褒美を授けよう」
「勿体なきお言葉にございます」
国王陛下の謝辞に私とカインは頭を下げる。
「――――ところで、アリベルを捕縛する際にはティアの魔術具が活躍したと聞いた。どのような魔術具なのか聞きたいそうなのだが」
そこで、陛下が老年の男性に目線を送り、男性が一歩前に出てきた。
「王宮魔術師長のハイネ・ヴォリエントだ。貴女はまだ誰も見た事もない魔術具を作るのだと聞いたが、アリベルが出た時、皆を守った透明の壁も、そのひとつか?」
ゆったりとした口調で話す老年の男性は魔術師長らしい。黒のローブを着ているし、言われてみれば魔法使いのような雰囲気だ。
「はい、シールドの事ですね。あの時は人以外を弾くシールドを張りました。設定を変更すれば、特定の人物だけ入れるようにする事も可能でございます」
狩猟大会で使った『シールド』も日本の創作の世界で使っていた魔法をイメージして作ったものだ。
作る時に多めに魔力を使ったが、大きさを変えられたり、通す者を厳選できたりと応用の効く魔術具になった。
「その魔術具で狩猟大会序盤、僕達は森の西側に入れずに時間が取られましたね」
あれが無ければ僕達が勝てた可能性もあるのに悔しいです、とニコラスは唇を尖らせる。
キラっと魔術師長の目が輝いた。
「是非、見せて頂きたいのだが」
「はい。持参いたしました」
呼出状に何故か『狩猟大会で使った魔術具を持参して欲しい』と書かれていたのはこの為だったのか、と思い魔術具を取り出す。
「では、わたくし達の周りにだけシールドを張ってみますね」
シールドは、携帯ゲーム機のような大きさ、形で作った。大きさ等を設定して魔力を込めると、魔術具を中心にポンっと半円状に透明の壁が出てくるのだ。私は、自分と隣のカインだけ入れる小さめに設定して、シールドを張る。
「おお!」
魔術師長が近づいてきて、嬉しそうにシールドに触れている。
この人、エリクみたいなマッドサイエンティスト感あるな。魔術具研究好きそうだ。
「ほう、これはなかなかの強度だな」
「そうなのか?」
魔術師長の感想に反応したのは騎士団長だ。
「確かに、手強そうだな」
コンコン、と興味深そうにシールドを叩く騎士団長。近くで見るとやはり顔立ちがアーサーに似ているな。
「ちょっと攻撃してみても良いか?」
「えっ?・・・ひゃ!」
カンッ!
騎士団長が目の前で剣を抜いて思いっきり攻撃してきた。
いきなりで驚いた私は、思わず隣のカインにギュッとしがみついた。
「傷一つつかないか。素晴らしいな」
ほう、と感心している騎士団長だけど、もう少し心の準備をさせて欲しかった。シールドがあるとはいえ、大柄の男の人に目の前で剣を振りかぶられるのは怖いのだ。
「ティア、大丈夫?」
カインがぽんぽんと肩をさすってくれる事で、私がカインにしがみついている事に気づいた。
「うん・・・はっ!ご、ごめんね」
めっちゃ人前で抱きついてしまったよ・・・恥ずかしい。
淑女にあるまじき行いに慌てて離れるも、カインは優しく微笑んでくれた。
「気にしないで。・・・騎士団長、せめて相手の了承の返事を待ってから攻撃して頂けますか」
「む、すまない。興味が湧いたものでな」
カインの咎める声に一応謝罪の言葉をくれた騎士団長だけど、視線はシールドに釘付けだった。あまり聞いていなさそうだ。興味のある事には一直線の人なのだな。
それは魔術師長も同じなようで・・・
「ティア、私を中に入れてくれ。そちらからも見てみたい」
「あ、はい」
キラキラした目で言われて、魔術師長をシールドの中に入れるようにする。
その後もしばらく魔術師長にシールドの説明をしたり、他の魔術具も見せたりしていると、最終的に陛下やニコラスまで加わって魔術具披露会のようになった。
「なるほど、ティアは奇抜な発想力とそれを可能にする膨大な魔力量の両方が備わっているのだな」
ふむ、と魔術師長が満足そうに頷く。
陛下やニコラスも「参考になる」と言っていたので、満足してもらえたようだ。・・・何の参考にするのかは知らないけれど。
「面白い物を見せてもらった。感謝する」
「恐れ入ります」
「ところで、ティアは魔術学園卒業後の進路は決めているのか?」
・・・進路?
