4 取り巻きの外堀は、ハイスピードで埋められます
レイローズ、パニック回です。
前作を読んで下さってた方にはネタバレしちゃってますが、こういう流れだったということで。
「ねえ。どうして、私が貴方のエスコートで舞踏会に参加しないといけないんです?」
「おや。婚約者殿、どうしてそんなに不機嫌なのかな?もしかして、私が贈ったドレスは気に入らなかった?」
「そうではなくって。お会いして、お話をする為と・・・。」
「ああ。会いに行けなかったのが寂しかったのかな?大丈夫。今日は、ゆっくり話せるよ。」
「ですから、前回お話ししたのは、6月。まだ、8月なんですよ。たったの2カ月で、どうして貴方と舞踏会に参加しますの?派手な事に関わらないと約束した筈です。」
「ええ。約束は覚えていますよ。私の同伴は、今回限りで構いませんが。今日ばかりは、是非とも来て頂かないと。」
何言ってるのよコイツ(宰相)!!!
言葉通じて無いじゃないの!!行きたく無いって!私のエスコート、お兄様って聞いていたのに、何で当日になってアンタが来るのよっ!
っていうか。お母様が新しいドレスを作って下さるって言ってたのに、何でアンタが金出してるのよっ!!
アンタなんか、もう、アンタ呼ばわりで充分よっ!!
「ローズ。何を怒ってるの?こんな素敵なドレスを贈って頂いて、エスコートに来て頂いて。貴女を驚かせて、喜ばせようとしてくださってるのに、わがままばかり言ってはいけないわ。嫌われてしまいますよ。」
とは、母の言。
無い!ありえないっ!
むしろ嫌われたいってば!
何で放っておいてくれないの?
夢の花事件、アイリーン様始め、王家直属治癒師様の活躍で、3時間程で皆回復したらしい。
原因はまだ不明。
現在、夢の花を調査中。
あの日、起きたのは、まさかの宰相様の王城内控え室だった。
既成事実に近いものを作られてしまった。
もう、最悪としか言いようがない。
よくわからないままにあの日婚約者になる役を演じていると、過剰な演出をされ、宰相の婚約者とあっという間に周知されてしまった。
家に送られたその場で、たまたま揃っていた両親に婚約の許可をもらい、親は喜び過ぎて、大興奮。
翌日、学院に行った際のクラスのざわめきったら。何で、翌日に皆、知ってるのよ!おかしいでしょ!?
もえ、絶対コイツの仕業だ。
「もう嫌だ。貴方のせいで、学院も、行きたくない」
「私と結婚すれば、行かなくてもいいですよ。」
・・・。コイツ。1回シメてやりたいっ!!
出来ないけど!
ええ!出来ませんけど!!だって、所詮、何の取り柄もない、頭脳もない伯爵令嬢。
思うだけならタダでしょっ!
真夏のうだる様な暑さの中、王城での舞踏会はいつもより煌びやかで勢を尽くされていた。
城内は、夏を感じさせないくらいの気温で快適。
会場の飾り付けの余りの豪華さに、怒りを忘れて見惚れてしまう。
腰をスッと引かれ、宰相に寄せられる。
「私以外を見てはいけませんよ?」
ボソッと耳元で囁かれて、顔を覗き込まれる。
!!!!!!!
キャー!!!!!
何、このインテリメガネの破壊力。
いやもう、貴方、顔はいいんだから、そんな事しないでくれるっ?免疫無いんだってばっ!
距離っ!!
距離近過ぎっ!!
自分の顔が真っ赤になってるだろうと自分でわかる。
「おや。いつも冷静沈着な宰相を骨抜きにする令嬢が現れるとは。驚きだな。」
急に声をかけて来たのは、国王陛下。
慌てて、臣下の礼を取る。
「ええ、彼女は私の運命です。決して手放したりはしませんよ。さあ、ローズ、顔を上げて、陛下にご挨拶を。」
いつ愛称で呼び合う仲になった!?
ツッコミ所満載だ!!
「ファシエ家長女、レイローズと申します。」
必要最低限で充分っ!!!
