お砂糖の時間2
ティア視点→カイン視点になります。
たらふくスイーツを食べて満足した所で、少し歩くお買い物だ。
いくつかお店を回った後にカインが連れて来てくれたのは、先程話題に出た、高級ジュエリー店のファニールだった。
「ティア、行こうか?」
「う、うん・・・」
カインは緊張する私に苦笑すると店内に足を進める。
「カイン・ファロムです。トールはいる?」
「少々お待ちくださいませ」
カインが店員さんに声をかけると、奥からスラリとした壮年の男性が出てきた。
「ようこそいらっしゃいました。カイン・ファロム様とそのご婚約者様ですね。こちらへどうぞ」
トールさんに案内されたのは完全に個室で、先程のオープンな店内とは一線を画すスペースだった。
ソファーに座り、緊張しながら待っていると、トールさんがいくつかの髪飾りを持ってきた。
「ご婚約者様のお顔だちですと、この辺りがお似合いになるのではないかと思います」
そう言ってトールさんが並べてくれたのは、白〜透明の色の宝石のついた髪飾り。花がモチーフになっているものや、細かい宝石が連なったもの、大きな宝石がメインになっている物もある。
「うわぁ、可愛い・・・」
宝石がキラキラしすぎて目がチカチカするけれど、デザインは控えめで可愛らしい物が多い。
「ティアは気に入ったデザインはある?」
見分するように髪飾りを見ていたカインが私に視線を寄越す。その目は柔らかく細められていて、カインは私に髪飾りを贈ることを嬉しく思っているのだと分かる。
目の前に並べられている髪飾りはどれも素敵で、どれを選ぶかと言われると迷ってしまう。
「うーん、こっちのお花も可愛いし、こっちもシンプルで素敵だし・・・」
「なんなら全部買ってもいいよ?」
「選ぶから、一つでお願いします!」
勢いよく断ると、カインにクスクスと笑われた。「ティアはどれを選んでも似合うと思うよ」なんて甘い言葉を言うものだから、私は更に悩んでしまった。
「えっと・・・私はこれが一番好き、かな」
ものすごく時間をかけて一つ選んだのが、メインの透明な宝石から雫が蔦を伝うようにいくつか小さな宝石が垂れている髪飾り。デザインが気に入ったのもあるけれど、シンプルだし、どのドレスと合わせても合いそうだと思ったのだ。それを指すとカインも頷く。
「いいね。シンプルだから他の髪飾りと合わせても使えそうだね。・・・じゃあ、このデザインで作ってもらえるかな」
「かしこまりました」
「石の色はこのままでもいい?一応、何色のドレスでも合うようにしたいんだけど」
「あ、うん。私の髪色にも合うと思うしこのままでいいと思うよ」
その後、雫の石は何個付けるとか、メインの宝石の大きさとか、細かな相談をして、トールさんは髪飾りを持って一度下がっていった。
「ねぇ、カイン。本当に欲しいの選んじゃったけど、高いんじゃない?大丈夫?」
髪飾りに付いている石が全て宝石ならばかなりの値段がしそうだ。
今更ながら心配になってきた。
「僕が贈りたいんだから気にしないで。それに、ティアの為ならいくら出しても惜しくはないしね。むしろもう少し我儘を言って欲しいくらいだよ」
「カインにはいっぱいもらってるよ」
婚約記念のペンダントに、御守りのブレスレット、ドレス時の髪飾りもプレゼントしてくれるし、おいしいお菓子を買ってきてくれたりもするし、花束もくれる。むしろ貰いすぎだと思うのだが。
「僕はティアをもっと甘やかしたいんだけどなぁ・・・」
「じゅ、十分だよ」
カインには十分過ぎるほどいろいろと貰ってしまっているのだ。私はブンブンと首を横に振る。
貴族の感覚に慣れる為だとは思うが、まだまだ私は引け目の方が多いのだ。
「じゃあ、今は諦めてあげるね」
「『今は』?!」
えへへと笑うカイン。
今後、もしかするとプレゼント攻撃が来るのかもしれない。
トールさんが持ってきた書類にカインがサインをする。
