魔力枯渇5
コンコン、と玄関のノッカーの音が聞こえて目が覚めた。
・・・今は昼過ぎくらいだろうか。
起き上がって、ベッドの上でぼんやりとしていると、足音が近づいて来た。
「ティア、起きてるか?ツバキが来たんだけど」
「起きてるよ。どうぞー」
返事をすると、兄とツバキが顔を覗かせた。
「ティア、具合はどうだ?」
「だいぶ良くなってきたよ。ツバキは忠告してくれてたのに、こんな事になっちゃって、心配かけてごめんね」
「まったくだ。勘弁してくれ」
言葉とは裏腹にホッとした表情を浮かべるツバキに申し訳ない気持ちがつのる。
「ティア、昼過ぎたけど、ご飯食べられそうか?」
またおでこに手を当てて熱を測ってくれていた兄が首を傾げる。
「うーん、フルーツとかなら食べられるかも」
朝ごはんも食べたし、お腹はあまり空いていない。
「わかった。取ってくるからちょっと待ってろ」
そう言って兄が部屋を出て行くと、ツバキが心配そうに瞳を揺らして覗き込んでくる。
「食欲無いのか?やっぱりまだ本調子じゃないんだな・・・」
「あ、大丈夫だよ。風邪とかでもいつもこんな感じだから。朝ごはんは食べたし、今朝おばあちゃんにも今日一日休んでれば大丈夫だって言われたし!」
握りこぶしを作って、なるべく元気に振る舞うが、ツバキは暗い表情のままだ。
「ごめんな、あの日、俺が帰らずに傍にいれば止められたかもしれないのに・・・」
「え、ツバキが気にする事じゃないよ!私が考え無しだったからいけないの!」
「いや・・・俺が傍にいれば、ティアの魔力が枯渇してもその場で魔力を回復させられたんだ・・・熱は出ただろうけど」
「その場で魔力を回復・・・?」
そういえば、祖母は私に何をして助けてくれたのだろう?それは言っていなかったな。
「サクラ様から聞いていないか?一度魔力が枯渇したら、そのままでも回復はするが、時間がかかる。それこそひと月は眠り続けるぞ」
「ひと月?!私はそんなに眠ってないよね?」
兄は今日で4日目だと言っていたはずだ。
「ああ。それを他人の魔力を入れる事で魔力を回復するスピードを早めるんだ」
「人に魔力を入れるの?魔術具みたいに?」
そんな事が出来るのか、初めて聞いた。
「いや、人は魔術具じゃないからな。人に魔力を入れるには自分の魔力を暴走させ、溢れさせる必要がある。暴走をコントロールする術を身に付けている我が王家の血筋のものしか出来ないぞ」
「そうなんだ・・・あれ?でも、それをすると倒れるんじゃ・・・?」
研究室でツバキがそう言っていた気がするのだが・・・。
「魔力を暴走させたサクラ様も昨日まで寝込んでいたぞ」
「おばあちゃんごめん・・・」
祖母は何も言わなかったが、老体に無茶をさせてしまったのだと気づく。
「これに懲りたら、次からは魔力の残量を確かめながら魔術具作れよ」
「肝に銘じます・・・」
「そして、多く魔力を使う魔術具を作る時は俺がいる時にしろ」
「ご迷惑をおかけします・・・」
しゅんと項垂れると、部屋をノックする音が聞こえ、兄がカットフルーツを持って来てくれた。
持ってきてくれたフルーツを食べていると「そういえば」と声を上げたツバキが鞄を探る。
「ティアが倒れるまで作ってた魔術具持ってきたんだけど、どうする?いろいろ設定するんだろ?」
「ありがとう、ツバキっ!」
二つのケータイを取り出すツバキ。
よかったー、もう一台もちゃんと出来てたよ。
ちゃんと出来てたって事は、魔力節約タイプのケータイは私の魔力を6割も使うのか。気をつけよう。
「それがティアの作ってた魔術具?随分とシンプルで平べったいんだな?」
兄が不思議そうに覗き込んでくる。
「んふふ〜。すごいんだよ、これ。遠く離れた人にも声や文字、更に写真や動画まで送れちゃうんだよ。そして、本を読み込んで取り込む事も可能!」
「詰め込みすぎじゃねぇ?」
「ツバキと同じ事言うね」
「だから倒れるんだよ」
「うっ!正論が心に刺さる・・・」
くっ、と胸の辺りを押さえて見せると、兄とツバキは笑い出す。
「でも、せっかく持ってきてくれたツバキには悪いけど、今日は魔術具禁止な」
「あっ」
