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国王陛下来訪1

「今度ティアの家に遊びに行ってもいいですか?ティアのお祖母さんもいてくれる日がいいのですが・・・」


 ニコラスにそう言われたのは春季休暇に入る直前だった。


 ニコラスは王太子になってから遊びに来る回数は減りはしたが無くなりはせず、たまに遊びに来ては私や兄とおしゃべりしたり、一緒に料理を作ったりする事もあった。


 私もニコルとして接するニコラスは気兼ねなく話せるし、弟みたいで可愛いと思っている。


 祖母もいる時がいいというのは珍しいが、ニコラスは以前、私とカインがシヴァンに贈ったプリザーブドフラワーに興味を持っていたので、祖母に教えてもらいたいのかもしれない。


 そして今日はそのニコラスが家に来る日である。



「ニコル、いらっしゃい・・・そちらは?」


 玄関のドアを開けると、ニコラスともう一人、男性が一緒に立っていた。男性は深くかぶっていた帽子を少しずらして顔を見せた。


「こんにちは、入れてもらっても良いかい?」

「こっ、――――ぅえ?!」


 しーっとニコラスが口に指を立てるのでどうにか言葉を飲み込む。


 ・・・どうして、国王陛下が家に来るのー?!



「ど、どうぞ・・・」


 二度目の陛下との邂逅にかなり引きつった笑顔だったと思うが、ニコラスと陛下をリビングに案内する。


「お、ニコル。・・・その人は?」


 リビングのソファーで寛いでいた兄がニコラスと共に現れた中年の美丈夫を見て首を傾げる。


「ニック、お邪魔します。こちらは僕の父です。いきなり連れて来てしまってすみません」

「あ、初めまして。ニックと言います。ニコルとはいつも仲良くさせてもらって・・・」


 立ち上がって挨拶をした兄は中途半端な体勢のまま、そこでフリーズした。


「・・・ティア」

「何?」


 ギギっとロボットのように首だけを私に向ける兄。


「ニコルはたしか、王太子じゃなかったか・・・?」

「そうだね。ニコラス王太子殿下だよ」

「じゃあ、その父親は・・・」

「国王陛下だね」


 ザッと兄が顔色を無くす。


「大変失礼いたしました、陛下。ニコラス殿下と懇意にさせて頂いております、ニック・アタラードと申します」


 おお。さすがは兄だ。咄嗟ながらも完璧な礼をする。


「ニコラスの父でルドルフ・サクレスタという。お忍びで来ているので、そんなに恐縮しないでもらえるとありがたいのだが」

「そういう訳には・・・」


 陛下は苦笑するが、平民の私達に陛下の前で恐縮するなと言う方が無茶である。


「突然来たこちらが悪いのです。いつも通り、ニコルと呼んでください」

「・・・頑張るな」


 顔を上げた兄は遠い目をしていた。


 お兄ちゃん、気持ちはすごく分かるよ。私も今全力ダッシュで逃げ出したい気分だから。



 家の小さなリビングのソファーに座る国王陛下と王太子殿下。

 帽子を取った陛下は平民の格好はしているが、輝く銀髪や威厳のある出で立ちで、全く忍べている気がしない。一般的な平民の家にいると違和感しかない。


 いったい何故こんな平民の家に突然陛下が来るのだろうか。心臓に悪すぎるのだが。

 いや、本来ならば王太子が来る事もおかしいのだが、そこはもう出会いが出会いなので、慣れてしまっている。


 兄がニコラスと陛下にお茶を入れて持ってくると同時に祖母もリビングにやって来た。


「あら、ニコル、いらっしゃい。それから・・・もしかして、ルドルフかしら?懐かしいわね」


 おばあちゃん、陛下を呼び捨てた・・・!


 祖母の顔を見た陛下はソファーから降りて跪く。ニコラスも陛下に続いて跪いた。


「サクラ様。お久しぶりにございます。私の息子がいつもお世話になっております」

「いいのよ。ニコルはとても可愛いのよ。それにしてもルドルフ、貴方、成長したというか、老けたわねぇ。まぁ、わたくしもだいぶん、おばあちゃんになったと言う事ね」

「私がサクラ様と最後にお会いしたのはもう30年以上も前になりますので・・・」


 国王陛下に跪かせた・・・!

 おばあちゃんがリオレナール王国の元王女なのは知っているけれど、陛下との関係はそんな感じなの?!おばあちゃんすごっ?!


 私と兄は開いた口が塞がらず、祖母と陛下のやり取りを見つめる。


「ルドルフもニコルも、普通にしてちょうだい。今のわたくしは平民なのだから。それより、せっかくニックがお茶を入れてくれたのよ。温かいうちに飲みましょう。ニック、ティア、あなた達も座りなさい」

「はい・・・」


 ソファーに座ってお茶を飲みながら、祖母と陛下は少し昔話をしてくれた。


「わたくしがまだリオレナール王国の王女だった頃にね、サクレスタ王国の前国王陛下と懇意にさせてもらっていたのよ。その時にまだ幼かったルドルフとも交流があったの」

「父は躍進的な医療革命を起こすサクラ様をとても気に入っておりましたから、私は本当に幼かったのでほとんど覚えておりませんが、父からはサクラ様の事をいろいろと教えてもらっていました」


 父からも聞いてはいたが、祖母は王女だった頃は特に医療に力を入れて国を改革していっていたらしい。それは隣国であるサクレスタ王国でも評判で、祖母を気に入ったサクレスタ王国の前国王陛下と祖母は仲が良かったのだとか。


 祖母と陛下が懐かしそうに話す話の内容には関係無いけれど、陛下は卒業記念パーティーでの威厳ある出で立ちはレオンハルトのように堂々たる態度だと思ったけれど、祖母と話す陛下はニコラスのように丁寧で物腰が柔らかいと思った。


「ええ。前国王陛下には本当に良くして頂いたわ。駆け落ちして身を隠すのにも協力してくださったのよ」

「サクラ様の隠居の件は父が内密に動いておりましたので、私も聞かされておりませんでしたが・・・先の卒業記念パーティーでティアさんを見て、とても驚きました」



「私・・・ですか?」


 陛下の話にいきなり私の名前が出て来て戸惑う。


「ティアはわたくしの若い頃にそっくりだものねぇ。昔の姿絵でも残っていたのかしら?」

「はい。父がよく見せてくれたサクラ様の姿絵に瓜二つのその容姿に多量の魔力の平民。確実にサクラ様の血縁だと思いました。・・・今、ティアさんは政治的にいろいろと巻き込まれつつあります。なので今回、ティアさんを始めアタラード家の皆さんの話を聞きたいと思い、息子と共に挨拶に参りました」


 陛下の金色の目が昔話を懐かしむものから、為政者の目に変わった。

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