「では、一ヶ月後には出来上がると思いますので、出来上がり次第ファロム侯爵邸にお持ちいたします」
「お願いします」
トントンと書類を纏めたトールさんと目が合った。
「ペンダントやブレスレットの金具に不具合はありませんか?」
「え、はい。・・・ペンダントやブレスレットもこちらで?」
私は今日もカインに貰ったペンダントとブレスレットをつけている。もしかして、ペンダントやブレスレットもファニールなのだろうかと首を傾げると、トールさんはニッコリと微笑む。
「ペンダントトップとブレスレットの花の金具はこちらで準備させて頂きました。・・・私は幼い頃からカイン様を存じておりますが、ご婚約者様への贈り物を考えておられる時のカイン様は悩みながらもとても幸せそうな顔をしておりましたので、大切な方なのだと思っておりました。本日そのご婚約者様にお会いできて大変嬉しく思います」
「え・・・」
そうだ。贈り物って、カインの想いが込められているんだよね。あまり高価な物は引け目を感じてしまう事の方が多いけれど、そこに込められているカインの想いは、きっとお金では買えないようなもので。
私がぎゅっとペンダントを握りしめると、トールさんは続ける。
「実は、今日お見せした髪飾りも全て事前にカイン様が選ばれた物なのですよ。カイン様がご婚約者様の為に真心込めて選んだアクセサリー、大切に長く使って頂けると嬉しく思います」
朗らかに笑ったトールさんは、「では、書類に判を押して参ります」と部屋を出て行った。
「カイン」
「・・・ん?」
私から目を逸らすカインは「バラされた・・・」と小さく呟く。少し耳が赤くなっている気がする。
私はカインの手に自分の手を重ねる。
「髪飾り大切にするね。ありがとう。もちろん、ペンダントやブレスレットも」
「・・・うん」
今日、見せてもらった髪飾りは、私好みのものばかりだった。だから一つ選ぶのに時間がかかってしまったのだが、カインが私の為に選んでくれたものならば、時間がかかるのは当然だ。本当に、どれも捨てがたいくらい、可愛くて、素敵な髪飾りだったから。
「カインはすごいね。私の好みなんてお見通しだね」
「当然だよ。僕がどれだけティアを見てると思ってるの」
カインの愛情を再認識した私は、カインからの贈り物を大切にすると同時に、髪飾りに見劣りしないように、カインに相応しい人になれるように、もっと努力をしようと思った。
ファニールを出た後、教会付近を通ると、何やら人が集まっているのが見えた。
「何だろう?」
「んー・・・。あ、結婚式を挙げてるんだね」
「結婚式っ」
「少し見ていこうか」
私が目を輝かせると、カインは手を引いてくれる。
教会、というか大聖堂での結婚式は王侯貴族が行う物だ。平民は街中の小さな教会で挙げるので、大聖堂は使わない。
大聖堂での結婚式は豪華で華やかで、女の子の憧れだ。大抵は開放されているので、遠くからお祝いするのは自由で、学問を習うのに教会に通っている時などはよく見に行っていたものだ。
ちょうど花嫁と花婿がチャペルを出て、大階段を降りてくる所だった。
「なんて綺麗・・・」
花婿のエスコートで階段を降りてくる花嫁は、ふんわりとした純白のドレスを纏い、頭に飾られたティアラが陽の光を反射してキラキラと輝いている。
その幸せそうな表情は見ていてこっちまで幸せな気分になってくる。
「・・・」
「カイン?どうしたの?」
うっとりと花嫁さんを見つめていたら、何だかカインにじっと見られている気がして隣を見上げる。でもカインには「なんでもない」と首を横に振られた。
「そう・・・?」
「あ、セディル公爵家の結婚式なんだね」
「セディル公爵家?どこかで聞いたような・・・?」
「セディル公爵家の次女のルピア様がニコラス殿下の婚約者候補の一人なんだよ」
「あ、それでか」
前にミーナと話した時に、ニコラスの婚約者候補の公爵家があるって言っていたな。
