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エルフの里


水汲みのついでに渇いた喉を潤す。

井戸から汲みあげる水は驚くほど澄んでいて綺麗だ。水に映る顔が良く見える。

まず髪が黒い。肩つかないぐらいの長さなのでチラリと視界に入っていたから予想はしてたが、純日本人であった記憶がある身としては違和感がないのでありがたい。耳はちょっぴりとんがっているぐらいだ。もともとあった耳を少しだけ伸ばして整えた程度で普通の耳当てですっぽり隠れる程度だ。ほっそりとした白い顔を見ながら手で掬って顔を洗う。そのついでにまた少し水を飲んだ。やっぱり美味しい。

生水は危ないとよくいうけれど渇きに我慢できず飲んでしまった。あれ? でも井戸水は大丈夫なんだっけ。よほど渇いてたのかまた飲む、すごく美味しい。お腹を壊さないことを祈るがぼんやりと以前にもこの井戸の水を飲んだ記憶がある。殴られて怒られて食事を抜きにされ、仕方なく水をがぶ飲みして飢えを凌いだようだ。あまり思い出したくない嫌な思い出なので早く忘れるに限る。そしてその後お腹を壊した記憶はないので多分大丈夫だろう。


重い水をえっちらおっちらと運びながら考える。


私は東の島国のとある田舎に生まれ育った大した特技もない平凡な人間だった。5人家族の3兄弟の末っ子で姉と兄が一人ずつ。取っ組み合いのケンカは小さい頃はよくあったけどその度に母親に泣きついて密告した。末っ子の特権だ。成長するにつれて口喧嘩が多くなり口汚く罵り合うような、常に兄弟喧嘩をしょっちゅうするような仲だったけど本気で嫌いだったわけではない。ケンカするほど仲が良いというやつだ。初めて携帯を買ってもらってから、兄を着拒にしたり父のメールを無視したりなんてことをしていたがきっと思春期だったのだろう。……たぶん。一時期、厨二丸出しの兄貴とは話すのも嫌で無視もしていたが、大目にみてほしい。だって気持ち悪かったのだ。普通に会話してて〜でござる、とか、拙者、とか日常会話で使うヤツがいるか。ウチの兄貴がそうだった、言わせんな。泣くぞ。


そんな兄貴の影響では決っっっしてないが、マンガや小説をよく読み、ゲームが好きだった。所謂ヲタク、というやつだ。同じ穴の狢という言葉はあるが、兄貴とは違うと断固宣言する。そう願いたい。携帯を得てからはweb小説にハマっていて、流行りのジャンルはそこそこ知っている。

でも、まさか自分がそのような体験をするとは思わなかった。


誰だって一度くらい魔法を使いたいと願ったことがあるだろう。ヲタクも一般人も関係なしにだ。某魔法学校の影響はワールドワイド、世界共通だ。異世界への入り口。心くすぐられるワードだ。

かといって無条件に今の状況を喜ぶわけにもいかない。私の置かれている環境がどうもあまりよろしくないようなのだから。


ヒソヒソと私を見て囁かれる様子はお世辞にも雰囲気が良くない。こちらを遠巻きにするような、余所者を見やるような、悪意を含む嫌な視線ばかり。


居心地が悪くてなるべく早足で通り過ぎようとするが今度は進行方向を塞がれた。背丈は私より少し大きい、私よりも綺麗な服に血色がよく大事にされているのだろうと一目でわかる子供たちだ。


「はっ。なんか臭っせえと思ったらハーフのゴミが歩いてんじゃねえか。里の井戸を使うなよな。水が汚れちまうぜ。」

「お水だけじゃなくて空気も汚れちゃうわ、嫌になっちゃう。」

「なんでお前みたいな忌み子育ててやってんだか。こんなやつ森の魔獣に喰われちゃえばいいのに。」

「あの……どいて」

「ああ? なんか言ったか穢らわしい人間ハーフが! エルフ様に声掛けてんじゃねえよ!」



話しかけられて応えなかったらハーフ風情が無視とはいい度胸だな!? と以前イチャモン付けられた記憶がぼんやり浮かんできたので話してみたのだが、やはり不興を買った。なら話しかけてこなければいいのに。声を出した途端に向こうの機嫌が悪くなった。

それにしてもなかなかテンプレな悪ガキだ。そして重要そうな単語をポロポロ出してくる。


‘ハーフ’‘忌み子’そして’穢らわしい人間‘に’エルフ様‘ときた。


どうやら私はエルフと人間のハーフで、エルフは純血主義なのだろう。人間は嫌われているようで、地位も低いとみえる。ヒソヒソと遠回しにされるのも納得がいった。里の嫌われ者なのだ。

現代世界(今の私にとっては前世というべきか)でも‘ハーフ’は差別用語だと思い出す。日本では認識が低いがハーフという意味は半分とか、中途半端のような意味を持つため、世界的には差別用語らしい。

民度が高いと異分子は敵視されやすい。一人だけが違うとなれば目立って仕方ない。良く見れば他の子供達の耳はひょろりと細長い。純エルフはそうなのだろう。


一人だけが違う。

大人が遠巻きにして悪口、陰口を平気で言う。

いつみてもみすぼらしくておどおどと頼りない。


それだけで子供にとっては正義だ。


ばしゃりと冷たい水が降り注ぐ。

「ほらよ! 少しはマシになったか?」

「ふふふ、アレクったらやっさしー。汚いハーフを洗ってあげるなんて感謝なさいよ。」

「ああもう。手が汚れちゃったんじゃない? 早く禊にいこう、念入りに洗わなくちゃ。」



奪われた水桶はポイと投げ捨てられ子供たちは気が済んだのか去っていく。ポタリポタリと雫が垂れる髪を額から拭いながら思わず溜息が出た。

季節が春で助かった。水に濡れて寒いが冬であれば確実に凍えて下手をしたら死んでいたであろう。このまま水を汲まずに帰ったら怒られるのは確実だし、もう一度水を汲みなおして帰ったとしても遅いと罰をもらいそうだ。

痛む体に張り付く服に不快感を憶えながら身を起こして近くに転がってる水桶を拾い、たった今やってきた道へ戻る。ボソボソと聞こえてくる周りの声に嘲笑が混じっているのを感じながらまた重労働をせねばならぬと思うと気が重かった。



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