プロローグ
それは突然だった。
その日、私は2つ歳上の兄と一緒に市場に買い出しに行っていた。
私の両親は喫茶店を経営しているので、兄とお使いに出される事はよくあり、その日もいつも通りお店を見てまわっていた。
「ねぇ、お兄ちゃんこのキャンディキラキラしてて美味しそう!食べたいなー」
「駄目。余計なもん買うと母さんに怒られるぞ」
ちぇ、お兄ちゃんのケチ
即答で却下してきた兄に心の中で悪態をつき、キャンディから視線を外し、先に行ってしまった兄を追いかける。
買い物客で賑わう市場の中、少し離れた場所に立つ、明るい茶髪で整った顔立ちをした少年がふと目についた。その少年の綺麗な黄緑色の目と私の目が合った気がした。その瞬間――――――
「――――いっ!」
ドサッ
急激に頭の中に沢山の記憶がなだれ込んできた私は、酷い頭痛により立っていられなくなり、その場に倒れた。
「え?おい!ティア!!」
兄が駆け寄ってきて私を呼ぶ声が聞こえるが、頭の痛みは増していくばかりで返事も出来ない。そして、だんだんと意識は遠のいていった。
意識が途絶える寸前、友達の声が聞こえた気がした。
私の名前はティア・アタラード、8歳。
両親は富豪や貴族向けの喫茶店を経営している。家族構成は父、母、兄、祖母。祖父は数年前に他界してしまったので今はこの5人で暮らしている、至って普通の平民だ。
だが私には前世というものがあって、日本人として生き、25歳で事故により他界した。そして現在、ティアとしてこの異世界に転生したようだ。
いきなり前世を思い出したせいか、酷い頭痛と熱が出て3日程寝込んだが、おかげで記憶を整理する事ができた。
しかし問題はここからで・・・
どうやらこの世界は私が前世でプレイした乙女ゲームの世界のようだ。
平民のヒロインが貴族ばかりの魔術学園に行き、そこで出会うイケメン達と身分違いの恋に落ちる。そんな王道シンデレラストーリー。そのゲームと、世界観、国名、主要人物名、全て一致している。
ちなみに、病み上がりの娘がいきなり本や新聞を広げて調べ物を始めたので、驚いた両親に熱で頭がおかしくなったのかと再びベッドに入れられた。酷い。
そして、私、ティア・アタラードはそのゲームのヒロインなのだ。
・・・最悪だ。
私は前世では乙女ゲームが大好きだった。というか、小説でも何でも恋愛の創作物が大好きで、妄想に耽ってはニヤニヤしていたものだ。
だがしかし、実際の恋愛に関しては、イケメンはむしろ苦手な部類だし、恋愛自体あまりしてこなかった。イケメンも恋愛も2次元に限ると思っている部類だ。
そんな私があのゲームのヒロインのようにイケメンと身分違いの大恋愛をして結婚とかは無理だ。精神的にキツすぎる上にとても面倒くさい。創作の世界ならば波乱万丈が面白いけれど、現実の世界でそんなのは御免こうむる。現実では平凡な人と結婚し、可もなく不可もなく平凡な人生を歩むのが一番なのだ。
ゲームのシナリオ通りにならないよう、対策を考えなくては・・・
目指せ平凡ライフ!!
「という訳で、私と結婚してください!」
「ふぐッ!!」
私のお見舞いに来てくれた友達の少年は飲んでいた紅茶を辛うじて吹き出さずにゲホッゴホッとむせている。「大丈夫?」と背中を擦るが、なかなか落ち着かなさそうだ。
少年、カインは焦げ茶色のふわふわした髪が目まで掛かっており普段はカインの目は見えにくいが、エメラルドのような美しい色をしている。顔立ちは整っていて可愛らしい少年だ。
やっと呼吸が落ち着いたカインがそのエメラルドのような目を私に向けた。
「えっと、結婚?ティアと僕が?」
「うん。結婚、と言うか婚約をして欲しいの」
私はゲームのシナリオ対策として、そもそも学園に行かなければいいんじゃないかと思ったが、出生時の一斉魔力検査で私は平民なのに魔力が多く、この国では一定以上の魔力を持つ者は魔術学園に通うことを義務付けられているので回避はできない。
学園に行くのは仕方ないとして、できる限り攻略対象やその周囲を避けて生きたい。
という訳で、15歳で魔術学園に行く時に既に婚約者がいればゲームのシナリオ通りになど進みようもないのではないか、という考えに至たり、先程の発言に戻る。
「うん。いいよ!」
「私もカインも魔術学園の入学が決まってるし、お互い貴族に変に目を付けられないようにーって・・・いいの?」
気合いを入れて説得しなければ!と思っていた私はカインの了承の返事に拍子抜けした。そんな私に対してカインはニッコリと微笑む。
「もちろんだよ。ティアのご両親にも挨拶をしておくから、成人したら結婚しようね?」
「え、うん。・・・あっ、カインのご両親にも挨拶に行くね!」
「僕の両親には僕から言っておくから、挨拶は結婚直前でいいよー」
ニコッと笑うカインはあまりご両親の話はしたくないみたいだ。
まぁ、いいか!婚約は了承してくれたし!
「じゃあ、これから婚約者としてよろしくね!カイン!」
「こちらこそ。僕の婚約者のティア」
私達はニッコリ笑って握手を交わした。契約成立である。