「レイローズとやら。難儀な者に目をつけられたのぅ。これの隣は大変だと思うが、この国には無くてはならない者だからの。よく支えてやってくれ。」
えっ?待って。国王公認になったの?目をつけられたって??
「彼女の学院の卒業を待って籍を入れ、式を挙げるつもりでおります。」
はっ?
アンタ、今、何て言った??
「そうか。それは慶事じゃの。その時は、ここで盛大に祝うとしよう。」
はああああああぁ?
叫ばなかった私を誰か褒めて!
「有難き幸せ。」
「今宵は仕事は忘れて楽しむと良い。」
陛下はご機嫌に去って行った。
余りの出来事に、開いた口塞がらないとは、こういう事か。
怒る気力も無い。
宰相様。いや、意地悪宰相にエスコートされ、他の色々な重鎮に挨拶をする。
何人もの人と挨拶をし、緊張と混乱で、もう誰に挨拶したのかわからない。
「ああ。ちょうどいい所に、父上。彼女が話をしていたファシエ家令嬢、レイローズです。」
!!父上!?!!
「おお。何と。この目で見るまでは信じられなかったがな。リオンの父で、リガー・グラートだ。グラート家は君を歓迎するよ。今度、家に遊びにおいで。リオンは急に物事を進めるから、君も苦労する事もあるだろうが、まあ、慣れれば大丈夫だ。」
「レイローズと申します。よろしくお願いします。」
頰が痙攣しそうですよ。
何やってるの?私。
「ほら、あそこにクラリッサがいるから、リオン。連れて行っておやり、彼女も大喜びだから。」
「父上に言われずとも、ちゃんと母上にも挨拶をしますよ。」
母上?
もう、何かどうでもよくなって来た。
これ、わざとだよね。
嵌められたんだよね、私っ!!
でも、ここで取り乱しても、自分に何の得もない事ぐらいわかってる。
社交が苦手なわけじゃない。モブはモブらしく、出来るだけ関わらないようにしていたのに。人目があるから、表面上、宰相の婚約者として取り繕う他ない。
考える間も無く、グラート侯爵夫人の前まで来てしまった。
「母上。」
「あらあら。リオン。本当にお嬢さんを連れて来てくれたのね。嬉しいわ。」
クラリッサ様は、人懐っこい笑顔を見せて、うふふっと笑う。
「まあ。クラリッサ様、おめでとうございます。御子息のご結婚を心待ちにされておりましたもの。これで益々、グラート家は安泰ね。宰相様、レイローズ嬢、おめでとうございます。」
クラリッサ様と会話されていたリットラント侯爵夫人ラナァ様から祝福をいただく。
「ありがとうございます。リットラント侯爵夫人。レイローズは人見知りでして。社交の場では、どうぞお力添えを。」
「ええ。もちろんよ。まだ、学院の学生さんなのでしょう。お相手が宰相様だと、大変でしょう。こんなに連れ回されて、緊張しない方がおかしいわ。本当に、初々しくって、お可愛らしい方。」
そうじゃ。そうじゃないのよ。緊張してるんじゃなくって、ぶつけようのない怒りと混乱で、表情筋が、とりあえずの口角上げて笑顔!から動かせないのよっ!
ボロが出そうなのよっ!
「レイローズと申します。よろしくお願い致します。」
ラナァ様とか、美人でセンスが良くって社交界に影響力がありすぎる有名な方なんですけど。
あああ挨拶しちゃった。婚約者として。
「リオン、ずっと挨拶に連れ回しているのでしょう?可愛そうだわ。私とはまたゆっくりお話できるから、少し座らせて休憩させてあげなさい。レイローズ嬢、本当の娘のつもりで私にも甘えてくれると嬉しいわ。私には子供がリオン1人だから、本当に娘ができて嬉しいのよ。」
優しいクラリッサ様。とてもじゃないけど、嘘ですとか、演技とか言えない。
「はい。ありがとうございます。」
気の利いた事、何一つ言えない。
「では、母上のおっしゃる通り、彼女を休ませて来ますね。」
スッと宰相に手を引かれ、舞踏会のメイン会場を出る。
人気の無い廊下に来て、緊張感が抜け落ちたのか、急にフラッとした。
人酔いした?