手の中の二台のケータイを兄に取られた。
「お兄ちゃん、魔力は使わないから!」
「ダメ。そう言いつつ何するか分からないのが、ティアだ」
「信用ゼロ!」
「自分の行いを振り返れよ」
「申し訳ございませんでした」
思えば8歳の時に街で倒れてから、兄には迷惑と心配をかけっぱなしである。
とても申し訳なくなったので今日は我慢する事にする。
「ははっ、相変わらず、ティアとニックは仲が良いな」
兄からケータイを受け取ったツバキは楽しそうに私達を見る。
「そうか?」
「ああ。うちとは大違いだ。ニックに心配かけないように、早く元気になれよ、ティア」
ツバキにぐりぐりと頭を撫でられる。
倒れてからいろんな人に撫でられる気がする。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るな。ティアもだいぶ元気になったみたいで、安心した」
「心配してくれてありがとう。・・・そういえば、今って学部別授業の時間じゃない?」
よく考えたら今はまだ昼間、授業時間だ。何故ツバキはここにいるのだろうか。
「今日の学部別授業は個別研究の日だろ?俺はティアがいないと暇だからな、抜けて来た」
「なるほど・・・?」
そういう場合は普通は自習をするんだけど、ツバキは違うらしい。それだけ心配してくれてたって事かな。
「じゃあ、体調が大丈夫そうだったら、明日は学園来いよな」
「うん。また明日ね」
「ん・・・」
また少し眠っていたみたいだ。
魔力を回復させるのに睡眠が必要なのかな・・・?
部屋の中でカタンと音がした。
「ティア、起きたの・・・?」
あ、この優しい声は・・・
「カイン・・・?」
ゆっくりと起き上がり、ベッドに座る。
「もう起きても大丈夫?何か欲しい物はある?」
心配そうにエメラルド色の瞳を揺らして覗き込んでくるカインに、私は頷く。
「熱も下がったし、大丈夫だよ。欲しいものは、あるけど」
「何?」
カインに向かって両手を広げる。
『抱きしめて欲しい』
「〜〜〜っ」
言わなくても伝わったみたいだ。
ぎゅうっと抱きしめてもらえると、カインの匂いに包まれて安心する。
「・・・すごく、心配したよ」
「うん、ごめん」
「ティアがいなくなっちゃうんじゃないかって、思って、怖、かった」
「うん、ごめんね。もう無茶しないから」
「約束だよ?僕、もうあんな風に冷たくなったティアを抱えるの嫌、だからね?」
「約束する。・・・デート、行けなかったね、ごめんね」
「そんなのいいよっ。また、予定立てて行こう?」
「ありがとう」
カインの背中に腕を回し、抱きしめ返す。カインの心臓の音が耳に心地よく響く。そのまま微睡んでしまいそうになる。
うとうととしかけていると、コホン!とわざとらしい咳払いが部屋の中に響いた。
「あー、お二人さん。俺の事忘れてねぇか?」
・・・・・・。
「・・・うわっ!アーサー、いつの間にっ!」
突然現れたアーサーに慌ててカインから離れる。
「いや、最初からいたけど・・・さては気づいてなかったな?」
「えっ、うん・・・。カイン〜!アーサーもいるんなら言ってよ!」
「僕がティアの誘惑に勝てるわけないじゃん?」
「誘惑っ?!・・・ち、違うもん、ちょっと甘えたかっただけだもん・・・」
アーサーに見られてた・・・恥ずかしくなって、顔が赤く染まる。せっかく下がったのにまた熱が出ちゃうかもしれない。
「でも、ティアが元気になって本当によかった」
そう言ったカインにまたぎゅうっと抱きしめられた。
「わわっ!カイン!」
アーサーがいるからと、ペチペチとカインの背中を叩くが、カインの抱きしめる力は更に強くなった。
「もうちょっとだけ。お願い」
少し震えるようなカインの声。そんな声出されたら、抵抗出来ないじゃないか。私もおずおずとカインの背中に手を回す。
「いっぱい心配かけてごめんね。カインの好きなだけ抱きしめて?」
「・・・うん」
アーサーは、やれやれと肩をすくめると、「俺、ちょっとニックの所行って来るなー」と言って部屋を出ていった。
カインとアーサーには改めて、ごめんなさいと、ありがとうを伝えた。