「ほら、あの緑色の髪の少女がルピア様だよ。今日はルピア様の姉君の結婚式なんじゃないかな」
カインが花嫁に寄り添って嬉しそうに笑う少女を指差す。
「へぇ・・・まだ幼いね?」
遠目だけど、ルピアはまだ10~12歳くらいにみえる。花嫁のルピアの姉は成人しているのだろうから、少し年齢に開きがあるようだ。
「確か、今年で12歳だったと思うよ。ニコラス殿下との年齢差を考慮しているから、まだ婚約者候補なんだろうね」
そうか。ニコラスは今年で17歳だ。来年には成人なので、世継ぎとかそういうのを考えると、相手が成人するまで5年待つというのが少しネックなのかもしれない。
「あ、花嫁さん、馬車に乗っていくね・・・綺麗だったねぇ」
花嫁と花婿を乗せた馬車が出発した事で、人もまばらになっていく。
綺麗に着飾って幸せそうに笑っていた花嫁さんと、その花嫁さんを愛おしそうに見つめていた花婿さんを思い出して、ほぅ、と息を吐く。
・・・私もいつか、カインとあんな風に結婚式挙げられるかな。綺麗なウェディングドレスを着て、大好きな人と愛を誓いあって、皆からお祝いして貰える、なんて素敵で幸せなのだろう。
「ね、カイン」
「ん?どうしたの?」
カインの袖を引き、耳打ちをする。
「私達も、いつか結婚式挙げようね」
「・・・最高の式にしようね」
ほんのり顔を赤くしたカインと私は、「えへへ」と笑いあった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今日のティアとのデートは最高に幸せだった。
ティアには貴族としての感覚を身に付ける為、なんて建前を並べたけれど、ティアが僕からの贈り物を受け取る気になってくれたし、髪飾りはすごく喜んでくれた。
僕がニヤケながらティアへの贈り物を選んでいた事をバラされたのは恥ずかしかったけれど、ティアは好意的に受け取ってくれたみたいで、「ありがとう」と言ってくれたティアはとても可愛くて、これからも機会を見ては贈り物をしたいと思った。いつか、ティアの全身を僕の贈った物で飾り立てて欲しいものだ。
結婚式をうっとりと眺めるティアは、ティアも普通の女の子のように、こういう結婚式に憧れるのだと知った。「いつか」なんて言っていたけれど、僕達が結婚するのは来年だって分かってるかな?きっと、魔術学園を平穏に卒業する事で頭がいっぱいで、そこまで考えられていないのだろうな。
・・・そのうち気づかせよう。きっと、目を丸くして驚いて、その後顔を赤くするのだろう。そんなティアを想像するだけで笑みが零れる。
「カイン様、ご報告がございます」
「何?」
幸せすぎるティアとのデートを終えて自室に戻ると、護衛騎士のフェルナンが跪く。
「『彼』が動きました。シャルロッテ王女と接触を持っているようです」
「・・・とうとう動き出したか。そのまま『彼』を見張っていてくれる?何か動きがあれば報告を」
「はっ!」
フェルナンはスっと姿を消すようにいなくなる。その姿は護衛騎士というよりも暗殺者である。
元々僕とティアのデートを邪魔しないようにと身に付けた技術らしいけれど、その技術レベルは年々上がっている。リオレナール王国の第一王子の不祥事摘発時も大活躍してくれたし、『彼』の見張り役も見事にこなしてくれている。
頑張ってくれているフェルナンには何か褒美を考えた方がいいかもしれない。
それにしても、『彼』はシャルロッテ王女に接触したのか。
今まで動きが無かったから見張る程度にしていたけれど、あの王女様と組まれると少し厄介だな。
情報によると『彼』は知恵が回るタイプのようだ。あの身分だけは一級品の王女様なら使いやすいと考えたのかもしれないな。
「さて、どうするか」
来年、予定通りにティアと結婚する為に、準備しなければならない物も、片付けなければならない物もたくさんある。
僕は目障りな王女様と『彼』を片付ける計画を立て始める事にした。
お砂糖の時間〜ビターチョコレートを添えて〜