もう、限界だ。
どうしたらいいんだろう。
「顔色が悪い。」
そう言われたかと思うと。フワリと抱き上げられた。
お姫様抱っこですよ。
「あっ。あのっ。」
いやいやいや。重いから、私、重いからっ!!
「軽いですよ。大丈夫。」
そうにこやかに言いながら、廊下を堂々と歩いて行かれる。
お願いだから、心の声を読まないで欲しい。
「随分無理をさせてしまいましたね。私の予想以上に人が集まりましたね。よく頑張りました。」
うん。よく頑張った、私。
って、違う!違うよ!
一瞬、よく頑張りました、とか言われて、絆されそうになった。
「下ろして下さい。歩けます。」
「だめです。」
「どうして?」
「ふふ。見せる事に意味があるんですよ?」
言われて、ハッとした。
ボーッとしてて気がつかなかったけど、周囲の注目の的になってる。
カーッと頭に血が上る。
「うん、やっぱり、私の選択は間違えてなかった。」
選択?
「下ろして。」
「嫌です。」
「お願いですから。」
「もう着きます。」
そう言われて、連れて来られた先は、休憩室ではなくて。
いかにも執務室って感じの部屋のソファに降ろされた。
宰相も横に座る。
「ここは?」
「私の執務室です。ここなら、防音魔法がかかっていますから、何を話しても大丈夫ですよ。」
一気にカッとなった。
「あっ。貴方!貴方ねえっ。どういう事よっ!!」
「どういう事、とは?」
インテリメガネが、底意地の悪い笑顔でとぼける。
「婚約者なのは、話をする為の方便で、本当に婚約するなんてっ…貴方と結婚するなんて言ってないわっ。」
「そうですねぇ。でも、偽装のまま終わらすとも言っていない。」
ニッコリと微笑まれる。
「なっ・・・。」
絶句。
「でも、王に祝福され、諸侯に祝福され、両家にも祝福された。今まで私の妻になりたいとあの手この手で擦り寄っていた女達も、今日は絶望的な表情をしていましたよ。実に愉快な1日だった。勿論、約束は守りますよ。貴方がお嫌なら、二度と夜会など出なくても良い。妻が夜会で情報収集しなくても、私は私のやり方でやっていけますから。」
もう、本当に、二の句が継げない。
「外堀を埋められた気分はいかがですか?」
ミシリ、と、ソファが沈み、覆い被さられる。
逃げようと、横に身体をずらすと、余計、押し倒されたようになってしまった。
ヤバイ。これはヤバイ。無理ですっ。ギブッ。
この腹黒宰相っ。
睨んでやるけど、もう、正直、どうしたらいいのかわからない。
「ああ。可愛いですね。涙目なのも私にはツボです。全く。本当に前の世の記憶があるのかと疑ってしまうような純粋さですね。」
頰に手を添えられ、軽く頰に触れるようなキスをされる。
心臓がバクバクする。もう、顔なんて真っ赤だし、手先は震えてるし。
「気になる子ほどいじってしまう男子の悪い癖ですねぇ。加虐趣味は無いはずなんですがねぇ。これからは、可愛がりますよ。何せ、貴方はもう私の妻になる人ですから。」
ひいいっ。顔を寄せないで。心臓が持たない。
チュッと、わざとのように、リップ音をさせて耳にキスが落とされる。
「私としては、夫をATMのようにしか見ていない女性はお断りだったので、貴女に出会えてよかったですよ。もちろん、貴女1人を一生愛しますから、ご安心ください。」
そう言って、唇を塞がれる。
混乱した、思考の中、何かが気になる。
ん?待て。
さっき、ATMって言った!?!?
それにしても、小説の乙女ゲーム転生する主人公って、設定とか、詳細に覚えてますよね。
あそこまでやり込まないと、転生出来ないのか?と思ってしまう。
中途半端なレイローズちゃんですが、幸せになって欲しいんです。