弟の受難:シヴァン視点
トン、トンという音が連続的に響く部屋の中。
僕はソファーに腰掛け、まったりと紅茶を嗜む。少し甘みのある今日の紅茶は気分を落ち着かせてくれる。
「・・・カインも、紅茶でも飲んで気を休めたらどうだ?」
執務机で頬杖をついて机にペン先を打ち付けているだけの部屋の主に声を掛ける。
「・・・」
返事は無く、不機嫌さを隠そうともしないカインは変わらずペン先を机に打ちつける。
・・・聞いていないな。
僕はふぅと息を吐き紅茶を口にする。
カインがこんなにも不機嫌な理由は分かっている。リオレナール王国、第三王子のツバキ王子が魔術学園に留学生としてやって来てからだ。
そもそもカインは、夏季休暇にティアに近づく要注意人物として警戒していたレオンハルトを追い落としてからはずっと機嫌が良くて、ティアといるカインは幸せそうで、僕としても計画に協力した甲斐はあったと満足していた。
まぁ、協力と言っても、僕がしたのはティア達と旅行に行き、ティアやニコラス殿下を王都の事件に巻き込まないように事件を耳に入れないようにする事くらいだが。
その平穏が数日前、リオレナール王国からやって来たツバキ王子によって壊される事になる。
まだ外交に不馴れなニコラス殿下と交流を持つために来たはずのツバキ王子は早々にカインの婚約者であるティアに目を付けたようで、ティアに接触し、魔術学部を選択し、ティアの助手にまでなったらしい。
そして、ティアはレオンハルトの時のように強くツバキ王子を拒んだりはしていない。近づかれると嫌そうにはしているが、ある程度受け入れている。むしろ嫌そうにするのが逆に仲良くも見える。それが余計に、独占欲の強いカインの神経を逆撫でしているのだろう。
ふと、連続的に続いていた音が止まった。
「リオレナール王国・・・兄様、昨年先輩の手伝いでリオレナール王国について調べてたよね?」
「うん?そうだが?」
「残ってる資料、全部ちょうだい」
「・・・かまわないが。カインも学園に入ったくらいからよく調べてたんじゃないかい?大体は知っている事だと思うのだが?」
「それでもいい。何か少しでも情報が増えればそれでいい」
「わかった」
リオレナール王国、建国は150年程前の比較的新しい国だ。
昔、国内で多くの内乱が起きていた時代に異民族の冒険者達が次々と民を纏めて建国したのが今のリオレナール王国だそうだ。国力も高く、高度な文明を持つ国で、サクレスタ王国がリオレナール王国に勝っているのは魔術研究くらいだろう。そんな大国の王子が留学生としてやって来る事自体は素晴らしい事なのだが。
リオレナール王国は平民や貴族の大多数は魔力が少ないらしい。しかし、元々異民族の王族だけは特別魔力が多いのだとか。ツバキ王子も特別魔力が多く、リオレナール王国の王族らしいと思った。
しかし、ツバキ王子の見た目には驚いた。黒い髪に黒い目。この国ではティアとその家族くらいしか見た事がない色彩。整った顔立ちもどことなくティアに似ている気がした。
「今学園ではティアはリオレナール王国の王族と繋がりがあるのではないかと噂になっているよ。まあ、珍しい黒髪黒目に多量の魔力、そして何かと平民のティアに絡む王子、これだけ条件が揃っていればそう思うね」
「そうだろうね」
魔力の量はたいてい遺伝だ。突然変異という事も無きにしも非ずだが、ティアが魔力測定の魔術具を破壊した時に、もしかしたら貴族の血縁なのではないかと疑った。それもかなり高位な。そこで浮上したのがリオレナール王家だった。ティアはパーティーでまだサクレスタ王国では生産されていない生地のドレスを着ていて、そこを辿ればかの国に行き着いた。しかし、そこまでだった。
他国の情報は入り辛いし、王族の姿なんて見る機会がない。ティアにリオレナール王国の話題を出しても大した反応は返って来なかった。これは推測の域を出ないままだったのだが。
「カイン、これだけ大きな噂になって、ツバキ王子は何が目的だと思う?」
ツバキ王子がやって来た事で、ティアのリオレナール王家の血縁説が確信に近くなった。ただ、大国の王子が留学してきてまで動いた理由は何だろうか。
「・・・もし本当にティアとリオレナール王家に繋がりがあるのなら、その繋がりをサクレスタ王国に見せ付けているんだろうね」
「そうだね、もしティアがリオレナール王国の王族に近しい者ならば、今の平民という立ち位置はあちらは気に食わないだろうしね」
ティア本人は何とも思っていなくとも、国を纏める王族としては自国の王族が他国で平民扱いされているのは許容出来ないだろう。ティアの扱いを改めろという圧力をかけてきているのかもしれない。
「そうだね。でも僕はね、まるで自分がティアを守るんだと思っていそうなあの態度が気に食わないよ。ティアは僕のなのにね」
はっ、と嘲笑するカイン。
その顔、ティアの前では絶対にしないんだろうなーとか関係ない事を考える。
「ふうん・・・もし、リオレナール王国がティアを王族として扱おうとしたらどうする?」
リオレナール王国はサクレスタ国にとって存在が大きすぎる。もしもティアがリオレナール王国の王族として扱われるのなら、魔力の少ない侯爵家次男の婚約者というのはあちらが認めるだろうか。もし、婚約解消の圧力をかけられればそれに逆らうのは難しいだろう。
「僕のやる事は変わらないよ。ティアは僕のお嫁さんにするんだ。絶対に手放したりしない」
なにがなんでも手に入れる。カインはティアに関しては強欲だ。何を考えているのかは知らないが、何か策を張り巡らせるのだろう。ティアを確実に手に入れる為に。
ティアもティアで、自国の王子に口説かれようが、他の男に気に入られようが、婚約者のカインしか見ていない。こんな二人に割り込もうだなんて無粋な事を考える奴もいるものだな。僕は負け戦なんて御免だね。
「そう言えば、知っているかい?春からもう一人、留学生が魔術学園に来るそうだよ」
「たしか、ニコラス殿下の婚約者候補の一人だっけ?」
「らしいね。ネルラント王国の王女様だって」
「ネルラント王国か、そんなに大きな国じゃないけれど、最近交流は増えてるもんね」
今まで婚約者のいなかったニコラス殿下の婚約者候補が何人か上がっているらしい。来年やって来る王女様もその一人なのだとか。
僕は卒業してしまっているが、来年度はリオレナール王国王子とネルラント王国王女と自国の王太子が同時に魔術学園に通う事になる。国としてもこの三人の交流を増やしたいのだろう。カインも大変な一年になりそうだな、と他人事ながら思った。