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アーサー・ラドンセン

 彼はアーサー・ラドンセン

 現騎士団長の息子で伯爵令息。例のゲームの攻略対象の一人だ。

 ゲームの彼は騎士を目指しているのもあり、熱血タイプであまり他人を省みない脳筋。ただ、とても真っ直ぐな人なのでヒロインが嫌がらせを受けていると知ると一番に助けてくれるようなキャラクター。

 そんな彼は実は大のスイーツ好きと言う意外な一面があり、ヒロインが手作りスイーツを振る舞うイベントもある。


 ・・・伯爵令息である彼が何故こんな平民の集まりに?

 もしかしてスイーツ食べたさにお忍びでわざわざやって来たとか?何にしても攻略対象とはあまり関わりたくないな。


 ゲームについて思い出していたのだが、アーサーが私の近くを通ろうとした時、足が縺れてしまったのだろう、彼は大きくバランスを崩し、転倒した。


「ぅわっ!」


 ズルッガンッガッシャーン!!

 ドサッ ボタッ


「・・・」

「・・・」

「・・・」


 大きな音に試食会の会場がシン、と静まりかえった。


 アーサーは転倒する時に自分が持っていた皿二つを放り投げ、私達のテーブルのテーブルクロスを掴んでしまったようだ。

 テーブルに置いてあったケーキやチョコレート、飲み物が私のワンピースに降りかかった。

 更に、アーサーが転倒する時に放り投げた皿の一つが私の頭の上に乗った。逆さに。最悪な事にその皿にはチョコレートフォンデュ用の溶かしたチョコレートが入っていた。

 私は頭からチョコレートを被り、もう一つアーサーの持っていたフルーツ皿も私の頭で逆さになり、フルーツが降ってきた。降ってきたフルーツの一部はチョコレートに絡んで頭の上で停止した。


「・・・」

「・・・ぶはっ!」


 あっははははははははは!!


 静寂の空気の中、お腹を抱えて笑い出したのはこの事態を引き起こしたアーサーだった。


「あはははははっは、腹痛てぇ、そんな全部被るとかっ鈍臭すぎだろっはははっ」


 アーサーは膝をついて床をバンバンと叩きながら大爆笑している。彼の後ろを追いかけていた男性は固まって呆然としたままだ。


 ・・・えっと、どうしよ?


