3 腹黒宰相のターゲットになった模様です。
やっと宰相様が、登場です。
3年になった。
平穏な生活が続いている。
3年時は、日本の大学のように、履修をある程度自分で選択してカリキュラムを組む為、1組と言っても、殆ど顔を合わせない人もいる。
今年度になって、やっと、死亡フラグの心配が無くなったと判断した私は、油断していたのだ。
この世界では。20歳位までが結婚適齢期と言われる為、3年時には、皆、よく夜会などの社交に出て行く。
6月に毎年ある、初夏の王族主催の夜会に出席した日だった。
夜会の途中で、バタバタとそこかしこで人が倒れたように眠り込んだ。
その中に第3王子が含まれた為、会場は騒然となり、全ての客は場外へ出る事を禁止された。
すっかり忘れていたが、王子ルートで起こる夢の花事件だった。
そうだよ!こんなイベントあったじゃないか!
時既に遅し。
痛恨の極みである。
魔法で彩られた美しい庭とホタルを、テラスから愛でようという趣向であったため、呼ばれているのは伯爵家以上と人数は限られている。
倒れた者を救護するため、王城の職員は、基本、倒れた者につきっきりだ。
残された者達は、会場から出る事も叶わず、堪え性のないご婦人が、金切り声で、警備兵に詰め寄っている。
ワガママな金切り声の女性がモラン伯爵家の次女であるのをみて、皆が白い目で見ている。だが、当の本人は気がついてもいない。
全く。滑稽なこと。
珍しく、バイス公爵がアイリーン様を伴って夜会に出席されており、今日の夜会はつい先程まで、とても華やかで楽しいものだったのに。
アイリーン様は救護に向かわれており、国家間の交易を担われているバイス公爵は、他国からの貴賓を別室で接待するのか、貴賓を連れて退出した。
他の4公爵も、国の重鎮の為、皆が退出を許され、というより、対応の為に退出し、残された者は1番家柄が良い者で、モーリッツ公爵夫人。トラン公爵夫人。
その他は、侯爵家、伯爵家の者達。
モーリッツ公爵夫人とトラン公爵夫人は、上座にて、何事も無かったかのように歓談中。と見せて、現状をしっかり見てあるんだろうな。この場の様子は、其々の夫に報告されるのは間違い無い。
恰幅の良いナード侯爵夫人が化粧室から戻って来た。これでもかと香水を振り撒いたのか?匂いが強い。
少し離れているのに、これは酷いレベル。
夢の花事件。
テーブルにセッティングされた花の中に、ヒロインの出身地方で夢の花と呼ばれる花があり、その葉が不眠解消に煎じて使われている。
生花は薬効が無く、白く大振りな花は、花持ちが良い為、鑑賞花としても人気で、よくアレンジに使われている。比較的、栽培も簡単な為、入手しやすい。
で?
何が原因だったかとか、解決策とかさっぱり思い出せない。
このイベント、王子ルートだけだったよね?
夢の花、ゲームのキーワードだった筈なのに、なぜ肝心な事、思い出せないんだろう?
ヒロインいたら、その場で解決だったよね?サクッと終わったよね?
ナード侯爵夫人の香水で、気分悪くなって来た。
バルコニーに出たいと警備兵に伝えるが、許可が出ず、やむなくハンカチを当てて耐える事になる。
耐える事、1時間。
やっと、個別に状況を聞き取り、帰宅許可となるらしい。
もちろん、階級が上の方から聞き取りが行われる為、私が帰れるのは、いつなのかしら。
少し離れた場所に衛兵がいるが、バルコニーへの立ち入りも許可された。やっと、新鮮な空気が吸えて生き返るようだ。
「こういう時ばかりは、ヒロインがいれば、サクッと解決したでしょうに。」
「帰りたいわ。チートで無双とか、所詮モブには夢のまた夢ね。」
ため息しか出ない。ヒールの高い夜会靴では、ここに長時間立ちっぱなしも厳しい。部屋に戻ると、あの香水に耐えないといけない。
「はぁ。」
ため息が出るのは、仕方ない事だろう。
「こんばんは、ファシエ家レイローズ嬢。ご気分が優れないようにお見受けしました。別室を用意致しましょう。」
不意に後ろから声をかけられ、振り向くと、宰相様がいる。すごいなこんなに人がいて、気づかい出来るなんて。この人も高スペックなんだろうな。28歳で宰相様だし。リオン・グラート、侯爵家長男。国のトップで普段は関わる事なんて無いなあ。
「お気遣いありがとうござます。本当に助かります。」
何にしろ、有り難い。
侍女に付き添われ、個室に案内される。もちろん、部屋の前には衛兵がいるので、変な行動はしないようにとクギを刺して侍女は出て行った。
ソファに座ると、疲れから、一気に眠気が来て、背もたれに寄りかかったまま、眠ってしまっていた。
目が醒めると、周囲が薄暗い。部屋の隅に間接照明が見える。
ああ。そうだ。聴取待ちの間に眠ってしまったのか。
自分にブランケットがかけてあるのに気がつく。お城の侍女が掛けてくれたのかな?
「起きましたね。」
「ひっ!」
急に声をかけられ、慌てる。しかも、男性!?
暗いのに2人だけ?えっ?何で?
