狩猟大会3
狩猟大会は王都に近い貴族の森で行われる。
貴族の森というのは、貴族が狩猟を楽しむために国が管理している森で、生息する動物達も国が管理しているので、本当に凶暴で危険な動物は生息していないらしい。
森の入口には広場があって、そこで女性はお茶会を開き、狩りに行った男性を待つ。そんな貴族の道楽の為の森なのだ。
「見て!かっこよくない?どう?どう?」
狩猟大会開始を目前に森の入口でお茶会の準備が勧められる中、私はテンション高くミーナに詰め寄った。
「ええ、とても素敵よ。クリス物語の主人公のようだわ」
クリス物語とは、主人公クリス(男)が数々の女性を虜にしていく甘々な恋物語である。
今日の私は、動きやすいのと汚れてもいい服として兄の昔の服を借りてきた。髪は後ろで緑のリボンで纏め、男装のような格好をしている。
黒いスラックスに編み上げのブーツ、白のシャツの上にカーキ色のベストを着て、最後に茶色のロングコートを着ている。
自分で言うのもアレだが、それなりに整った顔立ちなので、男装も似合う。・・・胸も無いしな!
「でしょ!今ならいろんな女の子を虜に出来そうだよ。・・・『可愛いお嬢さん、僕と二人でここから抜け出しませんか?』」
「素敵っ!クリス物語第4章のカリーナを誘う時の台詞ねっ!」
顔を赤らめたミーナときゃあきゃあとはしゃいでいると・・・
コツンと頭の上に衝撃がきた。
「ティアはこれ以上、人たらしにならなくていいから」
「カイン」
はあ、とため息をつくカインも今日は狩猟用の服を着ていて、動きやすそうな黒のスラックスに灰色のシャツ、深緑のコートで、いつもと雰囲気が違ってかっこいい。
「カインも今日は狩猟用の服装なんだね。いつもかっこいいけど、今日もまた別のかっこよさがあるね」
「う・・・。もう、ティアは今日も可愛いよ」
私の言葉にかぁっと顔を赤くしたカインは、少し目を逸らすと私を褒めてくれた。
「可愛いより、かっこいいって言ってー」
「はいはい、かっこいいよ。それより、最終確認するから、こっちに来てくれる?」
「わかったよ。ミーナ、また後でね」
ミーナに手を振り立ち去ろうとすると、「あ、ティア、ちょっと待って!」と呼び止められた。
「どうしたの?」
「あの、ティアが無事に帰って来れるように祈りを込めて作ったの。持って行ってくれると嬉しいわ」
ミーナは黄色い花が刺繍されたハンカチを取り出した。
狩猟大会での刺繍されたハンカチは『あなたの無事を祈ります』という意味があるのだ。
「可愛い。ありがとう、ミーナ。・・・あ、私も渡したい物があるの」
鞄を探り、ブローチ型の魔術具を一つ取り出す。
「これ、ミーナが持っていて。もし何か危険な事が起きたら迷わず起動させてね。ミーナを守ってくれるから」
「ええ・・・。わかったわ?」
ちょっと疑問に思っていたみたいだけど、ミーナは魔術具を受け取ってくれた。
これで、もしも魔獣がお茶会スペースに出ても大丈夫なはずだ。
アーサーとキリアと合流して、最終確認を行う。
「――――という感じに動く予定だよ、いい?」
「了解」
「もちろん」
「かしこまりました」
カインの指示にそれぞれが了承の返事をして、準備を整える。
「あ、そうだ。皆に渡したい物があるんだけど・・・」
鞄を探りながらカイン達に声をかける私の声に被せるように、愛らしい声が響いた。
「カイン様っ!」
「・・・シャルロッテ王女」
金髪碧眼の美少女シャルロッテは、今日は水色のワンピースにつばの広い帽子を被っている。
いいとこのお嬢様感のある可愛らしい装いだ。・・・いいとこのお嬢様どころか王女様だけど。
そんなシャルロッテはカインの前に立つと、頬を染めてカインを見上げた。
「カイン様、今日は狩猟用の服だからかしら、いつもと雰囲気が違いますのね。とても素敵ですわ」
「そうですか。・・・ティア、ごめんね、今何か言いかけたよね?」
カインは優しい目を私に向けたけれど・・・シャルロッテとの会話は終了でいいのかな?会話と呼べるのかも分からないものだったけど。
「あのね、」
「まあ!ティアさんですか?!そのような装いをされているので気付きませんでしたわ!あたくしにはとても出来ない質素な服装で、とても、似合っておりますわ」
シャルロッテにニッコリと笑いかけられたけれど、言葉の端々にトゲが含まれている。
「お褒めいただき光栄でございます」
「・・・もしかして、狩猟に参加なされるのですか?」
「はい。そのつもりです」
「女性がそのように野蛮な事をされるなんて・・・考えられませんわ。女性はもっと、可愛らしく殿方の後ろで守られている存在で在るべきですのよ」
「そうでない女性もおりますので」
めんどくさいなと思いながらも、取り敢えず笑顔で流すと、シャルロッテの機嫌を損ねたらしい。ムッとしたシャルロッテはカインに視線を移した。
彼女はもじもじと恥じらいながら、大きな薔薇の刺繍がされた艶やかな生地のハンカチを取り出す。
