対立
現在、私はカインとツバキの三人でリビングでお茶を飲んでいる。
「お、美味い。ティアはお茶を入れるのも上手くなったんだな」
「一応、喫茶店の娘だからね。練習したの」
向かいに座るツバキが私の入れたお茶を褒めると、隣のカインが私の肩を抱く。
「ティアは僕と出会ってからお茶を入れる練習を始めたんだよね?」
「う、うん。カインに美味しいお茶を飲んで欲しくて・・・」
ツバキはずっと貼り付けたような笑顔だし、カインは私に話しかける時だけ笑顔で他は無表情だ。挟まれる私はとても居心地が悪い。
「それにしても、驚いた。貴族であるカインが婚約者といっても平民の家まで訪ねるような事をするとは」
「ええ、僕も驚きました。ティアから関係は聞いてはいましたが他国の王族が伴も付けずに平民の街まで歩いて来るなんて」
ああ、始まった。
ツバキとカインの凍えるようなやり取りに、ブルりと震える。せめて喧嘩しないようにどうにかならないだろうか。
・・・こうなったら無理矢理話題転換だよ!
「ケラヴィンしようよ!」
「え?」
「は?」
ケラヴィンとは、この世界のゲームの一つで、チェスや将棋のように王を取ったら勝ちの1対1で行うボードゲームだ。駒はキングやクイーン、ナイトの他にヴィザード(魔法使い)があるのが異世界らしいが。
純粋に二人の意識をお互いから逸らしたいのと、一度本気でぶつかり合えば男の友情のようなものが芽生えないかな、という打算もあったりする。
突然の提案に戸惑う二人を他所に私は棚からケラヴィンを取り出しテーブルに置く。
「ね?三人いるから、総当り戦にしようよ!ね?ね?」
ツバキとカインを懸命に誘うとふっと二人の空気が緩んだ。
「何考えてるかスゲー分かりやすいけど、乗ってやるよ」
「僕が勝ったらティアから何かご褒美でも貰えるなら、頑張ろうかな」
「ごほーび?・・・えっと、昨日クッキー作ったんだけど、それでもいい?」
今日のおやつタイムに出そうと思って昨日クッキーを焼いたのだ。確かに、何か褒賞があった方がやる気も出るだろう。
「やる気出たよ」
「よし、絶対勝つからな!」
おお、クッキーでやる気になってくれたよ!二人ともお腹空いていたんだね。
「じゃあ、私が勝ったら、ケーキ食べたい!」
「うん。今度買ってくるよ」
「そうじゃなくて、勝負に勝ったら!ご褒美に!」
「今度来る時はケーキ買ってくるな!」
「そうじゃなくて!私が勝ったら!」
別にケーキを強請ってるんじゃなくて、勝ったら貰えるご褒美として言っているのだが。
「「ティアには無理」」
「酷いっ!」
なんでそこは揃ったの?!実は既に仲良いの?!
むー。こうなったらカインにもツバキにも勝ってやる!もうクッキーあげないんだからね!
――――
――――――――
「うっわ。マジでお前ひねくれてんなー。そう来るかー・・・」
「ツバキ王子こそ、王族ならばもっと正々堂々とした手を使っては?」
「馬鹿正直にそんなのやってたら勝てないだろう」
「勝つためなら手段を選ばないと?」
「カインにだけは言われなくねぇな」
カインとツバキは言い合いながら駒を進める。私から見るとツバキが勝っているように見えるけれど、二人の言い方からして裏で激しい争いがあるのかもしれない。
ちなみに、私はカインとツバキの二人に一瞬で負けた。いつの間にか身動き取れなくなってたんだけど、どゆこと?
ツバキはともかく、カインと普段ケラヴィンで遊ぶ時はそれなりにいい勝負が出来ていたのに、あれは手加減をしてくれていたんだなー。よく考えたら私がカインに頭で勝てるわけないじゃん。今日は容赦無かったけど。
「・・・カインはリオレナール王家とティアの関係は聞いたのだろう?ティアと婚約解消する気はないか?サクレスタ王国の侯爵家次男に我が国の王族は荷が重いだろう」
カツン、と駒を進めながらツバキがとんでもない事を言い出した。
「いいえ。全く。ティアはサクレスタ王国の平民ですよ。僕と結婚するのに何の支障もありません。絶対にティアとの婚約は解消しません」
カインもまた駒を進めながらツバキに返答する。ツバキが少し眉を寄せたので、何か嫌な手だったのかもしれない。
「知っているだろう、婚約は王命があれば本人達が何と言おうと解消せざるを得ない。まぁ、国王がそんな命令を下すことは滅多に無いが。もしかしたら近いうちにその珍しい例が見れるかもな」
「ええ、知っております。陛下がそんな命令を下すことは有り得ませんけどね。その例が見れる事は無いでしょう」
ああ・・・空気が凍えそう。
カツン、カツンという駒の動く音が妙に大きく聞こえる。
言い争いながらボードゲームをするという器用な事をしている二人は、仲良くなんてなれそうにない。本気でぶつかって友情を築くどころか逆に溝を深めてしまった気がしてならない。
どうしようかと頭を抱えていると「ただいまー」という兄の声が聞こえた。
どうやら買い物から帰ってきたようだ。第三者である兄ならばこの空気を何とかしてくれるのではないかと思い、玄関に行って兄を出迎える。
「お兄ちゃん!おかえり!」
「お?なんかやけに嬉しそうだな?どうした?」
「今、ツバキが来てるの。カインも一緒だから、相手をお願いしてもいい?」
