“ 災難”来襲2
放課後。
精神的に消耗したので、カインに会って癒されたいと思いながら帰り支度をしていると、誰かに肩を叩かれた。
「ティア、と言ったな?良ければこの学園を案内してはもらえないか?」
そこにはニッコリ微笑む留学生のツバキが立っていて、後ろには焦ったようなレイビスがいた。
「ツバキ王子、学園の案内ならば私がいたしますので・・・」
「いや、今日一日レイビスにはいろいろと世話になったからな。案内はこの者に頼みたい」
レイビスの提案にツバキは首を横に振る。
ツバキは王子だが社交的で、クラスメイトとは一日で割と親しくなっている。特にレイビスは元々の世話焼きの性格もあってか、ツバキとよく話して学園の事や授業の事を教えていた。
「しかし、この者は魔術学園にしては珍しいですが平民ですので、王族であるツバキ王子と関わらせる訳には・・・」
レイビスは身分の事もあって、私をツバキから庇ってくれているのだろう。やはりレイビスは優しい人だ。
「身分など関係ないであろう?俺はこの者がいいと言っている」
「ですが・・・」
なかなか諦めなてくれないのでレイビスも困っているようだ。このままツバキの機嫌を損ねるのは不味いのだろう。
「・・・レイビス様、わたくしは構いません。ツバキ王子、わたくしでよろしければ、そのお役目喜んでお引き受けいたします」
「ティアさん・・・」
「ああ、頼んだ」
心配そうなレイビスに「大丈夫ですよ」と微笑んで、私とツバキは教室を出た。
しばらく学園内を案内していると、周りを見ながら歩いていたツバキが「ティア、こちらは何だ?」と勝手に進み始めた。
「ツバキ王子?!」
慌ててついて行くと、腕を引かれて校舎の影に引っ張り込まれた。
「きゃっ」
――――トン
私の後ろには壁があって、ツバキが私を逃がさないように壁に両手をつく。目の前のツバキはニッと笑うと・・・
「久しぶりだな、ティア!随分と他人行儀で寂しいんだが?」
と昔と同じ調子で話してきた。幼い頃一緒に遊んだ楽しい記憶がよみがえる。馴れ馴れしい態度が懐かしくて嬉しくも思うが、今はムーっと頬を膨らませる。
「ツバキこそ、王族だなんて聞いてないんだけど!」
「ティアの驚く顔が見たいと思ってな。ポカン、としたいい顔が見れたぞ」
「もー!酷い!人の気も知らずにー!」
楽しそうなツバキにポコポコと攻撃すると、何故だか嬉しそうに受け止められた。
「あー、懐かしい。ティアだわー」
「何その反応、引くんだけど・・・」
力は込めてないけれど、叩かれて嬉しそうなツバキにちょっと引く。
「引くなよ・・・。てか、俺もティアに婚約者が出来たとかつい最近まで知らなかったんだけど!しかも相手があの『冷血の狼、カイン・ファロム』って、大丈夫なのかよ?!」
「ここ何年もツバキの家とは交流無かったんだから当然じゃない?そして、カインは超優しい素敵な婚約者だから安心して」
カインの噂はリオレナール王国まで行っているようだ。ふふん、と胸を張ると、ツバキは眉根を寄せた。
「・・・安心出来ねぇよ、馬鹿。ティア、俺がこの学園に来た理由、分かるか?」
「え?ニコラス殿下と交流する為でしょう?」
ぶにっとツバキに頬を伸ばされる。
「ひゃにふるの(何するの)」
ツバキの顔が近づき、目の前に私と同じ黒い目が来る。
「それは表向きの建前だ。本音としては、俺は、ティアに選択肢を示す為にやって来たんだ」
「・・・ふぇんはくひ?(選択肢?)」
「そうだ。お前は知らないかもしれないが、リオレナール王国は魔力の多さで次の王が決まる。今いる王族の中では俺が一番多いから次の王位は俺になる。だが、俺よりもティアの方が魔力は多いのだろう?つまり、ティアは今リオレナール王国の正統な王位継承者だと言う事だ」
