森の中で
家に帰るとおばさまに遅い! と怒られただけで水に濡れた私を見ても特に何も言わずに着替えされられた。
さっさと食べて準備をおし。と言われ朝食の粥らしきものを急いで胃につめ込んで、早足で歩くおばさまの後をついて里の中心部へと向かった。着いて行くのは大変だったが小走りでなんとかなった。
おばさまはとある場所に着くと後は指示に従いなさいとだけ言い残して早々に去っていった。周りをみるとまだ朝早いけど数人の子供達が集められている。別の大人のエルフがやってきて、これから森に行くらしい。前々から決まっていたようで、念のためもう一度説明するがと強調しながらはぐれないようにとか森での歩き方の注意点を教えている。
何故私も参加するのだろう? まるで小学生もしくは幼稚園の遠足だ。普段家から出ないような、汚物であるというハーフエルフの私が参加してもいいものなのか。
見送りらしい子供たちの保護者からの視線が痛い。
頑張ってこいよ! とか、焦ってはダメだからね。などと自分の子供へ激励しているのが大半なので左程多くないが気になってしまうものだ。
なんでも森の中には魔獣が棲息しているらしく、真剣に引率役であろう大人のエルフが話している。キチンと制服らしい統一された衣装のエルフが数人いて弓矢や盾、剣など己の武器の具合を確かめている。
だが里の近くには危険な魔獣が近付いてこないような仕掛けがあるはずだしみんなの後ろにいる限りどうにかなるだろう。ついていけさえすれば良い。なんとかなるかと思っていたが、甘かった。
私はどうやら、本当に里全体のエルフから嫌われているらしい。
気がつけば周りに自分以外の気配はなく、さわさわと木の葉が揺れており前方にいたはずのエルフ達は姿形が一切見えなかった。幼子を森に置き去りとか、虐待では。昔話の口減らしではあるまいし、と思ったが強ち間違いと言い切れなくなるので深く考えるのはやめた。そんなことよりこれからどうするか、だ。
自分がどこにいるのか、里の方角はどちらなのか、全くわからない。
不幸中の幸いというべきか、森は明るく爽やかで魔獣やなにか悪いものの気配はしない。それどころかなんとなくではあるが神聖な空気を感じる気がする。エルフの住む森なのだから聖地だったりするのだろうか。
地面はびっしりと濃緑の苔が生え背の高い木々が頭上で風が吹くとその葉をザァザァと揺らす。その隙間から光が差し込んでいて木漏れ日が音に合わせてキラキラと変化し幻想的な風景を醸し出してる。
所詮気のせいかもしれないが。ビクビクと怯えながら森を彷徨うよりはずっといい。
肺いっぱいに空気を吸い込んで吐き出す。考えをまとめるときは深呼吸がいいときいた。とても気持ち良い晴れでしっとりとした空気の森の中にいると歌でも歌いながら歩きたくなる。
気を紛らわす為にもなにか歌おうか。
こんな森の中で歌う曲はなにがいいだろう。森の脅威に出会いたくはないからクマさんと遭遇する歌は避けるべきかな、ほら、口は災いの元というでしょう?
あまり悩まずに好きな歌にした。日本の国民的アニメの誰もが知ってる有名すぎる歌。五月の名を持つ姉妹が出会う一夏の冒険、その不思議な世界のテーマソング。森の中を散策するのにこれほどぴったりな歌もあるまい。でもこの歌好きだったからよく家でも歌ってたけど。うるさいってよく怒られたっけ。懐かしいなぁ、なんて。
温泉旅行に行った帰りに事故にあって、気付いたらわけのわからない世界にいて。自分は小さくなっていてしかも周りに助けてくれる人がいなくて。どうしたらいいかわからなくて、ビクビクと周りに怯えながら、ひとりぼっちで、心細くて、泣きたくてもそんなことしてる余裕なくて。
なにもよけいなことは考えないようにしてた。心を麻痺させていたのだと思う。そうすることでしか、耐えられない。正常な精神のまま、異常な環境に放り込まれたら病んで壊れてしまう。幼い肉体に精神年齢も引っ張られている、というのもありそうだ。
冷静を装って、自分が置かれた状況を分析してみたところでどうしようもない。
家族に、あいたい。会って話がしたい。私が話をきくのもいい。苛立つこともあるしブチギレて癇癪起こして怒鳴って怒鳴られて泣いて。
それでも家族だから。本当の意味で嫌いになるには難しく、何もなくても側にいてくれる存在で。どんなに嫌だと思っても完全に縁を切るのは難しく、私に居場所を無条件に与えてくれる。同じ家で暮らし同じ時間を共有して楽しいも苦しいも分け合ってくれる存在。
一度認めてしまうともうあとはなし崩し。歌が歌い終わった。頬に流れるものを手で拭い去った。しかしどんなに拭っても後から後から、流れ出て止まらない。
「あい、たいなあ。……みんなだいじょうぶかなあ。おかあさん、おとうさん、おねえちゃんにあにき……フウちゃんも無事、だよね……?
ここにいるの、わたしだけなのかなあ。」
ぐすぐすと泣きながら二曲目に突入する。私がよく歌うお気に入りの曲にした。涙で滲む視界をいったん閉じて指で涙を押し流してスゥッと息を吸い込む。
パチリと瞬きし前を向いた私の目の前に光の粒が迫っていた。
「は?! 〜〜っいったあ!!」
ゴツンと額に前から衝撃が襲いかかりひっくり返りそうになり尻餅を着く。そのあともグリグリと押し付けられる。バランスを崩して倒れ込んでも知らんと言わんばかりにグリグリ。突然の出来事に理解ができてないまま思わず呟く。
「いたたた、フウちゃんなにどうし目がぁぁあ!!?」
飼い猫のフウちゃんが構え! 撫でろ! とねだってくるような突撃に条件反射に声を出したら。一際強い光に目を焼かれて思わず某大佐の名台詞を口に出しそうになった。半分出た。
刹那に光は収まって、残されたのはチカチカする視界。膝になにか乗ってる。なにが起こったのか。幸いにも視力が失われるほどではないがまだよくみえない視界に少し苦労しながら、先程突撃してきた光の粒を確認すると、手乗りサイズな子猫になっていた。
「……フウちゃん?」
『にゃ〜お』
ごっそりと何かが抜けた感覚がある。でもそんなことどうでもいい。だってその子猫にはすごく見覚えがあって。一生懸命にミーミー鳴くその声がまるで風鈴みたいだねと幼い私の一声で名前が決まって。ずっと一緒に過ごしてきた私の家族。
返事をするように鳴いたその子猫の姿にせっかく拭い去った涙がまた溢れてきた。
3話にして家族登場です。ペットも家族!