「ツバキ・・・?ってあのツバキ?!」
兄や家族にツバキが留学生として学園にやって来た事は話してあるが、突然の事態に兄も驚いているようだ。
「そう!私は皆のお茶とお茶菓子持ってくるね。あ、買い出しの荷物も片付けておくから!」
「え?わかった・・・?」
未だ状況が飲み込めない兄から買い物袋を奪い取り、リビングへと送り出し、私はキッチンへと向かった。
「ティア、手伝うよ」
キッチンで荷物の片付けとお茶菓子の準備をしていると、カインがひょっこりと顔を出した。
「あれ?ツバキは?ケラヴィンはどうなったの?」
「残念ながら引き分けだったよ。ツバキ王子は、ニックが来たからそっちに任せて来た。お皿出すね?」
いろいろな攻防があったようだが、ケラヴィン勝負は引き分けに終わったらしい。カインと引き分けるツバキもすごく頭が良いのだな。
勝負が引き分けだったならと、クッキーはカインとツバキの両方の皿に盛る。
「・・・ねぇ、カイン」
「ん?どうしたの?」
「ツバキへの態度、もう少し柔らかくならないかなって・・・ほら、一応他国の王子様だし?」
「無理。僕、彼嫌いなんだよね」
「だよね・・・」
うん、ほら、私はカインとツバキに挟まれる事が多いから、いたたまれないというか、ね?カインは私を案じてくれてるのだろうけど、私としては二人が仲良く出来たらカインの心配も無くなるかなーとか、ツバキもカインを認めてくれるかなーとか思うんだけど。一応聞いたけどやっぱりダメだったね。
「そんな事を言い出すなんて、ティアはまだ物足りなかったのかな?」
「え?」
カインに手を引かれて振り向くと、クイッと顎を持ち上げられ、カインの顔が近付いてきた。・・・キスされるっ
「ちょっ、待って!もう十分だから!」
ここでさっきみたいなキスされたら立てなくなってしまいそうだ。カインの口を手で塞いでガードする。
「・・・そう?残念」
言葉とは裏腹に残念そうな雰囲気もなく、クスリと笑ったカインが私から離れる。
か、からかわれた・・・!
「うぅ、カインの意地悪・・・」
「ごめんね、ティアの反応が可愛くって・・・こんな僕は嫌い?」
「・・・好き」
私は結局、優しくても意地悪でも、どんなカインでも大好きなのは変わらないのだ。カインは嬉しそうに笑った。
「お待たせー」
「お、ありがとな」
私とカインがリビングに戻ると、兄とツバキは楽しそうに談笑している所だった。
「楽しそうだね、何の話?」
お茶菓子と紅茶のお代わりをテーブルに並べる。
「ティアの小さい頃、あの天井の染みを見て幽霊がいたって叩き起された事があったなーって話」
そう言って天井の染みを指差すツバキ。
「もう忘れてー!」
そんな前世の記憶を思い出してもいない小さい頃の黒歴史は今すぐ忘れて欲しい。
そもそも、あれは寝る前にツバキのお姉ちゃんが怖い話をしてくるからで・・・!
幽霊だーって大騒ぎして、ただの染みだって言われた後も怖くて一緒に寝てもらったとか、今になって思い返せば恥ずかしすぎる!
「あの時のティアはなかなか可愛かったぞ?『ツバキと一緒に寝る!』って聞かなくてな」
「勘弁して・・・」
ケラケラと楽しそうに笑う兄とツバキに、今すぐここから逃げ出したくなる。
「ティアは幽霊苦手だっけ?」
クッキーを食べながら話を聞いていたカインが首を傾げる。
「苦手っていうか・・・小さい頃は幽霊を見たら幽霊に連れてかれるとか言われてたから、怖かったというか・・・今はそんなの信じてないし、大丈夫だよ!」
「あー、『ツバキは私が守るからね』とかも言ってたもんな」
「言ってたな」
「本当に勘弁してください・・・」
兄とツバキの二人からからかわれ、ガックリと項垂れる。
「あれ?ティア、それどうした?」
クスクスと笑っていた兄が私を見てキョトンとした顔をする。
「それって?」
「ほら、この辺、首のとこ。何か赤くないか?」
兄が自分の首をトントンと示す。
「首?・・・あっ!」
兄の指し示す首を触ってみて思い出した。
カインのつけた痕!自分で確認出来てなかったけど、しっかり痕がついているようだ。チラリとカインを見れば、顔を逸らして口元を隠している。・・・むぅ。
兄はそんなカインに気づかないのか、心配そうに私の首元を覗き込もうとする。
「湿疹とかか?ちょっと見せて――――」
「虫!虫に刺されたんだと思う!ちょっと痒かったんだよね!」
近づく兄に見られないように手で首を隠してガードする。
「虫?こんな真冬にか?」
「随分と無粋な虫だな。なぁ、カイン?」
疑問符を浮かべる兄とは違い、ツバキはカインの態度に気づいたのだろう。眉間にシワを寄せ、不機嫌そうにカインを見る。
「そうですね、僕のティアに悪い虫が寄ってこないようにしないといけませんね」
いけしゃあしゃあと答えるカインは、私を軽く抱き寄せて首元をつつっとなぞる。
「――――っ」
カインに痕を付けられた時の事を思い出し、体がピクリと反応して、かあぁぁと顔が赤くなる。
兄はそんな私達のやり取りで何かを察してしまったらしい。
「ほどほどにしとけよ?」
と苦笑されてしまった。せっかく誤魔化したのに・・・恥ずかしい・・・。
「・・・」
ツバキはずっと不機嫌そうな表情でそっぽを向いていた。