魔術具披露会後の陛下の急な話題転換に疑問符が浮かぶが、まぁいいかと、口を開く。
「進路、ですか。わたくしは――――」
「ティアは、卒業したら僕と結婚いたしますので、家の女主人として、いろいろとやってもらおうと思っております。ね、ティア?」
私の声に被せてきたカインが、私に向けて同意を求めるように微笑んだ。
私は卒業したら家の喫茶店で働くか、エリクのような魔術具研究所で働こうと思っていたので、放たれたカインの言葉に息を呑んだ。
『結婚』
そ、そうか。成人して、魔術学園を卒業したら結婚しようって言っていたもんね。でも実際結婚するのは二人とも働いて仕事に慣れたらくらいにかと思っていたけれど、カインの口ぶりだと本当に卒業したら直ぐみたいだ。
よく考えたら、貴族の場合はそれが普通か。また平民の考えが出てしまっていた。
婚約者のいる貴族の女性は魔術学園を卒業したら結婚して、社交に精を出したり、夫と共に家や領地を取り纏めたりするものだ。
「うん。・・・カイン、私頑張るね」
まだ実感はわかないけれど、カインが私に貴族の家の女主人としての働きを求めるのならば、それに応えたいと思う。
私はカインに『私を選んでよかった』と言ってもらえるようになりたい。
「ティアはそのままで十分だよ」
私が決意を込めてカインを見上げると、カインは優しくふにゃりと笑った。
そんな私達のやり取りを見ていた陛下は何やら魔術師長と目配せを行っていた。
「・・・そうか。では、ティアに一つ魔術具作成依頼を出したいのだが、受けてもらえるだろうか?」
まだ学生の私に陛下から魔術具作成依頼?
「物によります。ティアの魔力は多量ですが、その代わり使用量が多過ぎると身体に負担がかかるのです。多量の魔力を使う魔術具はお受けできません」
私の代わりにカインが答える。
カインは私が魔力枯渇で倒れてからというもの、私の魔術具作成などの魔力使用に敏感だ。
「どういったものでしょうか?」
「王宮を取り囲むシールドを作ってもらいたいのだが、どうだろうか」
王宮を取り囲むシールドか。森の西側を囲むシールドも作ったし、少し多めに魔力は使うが、目眩もしない程度だったので大丈夫だろう。
「そのくらいでしたら、問題ないかと存じます。・・・カイン、受けてもいいかな?」
カインを心配をさせないように許可を取る。
「ティアがそう言うならいいよ。ただ、無理はしない事。いいね?」
「わかったよ」
無理はしないように念押しされたが、一応許可は出たので陛下に向き直る。
「ではお受けいたします」
「感謝する。詳細については後ほど魔術師長から聞いてくれ」
「かしこまりました」
私は陛下との謁見を終え、魔術師長から正式に魔術具の依頼を受けて、カインと共に王宮を出た。
「ところで、ニコラス」
「はい、父上」
「ずっとティアの隣にいた、柔和で温厚、朗らかな笑みを浮かべた好青年は誰だ?」
「父上?!カインですよ?!」
「・・・カインの皮を被った何かではないのか?」
「気持ちはわかりますが現実を見てください、父上!ティアに対するカインはいつもあんな感じです!」
「・・・信じられんな」
カインは基本的に人に対して冷酷無表情なので、ティアに対するカインを始めて見た人は驚愕します。