「・・・はぁ?!」
何ですと?!思わず叫ぶと頬のツバキの手が離れる。
平民として生きている私がいきなり行った事もない国の王位継承者だと言われても、実感が湧かない。
「いや、私のおばあちゃん勘当されているんでしょう?私はサクレスタ王国の平民だよ?」
「勘当されていても我が国の王族の血筋には違いない。それにサクラ様は表向き勘当されているだけで、実際俺らも交流があり、今も仲は良いだろう。特に問題は無い・・・というか、リオレナール王家の血筋でこれ程の魔力の持ち主が、サクレスタ王国の平民で収まっている事の方が問題だ」
どう見てもリオレナール王国王族の血を引いている私がサクレスタ王国で平民として粗雑に扱われているのはリオレナール王国王家の沽券に関わるらしい。
「私はこのまま平民でいたいのだけれど・・・」
ふと実習室に呼び出された時のレオンハルトの言葉を思い出した。
『我が国はリオレナール王国に無礼を働いて確執を生む訳には行かないのだ。ティアの家、アタラード家には爵位を授けよう。――――では、ティアは私の正妻とするとしよう』
レオンハルトは傲慢だったが、本当に国の事を考えての発言だったのだと今更ながら気づく。
「だからこその選択肢だ。俺らもティアに無理に王位に付けとは言わない。国民もいきなり知らない王族が王になるのは困惑するだろうからな。ティアの選択肢は3つ。1つ、そのまま婚約者のカイン・ファロムと結婚する。だが、たかだか侯爵家の次男だ、我が王家はあまり納得しないな、これはあまりオススメしない。2つ、サクレスタ王国の王太子、ニコラス王太子の妃になる。王太子妃となれば、サクレスタ王国はリオレナール王国を尊重していると見なす。3つ、俺と結婚してリオレナール王国の王妃となる。皆が納得する大団円の案だ。ちなみに、俺のオススメは3番な」
「1番で!」
「即答かよ。・・・でもな、ティア。カインに関しては、あまりいい噂を聞かなくてな。俺も大切な身内がそんな危険な男に引っかかってるとなれば見て見ぬふりは出来ない。俺がいる1年、その間にカインの人となりを見極める。もし、カインがティアにそぐわないと判断したら・・・」
「判断したら・・・?」
「ティアを無理矢理にでもリオレナール王国に連れ帰れと言われている」
「・・・!!」
「アタラード家皆揃ってな。サクラ様御一家の帰還だ。我が国は歓迎するぞ」
「・・・断ったら?」
「さあ?俺もそこまでしか聞いていない。・・・ティア、俺も王家も魔力が多いのに不当な扱いを受けるお前を心配しているんだ。この学園は貴族ばかりだからな。心無い言葉を言われたりもしただろう?」
「・・・確かに、平民だと蔑まれる事は多かったけれど・・・でも、カイン達がいつも一緒にいて、守ってくれていたから、そんなに辛くはなかったよ」
「・・・そうか。ティア、俺もお前を守るから、俺と結婚しないか?」
「しないっ!」
「いい提案だと思うけどな」
「思わないっ」
ツバキの事は嫌いじゃないが、私が結婚したいのはカインだけだ。とりあえず、他の貴族に私達の関係がバレないように私とツバキは平民と王族として接すると約束をしてもらい、その場を離れた。
教室に戻ると、カインとアーサーが待ってくれていた。今日は私の魔術研究も生徒会の集まりも無いので三人で一緒に帰る予定だったのだ。
「ティア、案内感謝する」
「いえ、王子のお役に立てたのならば幸いです。では、失礼いたします」
平民と王族らしく挨拶し、カイン達の方に向かおうとすると、腕を引かれてツバキに引き寄せられた。
「ところで、ティア。今度、魔術について教えてくれないか?この学園でお前が一番魔力が多く、扱いが上手いと聞いたぞ」
「・・・!!」
・・・平民と王族として接するって約束したじゃん!