 突然の事態に、怒ればいいのか泣けばいいのか、はたまた一緒に笑えばいいのか分からなくて硬直する。

 すると、隣からブチッと何かがちぎれる音がした。


「・・・」


 無言のアリアが水の入ったグラスを持って立ち上がる。


 あ、アリアちゃんの飲み物は無事だったんだ。よかったー。

 と呑気に思った瞬間、


 アリアはそのグラスを今だ笑い続けるアーサーの頭上で―――――逆さにした。


 バシャッ


「・・・え?」


「あら、失礼。あまりに耳障りなお声がするものですから。―――――少し頭を冷しなさい。貴方が今しなければならないのは笑う事では無いはずですわ」


 いつもよりかなり低いアリアの声に背筋がぞわりとする。

 水をかけられたアーサーは一瞬ポカンとしていたが、すぐにアリアを睨みつけた。


「何をする!無礼な!貴様、俺が誰だか分かっているのか!!」

「存じませんわ」


 突っぱねるアリアの態度に更に怒りを露わにしたアーサーだが・・・


「何だと!俺は――――」

「わたくしは、己がみっともなく転んで周囲に迷惑をかけたくせに、謝罪する所か馬鹿笑いする浅ましい人間など存じませんわ。一体、どこの、どいつか教えて頂けますか」


 アーサーに詰め寄るアリアの声はゾッとする程冷たく、自分に言われた訳でも無いのに鳥肌が立つ。


「――――っ!いや、その・・・」


 アーサーは先程の怒りは何処へやら、アリアに一歩一歩詰め寄られる度に顔色がどんどん青白くなっていく。


「どうしたのです?さぁ、早く名乗ってくださいな」

「アリア、その辺にしておけ」


 アーサーがブルブルと震え出した所でテオがアリアを止めに入った。テオが背を丸くしていたアーサーの顔を覗き込む。


「おい、坊ちゃんよ。お前、今アリアに水かけられてどう思った?」

「・・・え?」


 助かった、という顔をしていたアーサーはテオの突然の問いに呆けた顔をする。


「お前、怒ったよな?腹立ったよな?不快だったんだろ?『無礼な』って言ってたもんな」

「・・・ああ」

「じゃあ、何故アイツに、ティアにまず謝らねぇんだ?ティアはお前なんかよりよっぽど酷い事になってんぞ。自分がされて嫌な事を人にしたら謝らねぇと」

「――――っ!それはっ・・・俺はわざとじゃないしっ」

「わざとじゃなかったら謝らなくていい訳ないだろうが!」


 声を荒らげたテオにアーサーはビクッと肩を揺らす。


「いいか、わざとだろうが、そうじゃ無かろうが、人に迷惑をかけたなら先ず謝れ。それが出来ないならお前はただのクズだ」

「・・・」


 アーサーが再びブルブルと震えだし、段々と涙目になってきた。しかし、彼は少しの間俯くと荒々しく袖で目を拭った。そして、グッと上を向くと立ち上がる。


「・・・ティア、服や髪を汚してしまい、申し訳なかった。そしてそれを笑ってしまった事も深くお詫びする。この通りだ、許してくれ」


 そう言うと、アーサーは私に頭を下げる。

 アリアに水をかけられた時は貴族の笠を着ようとしていたし、甘やかされて育った貴族の坊ちゃんだと思ったけれど、やはりアーサーは真っ直ぐで素直なのだ。ちゃんと諭されれば頭を下げる事が出来るのだから。


「いいよ、許してあげる。貴方こそ濡れたままで風邪ひかないでね」

「・・・ああ。ありがとう」


 アーサーはホッとしたように顔を上げた。




 その後、さすがにそのままで居られないので、ストデルム商会からお風呂と着替えを借りた。

 アーサーも勧められてはいたが、自分は水だけだからタオルで拭けばいいと固辞していた。


 身なりを整えてアリアとテオの元に戻ると、そこにはアーサーも共に居た。彼は私の顔を見ると再び頭を下げる。


「本当にすまなかった。今回のお詫びは後日きちんとさせてくれ」

「お詫びなんていいよ。終わった事だし、もう気にしないで」


 そう言うと、アーサーは少し驚いた顔をする。


「兄貴の言った通りだ。やはりティアは寛容で慈悲深いのだな」

「いや、そんな大層なものじゃ無いけど・・・兄貴って?」


 何だそれは。聖女じゃないのだ、過剰評価過ぎる。やめて欲しい。と言うか、アーサーに兄などいただろうか?私の記憶では嫡男だったはずなのだが。


「ああ、テオの兄貴がそう言っていた」

「テオ?!」

「アーサー!」


 ぅわあぁぁあ、とテオが両手で自分の顔を覆って呻いている。耳が真っ赤な所を見ると恥ずかしいのだろう。

 テオが私をそんな風に評価してくれていたとは驚きである。


「どうした、兄貴!体調が悪いのか?!」


 アーサーがテオの元へ行きオロオロと心配そうに背中を擦る。


 しかし、まさか兄貴がテオの事だとは思わなかった。

 今までただ甘やかされていた中で初めて強く叱られて、尊敬の念を抱いた感じだろうか。

 今のアーサーがゲームよりだいぶん貴族然とした坊ちゃんだと思ったけれど、もしかしたらテオとの出会いでアーサーは変わっていったのかもしれない。


 テオがまだ呻き続け、アーサーがオロオロとする中、コホンとアリアが咳払いをし、アーサーに目をやる。


「アーサーくん、君はまだティアちゃんに自己紹介すらしておりませんわね?きちんと礼儀を通しなさい」

「はいっ!姉御!」


 アリアの声に少し顔を青くしたアーサーがビシッと背筋を伸ばし返事をする。


 ・・・姉御?


「名乗るのが遅れて申し訳ない。俺はアーサー。よろしくな」

「あ、ティアと言います。こちらこそよろしくね」


 アーサーが家名を名乗らないのは一応お忍びだからだろう。伯爵令息がこんな平民に紛れているのは不味いのだろう。私も名前だけを返す。


 アーサーと自己紹介をするとアリアはうんうん、と頷く。


「よく出来ました、アーサーくん。これからもティアちゃんに無礼は許しませんからね」

「はいっ肝に銘じます、姉御!」


 アリアはニコッと笑いかけ、アーサーはビシッと背筋を伸ばして返事をする。


 ・・・やっぱりアリアちゃんが姉御なんだ。水をかけられた時のアリアちゃんがよっぽど怖かったのだろうか。

 アーサーの、テオへの『兄貴』は『尊敬』って感じだけど、アリアちゃんへの『姉御』は『畏怖』って感じなんだよね。




 そんなこんなで私に新たな友達、伯爵令息アーサー・ラドンセンが加わった。これを期にアーサーも混じえて4人で一緒に遊ぶ日が増えた。


 ちなみに、アーサーが伯爵令息だって事は即バレた。

 まあ、話し方も平民のものじゃないし、ストデルム商会が今回の騒ぎの事でアーサーの身元を調べたのだ。

 最初は距離を置こうとした私達だけど、アーサー本人に今までの関係でいて欲しいと泣いて頼まれ、アーサーの父のラドンセン伯爵もそんな息子を見かねて護衛を一人付けるという条件で交流を許可したらしい。私達は変わらぬ関係を続けている。


 ・・・攻略対象とはなるべく関わりたくなかったんだけど、しょうがないよね。

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