「あの、これ・・・カイン様がご無事で戻って来られるように祈りを込めましたの。あたくしは共には行けませんが、あたくしの代わりに連れて行ってもらえませんか」
「いりません」
素っ気なく答え、ハンカチを受け取ろうともしないカイン。
シャルロッテは少し俯くと、数秒の沈黙の後にポロポロと涙を零し始めた。
「っ、・・・ごめんなさい。ご婚約者様がいらっしゃるのだもの・・・ご迷惑、ですよね。でも、あたくしはカイン様のご無事をお祈りしたくて・・・せめてハンカチだけでもと・・・」
美しく涙を流すシャルロッテはこちらの同情を誘う。
既に周りの男子生徒は「シャルロッテ王女を泣かせるなんて・・・!」という視線をカインに向けている。
しかし、カインはそんな周りの視線も気にする事はなく・・・
「わかっているのなら、近づいて来ないでください。迷惑です」
ピシャリとシャルロッテの涙攻撃も跳ね除けた。
「・・・」
・・・わあ。空気がトゲトゲしているよ。どうするよ、これ。
この剣呑とした空気をどうすればいいのかと考えていたら、ニコラスの柔らかい声が響いた。
「では、そのハンカチは僕が頂いてもよろしいでしょうか?」
「ニコラス王太子・・・」
見ると、ニコラス、ツバキ、レイビスがこちらに近付いて来ていた。
ニコラスはシャルロッテの差出したままの手を取り柔らかく微笑む。
「いいでしょう?僕はまだ、貴女からハンカチを頂いていませんから」
「・・・もちろんですわ。ニコラス王太子」
シャルロッテがニコラスにハンカチを渡したところで空気が緩んだので、ホッと息を吐く。
「ティアも狩猟大会に参加するそうですね。怪我をしないように、気をつけてくださいね」
「ご心配いただきありがとう存じます、ニコラス殿下」
ニコラスが私に声をかけると、レイビスもカインとアーサーに声をかける。
「カイン、アーサー、ライバルとなってしまった事は残念だが、私も全力を尽くさせてもらおう」
「望むところだよ」
「こっちも負けねぇからな」
笑ってライバル宣言している三人は、コツンと拳をぶつけ合う。
・・・いいなぁ。男の子の友情って感じだ。
ホッコリしながら男同士の友情を見ていると、ツバキが私の耳元で囁いてきた。
「ティア、俺に口付ける心構えはしてきたか?」
「し、してないっ、私達が勝つもんっ」
思わず一歩引くとツバキは、ははっと笑う。
「まぁ、真っ赤になりながら口付けるティアも可愛いだろうから、俺はそれでもいいぞ」
くっ、からかわれてる・・・!
何と返せばいいのか分からず口をパクパクとさせていると、カインにグッと抱き寄せられた。
「ティアの口付けを貰うのは僕なので。貴方の出る幕はありませんよ」
「なんだ、カインも約束をしているのか。それは絶対に勝たなくてはならないな」
「こちらの台詞です」
ツバキはふっと不敵に笑うと、「ニコラス王太子、作戦の最終確認をいたしましょう」と踵を返す。
ニコラスも「では、僕達はこれで」とチームメンバーを連れて去って行った。
「・・・ふぅ。嵐が去ったね」
シャルロッテから始まり、ニコラスやツバキが集まった事で私達は注目の的となってしまっていた。
やっと、落ち着いて準備が出来る。
「そういえば、ティア。さっき、本当に何を言いかけていたの?」
カインが聞くのはシャルロッテが入って来た時の事だろう。
私はチームメイトの三人に渡したい物があったのだ。
「えっとね、これ、下手で申し訳ないんだけど、皆が無事でありますようにって、作ったの」
私は色違いの花の刺繍を施した三枚のハンカチを取り出す。
シャルロッテのハンカチと比べると生地も糸も安い物だし、私はあまり刺繍が得意ではないので、不格好な花なんだけど、思いだけは込めたのだ。
「嬉しい・・・ありがとう、ティア」
カインはふわりと笑って受け取ってくれたし、アーサーは、
「え、俺らの分もあるのか?ありがとな」
と驚きつつも受け取ってくれた。
キリアは・・・
「ティア様からのハンカチ・・・家宝にします!」
と、目をキラキラと輝かせて受け取ってくれた。
「いや、家宝にはしないでくださいっ」
超大金持ちのセディル公爵家の家宝が普通のハンカチとかおかしいから!キリアはたまに変な事を言い出すね!
ついでにカイン!
「なるほど、僕も家宝にしよう」
とか言い出すのもやめようか!
ファロム侯爵家にそんなの飾らないでね!
その後、狩猟大会開始までは、女子生徒が狩りに参加する男子生徒にハンカチを渡したり、男子生徒が女子生徒に獲物を捧げる約束をするという青春場面が繰り広げられていた。見ているだけでもとても楽しかった。
ちなみに、アーサーやキリアも何人かの女子生徒からハンカチを受け取っていた。
二人とも顔もいいし、結構モテるんだね。
カインは先程のシャルロッテとのやり取りもあったからだろうか、誰も近づきにすら来なかった。
カインは他の女性を冷たくあしらってしまうので私が嫉妬する事は滅多に無いけれど、私もまったく嫉妬しないほど出来た人間ではないのだ。
カインの元にシャルロッテ以降誰も来なくて、ちょっとホッとしたのは内緒だ。