引き寄せないで!顔を近づけないで!腕を腰に回さないで!
抗議の意を込めてツバキを見ると、『平民と王族として接するが仲良くしないとは言っていない』と顔に書いてある気がした。
・・・騙されたっ!
ツバキは見た目も立場も目立つのだ。人目のある学園内ではなるべく関わらない方向で行きたかったのに!
「魔力が多いのは本当ですが、扱いはまだまだです。ツバキ王子に教えられる程ではありませんの・・・」
やんわり断って距離を取ろうとすると・・・
パシンッと音がしてツバキが離れ、違う誰かに引き寄せられた。
「カイン・・・」
私を引き寄せたカインの顔は冷酷だと言われる無表情だったけれど、その目には確かにツバキへの怒りの感情が見えた。
「・・・失礼いたしました、ツバキ王子。僕はファロム侯爵家次男、カイン・ファロムと申します。彼女、ティアは僕の婚約者となりますので、あまり気安く触れないで頂けますか」
丁寧に頭を下げて挨拶するカインだが、その目は友好の欠片も見当たらない目だ。
ツバキはカインに振り払われたであろう手をブラブラとさせると・・・
「そうか。ティアには婚約者がいたのか、それは失礼した。知っているかも知れないが、俺はリオレナール王国第三王子ツバキ・リオレナールだ。よろしくな、カイン」
白々しくニッコリと笑ってカインに手を差し出した。
「ええ。よろしくお願いいたします。ツバキ王子」
カインは無表情のままでその手を握り返すと、抑揚の無い声でぶっきらぼうに返した。「よろしく」と挨拶を交わしあっているはずなのに寒気がするのは気のせいではないと思う。
カインの事をツバキに認めてもらうって・・・どうするよ?
「『他国の王族は平民なんて視界にも入れない』か・・・」
「何処かの能天気馬鹿がそんな事を言っていたよな」
「うわぁん!二人ともごめんね!そんなに呆れた目で見ないでよぉ!」
見事に留学生であるツバキに目を付けられて絡まれた私は、カインとアーサーに呆れられた。でもアーサーの能天気馬鹿は酷い!
「何で見事に目を付けられるかなぁ・・・嫌な予感的中だよ」
「ティアは見た目も身分も魔力も全てが目立つって自覚しろ」
「うぅ、ごめんなさい・・・」
今回は私が目立っていたから目を付けられた訳では無いのだが、能天気に構えていたのは本当で、言い訳も出来ないので素直に謝る。
「・・・仕方がない、これからの対策を考えよう。・・・ティアも、あまり王族である彼に関わりたくはないでしょう?」
私が平凡ライフを目指している事を知っているカインが言うので、こくんと頷く。ツバキは身内だし、気安い態度は昔と変わらず仲良く出来そうだが、身分は王子だ。学園など立場が違う場所では出来るだけ関わりたくない。
リオレナール王国から3つの選択肢を与えられたが、私はカインと結婚するの一択だ。他は有り得ない。
どうすればツバキがカインを認めてくれるのかは分からないけれど、私がツバキに積極的に関わっていくと、カインはツバキに怒りの感情を向ける。それが良くない事は分かる。
「ねぇ、カインはツバキ王子の事、どう思った?」
ツバキ側からのカインの印象はあまり良くなさそうだったが、カインはどうだったのだろうと思い、聞いてみる。
「そうだね・・・何だか探られているような底知れぬ嫌な感じはあったね。腹にいろいろと抱える王族って感じだよ。でも僕はティアに勝手に触れた時点で嫌い」
既に嫌いだった!
カインもツバキもお互いに印象が良くないようだ。
・・・本当にツバキにカインを認めさせるって、どうするよ?