降格2:ツバキ視点
「それはまた、とんでもない事になりましたね」
「しらばっくれるな!お前が全て計画したんだろう!俺を陥れる為に!」
「何度も言いますが、俺じゃないです。そんな事よりいいんですか?こんな所に長居して。この事が父上に知られたらシキミ兄は確実に居場所を無くしますよ?」
まぁ、きっともう知られているだろうけど。
国に報告すると言いながら同時刻くらいに報告は既にいっているはずだ。・・・アイツなら確実にそうするだろう。
急激に顔色を悪くしたシキミ兄は俺の護衛の手を振り払い、慌てて出て行った。
「・・・やっと静かになったな」
それにしても、困ったな。シキミ兄というリオレナール王家の不祥事をサクレスタ王国に指摘され、収束された事により、リオレナール王国はサクレスタ王国に借りが出来た事になる。
今までは絶対的に上の立場にあったリオレナール王国の立場が揺らぐ。
ティアの事だって、サクレスタ王国側に命令して婚約を解消させ、ティアをリオレナール王国へ連れ帰る事だって出来たのだ。・・・できればそんな無理矢理な事はしたくはなかったが。
だが、今回の件でそんな無理矢理な事は出来なくなった。
シキミ兄の不祥事、確実にカインが動いたな。
ティアを王太子の婚約者候補から外す為だろう。
最近、俺の事はたまに嫌味を言われるくらいで、深く関わって来なくなったと思っていたら、先にそっちを片付けていたらしい。ついでにリオレナール王国に借りを作らせ、俺にも動きにくくさせるときた。
シキミ兄も馬鹿じゃない。裏組織との繋がりだって上手く隠蔽していたはずだ。父上がまだ繋がりの証拠を見つけられていなかったのだから。
どんな手を使ったのかは知らないが、この短期間でシキミ兄を確実に潰せるだけの証拠を揃えたのだ、恐ろしい男だと思う。
『冷血の狼』、誰が言い出したのかは知らないがピッタリすぎる二つ名だ。邪魔だと判断した者は容赦なく陥れて食らいつく。まるで飢えた獣のようだ。
ティアの事を諦める気はまったくないが、カインは敵としては厄介過ぎる相手だ。
・・・本当に、ティアはとんでもないものに捕まったな。
これからどうするかと思考の海に沈んでいると、ティアの周囲を監視させていた側近の一人が戻ってきた。
「どうした?」
「ティア・アタラードが一人で出かけました。その後を追う不審な人物がおります」
「すぐに出る」
俺は急いで支度すると、ティアが出かけたという市場へと向かった。
「おや、ティアちゃん。今日は一人かい?珍しいね」
「今日は皆仕事だからね。おばさん、じゃがいもと玉ねぎ5個ずつちょうだい」
「はいよ」
市場に来ると、呑気に買い物をするティアを見つけた。しかし、その後をこっそりと追う黒い外套を纏った男。
明らかに挙動不審で、爪を噛みながらブツブツと何かを呟いているようだが、内容は分からない。
俺は隙を見て男の手を掴むと、裏路地に引っ張り込んだ。
「なんだっ?!」
男はナイフを持っていたらしい。驚いた男はナイフを振り回して抵抗してきた。正面から見た男の顔は青ざめていて、目の焦点は合っていない。
「何が目的だ?」
低く問い質すとナイフを構えた男はブツブツと呟く。
「あの女を――――、オレは、解放され――――オレは・・・」
・・・シキミ兄に利用された男だな。何か弱みでも握って良いように使っていたに違いない。ティアを襲わせて、シキミ兄が助けに入る予定だったか。
まぁ、もうそのシキミ兄はいないのだが。
男が雄叫びを上げて向かってこようとするので構えたが、男の後ろから何か衝撃が走ったようだ。フラ・・・と倒れた男は気絶した。
「まったく、手間をかけさせる・・・あれ?ツバキ王子?」
「・・・アーサー?」
男の後ろから現れたのは魔術学園で同じクラスのアーサー・ラドンセンだった。
「どうしてこんな所に?お怪我は?」
気絶した男を縛り上げ、騎士団に引き渡したアーサーは俺を見て首を傾げる。
「問題ない。アーサーこそ何故こんな所に・・・カインの指示か」
「まぁ、そんな所です」
いつもティアとカインと一緒にいるアーサーだ。カインの計画の協力者なのだろう。シキミ兄の計画を阻む為にティアの護衛をしていた感じか。
先程シキミ兄はずっと俺を疑っていたが、確かに俺もシキミ兄の不審な行動に気づいてティアが王太子の婚約者候補になるのを阻止しようとした一人だ。
だから俺は、ティアを守る為にシキミ兄とティアの接触をなくすように動いた。
だがカインは、根本であるシキミ兄を陥れ、そもそもティアにシキミ兄の存在すら知られないように動いたのだ。
「・・・カインはいつからこの計画を?」
「さあ?俺もカインの頭の中はよく分かりません。俺はカインの頼みを聞くだけですから」
「この国は魔力量を重要視するのだろう?何故、身分も実力も魔力もあるアーサーが魔力の少ないカインに協力する?」
「もうこの国に、カインの魔力が少ないと馬鹿にする奴はいませんよ。それに、カインとティアは大切な友人ですから、幸せになって欲しいのです。・・・邪魔者を消す手伝いならいくらでも」
「――――っ」
アーサーのほの暗い瞳にゾワッと身の毛がよだつ。
「では、そろそろ戻りましょう、ツバキ王子」
「・・・ああ」
いつもの明るい表情に戻ったアーサーは表通りに向かって歩き出す。
・・・牽制、という訳か。
このままティアに手を出すなら次はお前だぞ、という事だろう。
「ふん、やってやろうじゃん」
このまま負けたままじゃいられない。国同士の駆け引きは複雑でいろいろとあるが、ティアに関しては、ティアが俺を選べば勝ちなのだ。
ティアは俺の妃にする。『冷血の狼』になんて渡すものか。