魔力枯渇4
身体が冷たい、まるで氷漬けにされているみたいに動けない。
自分の意思で身体が動かなくなる感覚。体温が無くなっていく感覚。そういえば、前世で事故で死んだ時はこんな感覚だった気がする。
仕事に疲れていた前世の私は、乙女ゲームが唯一の救いで、癒しで、甘い台詞にキュンキュンすると嫌な事を忘れられた。家に帰ったらゲームの続きをしよう。今度はノーマルエンドを目指そうかな。なんてぼんやりと考えながら車を運転していたら、仕事とゲームで溜まっていた寝不足の限界が来てしまったらしい。ふっと意識が無くなって、大きな衝撃が来た。
私、また死ぬのかな。今回の人生もまた短命だ。
・・・嫌だなぁ。まだ、平凡ライフを手に入れてないのに、カインと結婚できてないのに。カインと結婚して、一緒に暮らして、そのうち子どもとかできて、子育てに苦労しながらも一緒に笑いあって過ごして、子どもが成長したらまたカインと二人でのんびりと暮らす。そんな平凡で、最高な幸せ、手に入れたかったなぁ。
そう思って諦めかけていたら、外から急激に熱が入ってきた。
異物感に身体が拒否反応を示すが、今の私の身体はその熱を押し返す力は無いようだ。その熱は身体の隅々まで行き渡ると、ゆっくりと消えていった。
その代わり、冷えきっていた私の身体が急激に発熱を開始した。
今度は身体が熱くて、苦しい。
「・・・」
熱くて、苦しくて、ゆっくりと目を開けると、視界に映ったのは見慣れた部屋の天井で。
ベッドの横で私の手を握りしめながら俯く人物が一人。
「カイン・・・」
随分と嗄れた声が出た。
そんな声でも彼の耳には十分聞こえたらしい。
カインは勢いよく顔を上げると、ひどく安堵した表情を浮かべた。
「ティア・・・!目が覚めたんだね!」
・・・私、どうしてたんだっけ?
身体が熱くて頭が痛い。考える気力が湧かない。とりあえず・・・
「お水、欲しい」
素直な要望だけ口にすれば、カインは嫌な顔一つせず立ち上がった。
「すぐに持ってくるよ」
カインの持ってきてくれた水を飲むと、頭も少し冷えてきて、記憶が蘇る。
そっか、私、魔力を使いすぎて倒れたんだ。ケータイを作っていて、魔力を大量に持っていかれて、止めないとって思った時には手遅れで、意識を失った。
魔力が少なくなってもすごくダルくなるくらいかと思っていたので、こんな事になるなんて思わなかった。
「ティアが起きたって?!」
バンッと大きな音を立てて部屋のドアが開かれる。
う・・・頭痛い。
「ニック、もう少し静かにして。ティアはまだ熱があるんだから」
「悪い」
部屋に入ってきた兄は、カインに支えられながら水を飲む私を見て表情を緩める。
「よかった・・・具合はどうだ?」
「ん・・・。身体がダルくて、頭も痛い」
「熱は?」
兄が私のおでこに手を当てて、眉をひそめる。どうやら熱は高そうだ。
「・・・もう少し、眠るね」
熱があるからだろうか。猛烈な眠気が襲ってきて、再びベッドに横になる。
「おやすみ、ティア」
頭を優しく撫でてくれる手が気持ちいい。
私は再び深い眠りについた。
次に目が覚めたのは優しい陽の光が差し込む朝だった。
だいぶん、身体が楽になってきている。
ゆるりと起き上がった私は、サイドテーブルに置いてあった水を飲み干す。壁伝いに立ち上がると、少し身体がギシギシするが、歩けない程ではない。そう判断し、ゆっくりと歩いてリビングへ向かった。
「ティア!起き上がって大丈夫なのか?」
リビングには兄がいて、私の姿を見るなり駆け寄って来てくれた。
「うん、気分もスッキリしてるし、身体も動くようになってきたよ」
兄が私のおでこに手を当てる。
「うーん・・・まだ完全には下がってないと思うぞ。とりあえず、今日一日は絶対安静な」
「わかった」
「何か食べられそうか?」
「食べるっ」
元気よく返事をすると、兄は笑って頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。
「あら、ティア。もう起きても大丈夫なの?」
「おばあちゃん」
兄の作ったスープにパンを浸しながら食べていると、祖母がやって来た。
祖母は私の身体をペトペトと触って診察してくれた。
「だいぶん魔力も回復しているわね。今日一日ゆっくり休んだら、明日からまた学園に行ってもいいわよ」
「わかった・・・って、明日、学園?・・・私、何日寝てたの・・・?」
私の記憶では明日は休日のはずなのだが。
首を傾げる私に答えてくれたのは兄だった。
「3日だぞ。今日で4日目」
・・・3日? 今日が4日目って事は・・・
「カインとのデートが・・・!!」
デートの約束の日はとっくに過ぎている事にショックを受ける。
嘘でしょ・・・すごく楽しみにしてたのに。
「一番に心配する事がそれか・・・?」
「ティアらしいわね」
兄と祖母は苦笑するが、私にとっては一大事だ。
デートでカインに渡す魔術具作ろうとして、倒れて、デートすっぽかすって・・・本当に何やってんの私。
後でカインに謝らなくては、全力で。
うん、と一人で頷いていると、祖母が私の正面に座り、真剣な表情になる。
「ティア、聞いて。今回貴女はかなり危険だったのよ。魔力を限界まで使い切っていたの、生命活動を維持出来ない程にね」
「――――っ!」
「カインくんとアーサーくんが血相を変えてわたくしの所に連れて来てくれなかったら大変な事になっていたかもしれないのよ。・・・何を作ろうとしたのかは知らないけれど、自分の魔力を過信せずに、ちゃんと限界は見極めなさい。貴女の身体はわたくしと同じで、魔力を制御出来ないのだから」
「・・・ごめんなさい」
熱が出て苦しかったし、身体が冷えきっていた時は死ぬかもと思ったのは覚えているが、本当にそんなに危険な状態だった事は知らなかった。
ツバキの話を聞いていたのに、大丈夫だろうと過信して魔術具を作ろうとした私が悪い。周囲にもたくさん心配をかけたのだろう。
しゅんと落ち込むと、兄がぽんぽんと頭を撫でてくれた。
「次から気を付けてくれればいいさ。カインもアーサーも、あとツバキもすごく心配してくれてたから、元気になったら、謝っておけよ」
「ツバキも?」
「ティアが倒れる前、最後に一緒にいたのがツバキなんだって?自分があの時帰らなければって後悔してたから、謝っておけ」
「・・・うん。わかった」
カインにもアーサーにもツバキにも本当にたくさん心配をかけたみたいだ。ちゃんと元気な姿を見せる為に、まずはしっかりと熱を下げよう。
食事を平らげた私は、再びベッドに入って眠りについた。