助手ができました
「ティアさん、少しお時間よろしいでしょうか?」
「はい?」
今日の学部別授業は個別研究の日だ。エリクから受け継いだ研究室に向かって歩いていると、ナディック先生に呼び止められた。
「申し訳ないのですが、ティアさんの助手に付けて頂きたい方がいるのですが・・・」
「助手ですか?」
学部別授業には3年生が2年生を1人に助手する事が出来る制度がある。しかし私はまだ2年生なので、助手を付ける事は無いはずだが・・・
「はい・・・リオレナール王国のツバキ王子なのですが・・・ティアさんが良いと希望されておりまして・・・」
ナディック先生が言いづらそうに話す。
ツバキかー!何で私と交流深めようとするかな?ニコラス殿下と交流深めてよ!
「ちなみに、お断りする事は・・・」
「出来ません」
ですよねー・・・。
先生もやはり大国の王族には頭が上がらないらしい。
「わかりました」
「ティアさんに負担をかけてしまい申し訳ありません。僕達教師も気にかけるようにしますので、よろしくお願いいたします」
ナディック先生は終始とても申し訳なさそうにしていた。
研究室の鍵を開けて準備をしていると、扉がノックされる音が聞こえた。ツバキが来たのだろう。
「ティア、助手になりに来たぞ」
「・・・ツバキ王子、ありがとう存じます。どうぞ中へ」
「ああ」
悠々とした王族らしい振る舞いのツバキを研究室に招き入れ、扉を閉めると、ふうと息を吐いたツバキがグッと伸びをした。
「あー、王子の立ち居振る舞いって疲れるんだよなー・・・ティアも楽にしろよー」
「ツバキ・・・助手って何?びっくりしたんだけど!というか、王子が平民の助手っておかしくない?おかしいよね?!」
「もー!」と文句を言ってみるも、ツバキは椅子に腰掛けてダランとしながら答える。
「んー?いや、ただでさえ他国で気抜けないのに、ずっと肩肘張ってると疲れるじゃん?力抜ける所が欲しいんだよ」
「だからって私の研究室を休憩所にしないでよ・・・」
「ちゃんと研究も手伝うって。何するか知らないけど」
「もー!」
何だか上手く利用されている気がする。まあ、文句を言っても状況は変わらないので、とりあえず一度ため息をつくと、諦めて研究の続きを行う事にする。
私は今、携帯電話を作る為に術式を考えている所なのだ。
「ティア、それ魔術具の術式だよな?何作るんだ?」
向かいに座るツバキが興味深そうに手元を覗き込んで来た。
「これ?魔力電話っていう、遠くの人と話せる魔術具があるんだけど、それを改良しているの」
「へえ。それは我が国では見た事無いな。ティアはそれをどうしたいんだ?」
「手のひらサイズにして、電話はもちろん、文字を送ったり、写真や動画を撮れたり送ったり、他にもいろいろな機能を付けたいんだよね」
「すごい詰め込むな」
「・・・やっぱり難しいかな?」
「いや、俺は魔術具の事は詳しくは分からないが・・・とりあえず機能を分けた物を作ってみたらどうだ?文字を送る物、写真を撮る物とかでさ。作ったら纏めてみるといい」
「あ、そっか、そうだね。とりあえずそこから始めてみるよ!」
最初から一つに詰め込むよりも、分ける方が術式が考えやすい気がする。機能を分けるとなると・・・メールとデジカメとビデオカメラって感じの物が出来ればいいのか・・・よし。
私が術式を考えつつ、たまにツバキに術式を魔石に組み込んでもらいながら試作していると、授業時間終了の鐘が鳴った。
「授業時間は終わったから、ツバキはもう帰ってくれればいいよ」
「ティアは?」
「私はもう少し考えを煮詰めてみるよ。もう少しで出来る気がするんだよね・・・」
デジカメがもう少しという所まで来ているから、これだけ術式を作ってしまいたい。
「じゃ、俺ももう少しいるぞ。思ってたよりティアの魔術具が本格的で見ていて勉強になるし、面白い」
「そう?私は別にいいけれど」
そんな会話をしていると、扉をノックする音が聞こえ、カインが顔を覗かせた。
「ティア、お疲れさま。進み具合は・・・ツバキ王子?」
「ああ、カイン。今日からティアの助手になったのだ。ティアの研究はとても興味深いな」
ツバキを見た途端表情を消したカインに、ツバキも姿勢を正して王子らしく尊大に答える。
「そうでしたか。ティアの発想力は素晴らしいですからね。ですがもう授業時間は終わったので王子は帰った方がよろしいのでは?側近が心配いたしますよ」
「構わん。側近には学業優先で動くと伝えてあるからな。あまり遅くなれば魔術具を使って探しに来るさ」
鎖に繋がれた楕円形の魔術具を見せるツバキ。私のペンダントと同じようにGPS機能のある魔術具かな?
・・・何だか部屋の温度が下がった気がするな。部屋を暖める暖房の魔術具は稼働しているはずなんだけど。
「カイン、研究をもう少し進めたいから、少し待ってもらってもいいかな?」
「うん、いいよ」
遅くなる事を伝えると、カインが後ろから私の手元を覗き込んで来た。
「ああ、なるほど。機能を分けようとしているんだね。・・・だったら、この術式をこっちに持ってきた方が良いんじゃないかな?」
私の手元を指し示してアドバイスをくれる。
アドバイスをくれるのはありがたいんだけど・・・距離近くない?肩を抱いてピッタリとくっついて、耳元で話さなくても良くない?ドキドキしてきて集中出来ないんだけど!
「・・・カインも魔術具に詳しいのだな」
向かいに座るツバキが意外そうにカインを見る。
「ええ、学園に入る前から独学で学んでいたので。助手を名乗るなら一緒に考えられるくらいは知識がないと務まらないと思いますよ。誰とは言いませんが」
「・・・そうか。俺も婚約者を名乗るなら余裕を持って対応すべきだと思うぞ。独占欲が丸出しではみっともない。誰とは言わないが」
ピキリと空気が凍る音がした。
「そうですね。婚約者がいると知りながら手を出そうとする不埒な輩が後を絶たないもので、心配にもなります」
「そうか、それは心配だな。きっとその婚約者がさぞかし危険な人物で周りは心配している事だろう」
・・・やめてー!私を挟んで言い争いをしないで!空気が重い!術式に集中出来ない!
「・・・危険?何が言いたいのでしょうか?」
「いや?魔力の多い婚約者を他に取られないように牙を剥く独占欲と執着心の強い輩がいると聞いてな。執着されている奴はあまり気付いていないようなのだが」
「その人が気にならないのならば良いのではないでしょうか。他人がとやかく言う事ではないのでは?」
「ほう?他人で無ければ――――」
バンッ!
大きな音を響かせて机に手を付き、立ち上がる。
「・・・ティア?」
「どうした?」
カインとツバキが言い争いを止め、目を丸くしてこちらを見た。私はそんな二人をむすっと睨みつける。もう少しで、術式が出来そうなのに邪魔をしないで欲しい。
「二人とも、うるさいー!集中できない!研究が進まない!邪魔するなら出てってー!」
「えっ?」とか「ちょっ」とか言っているカインとツバキだったけれど、私は勢いよく二人の背中を押し、研究室から追い出すと・・・
バシーン!と扉を閉めた。
この時の私は、やっと静かに研究が進められる満足感でいっぱいだったけれど、後から考えたら他国の王子と自国の侯爵令息を部屋から追い出す平民、という不敬どころじゃない事をやらかしてしまったと反省した。
ティアはエリクに倣ってマッドサイエンティストへの道を一歩踏み出しました。