「驚かせてすみません。レイローズ嬢、分かりますか?」
照明がやや明るくなり、目の前に来て私を覗き込んだのは、まさかの宰相様。
「さっ。宰相様・・・?」
「はい。」
ニッコリと微笑まれる。濃い栗色の髪は夜間だからか、無造作に上げられていて、瞳が照明でキラキラして男性なのにとても綺麗で。
えっ?待って。微笑まれても??
何で?
これは、一体、どういう状況??
「あの?休ませて頂いて、ありがとうございます?・・・聴取??」
「ええ。ちょっと、貴女に個人的にお尋ねしたい事がありまして。」
微笑まれても、何か急に威圧感を感じて息苦しさを感じる。
何で??私、何かした?
「ヒロインがいれば、解決とは、どういう事ですか?」
!!!!!!!!!
聞かれてたなんて!!!!!!
!!!!!!!!!
驚き過ぎて、言葉も出ない。
「チートで無双とか、所詮モブには夢のまた夢、とおっしゃっていたようなのですが。用語の解説を。」
宰相様の目が細くなる。
怖い。
怖いよう。
何て説明すればいいの?涙目になる。
「貴女は『時の旅人』ですか?」
「時の、旅人?」
聞いた事の無い言葉だ。
「ええ。違う世界の記憶を持った者、もしくは違う世界から、迷い込んだ者。ならば、この国と違う用語を知っていても、おかしくはない。」
「・・・その、時の旅人だった場合、どうなるんですか?」
「王家より保護されます。一般には秘されます。」
「一般には秘される?そんな人がいるって、知った私は??」
「貴女は、私の予測では、他国の記憶持ちの『時の旅人』でしょう?貴女の知っている国名と、性別、どういう生活をしていたのか聞きたいんですよ。話したからといって、貴女に不利にはならない事を約束しましょう。」
ふっと、眼差しが優しくなる。
宰相様も、イケメンだなあ。眼鏡似合ってるし、でも、ゲームにはこんなキャラいなかったよなぁ。
不利にならないって本当かな?でも、嘘をつく事も出来なさそう。
「・・・日本、です。日本に住んでました。」
「日本という国ですね。地方は?」
「千葉です。」
「性別は?」
「女性です。」
「おいくつで、何をなさってた方ですか?」
「23歳で。普通の事務職でした。」
「ご結婚は?」
「独身でした。」
「では、婚約者は?」
「いませんでした。」
「こちらにいらっしゃるという事は、何かの原因で、前の生を終えられたという事でしょうが。覚えておいでですか?」
「多分、事故です。」
「事故?」
「はい。車の。ええと。電車のような鉄の乗り物で、トラックが突っ込んで。「すみません、無理に思い出さなくて結構です。配慮が足りませんでした。申し訳ない。」
「はぁ。でも、大丈夫です。それからよく覚えてなくて。」
「いつ頃からその記憶はあるんですか?」
「14歳の時です。」
「何か思い出すきっかけは?」
「・・・階段で足を踏み外して、頭を打ってから思い出しました。」
「なるほど。」
宰相様が、少し考えた様子を見せる。白状したから?か、当初の威圧感は無い。
「そうですね。それでは、今後の話をしましょう。」
今後?今後とか想像つかない。
「国に知らせたら、王家は貴女を保護するため、王族との婚姻を考えるでしょう。貴女の場合は、同じ学院の第3王子が筆頭に上がるでしょうか。」
「はっ?えっ?・・・いや、困ります!駄目です。絶対にあり得ません。」
王族との婚姻なんて、また、死亡フラグかもしれないじゃない!!
「どうして?第3王子がお嫌いですか?まあ、決まった訳ではありませんが。あくまで、可能性ですよ。」
「そうじゃなくて。静かに暮らしたいんです。そんな華やかな生活や人付き合いは無理です。」
「そうですか。でも、私は責務として、国に報告しなければなりません。」
「秘密にして頂けませんか?」
「 面白い事を言われる。秘密にして、私に何の得が?」
「そんな・・・。」
どうしたらいいのよ。
「何か他に理由があるんですね?その理由を聞かせてもらいましょうか。」
嫌だ。宰相様の話せよオーラ怖い。
「あぁ。もぅ。私の知ってるゲーム。ゲームっていうのは、お話のある遊戯で、その中の話と、というか、この世界が一緒なんです!」
言っちゃったよ。どうしよう。涙出てきた。
「おやおや。泣かすつもりではありませんでした。申し訳ありません。」
両手で頰を包まれる。嫌だよ。怖いのに。何で貴方が困った様な顔をするのよ。貴方が泣かせたんじゃない。
「貴女からはもっと、お話を聞かないといけませんね。でも、何の理由も無く貴女と接触し続けるのは無理があります。…どうでしょう。私の婚約者という立場でお会いするというのは?」
「こん、やくしゃ?」
「ええ。貴女が国に対して無害であれば良いのです。貴女を手元に置いて、私の監視下に置きます。その間、貴女が『時の旅人』である話は私が心に留め置きましょう。貴女が無害であると判れば、貴女の望む静かな暮らしをお約束します。でも、怪しまれないように、しっかり婚約者の役は勤めてくださいね。王族と婚約は嫌なのでしょう?何か、貴女の話す遊戯の話に王族と関わると貴女に良くないことがあったと推測しますが?」
それから、グスグス泣きながらゲームの事、その第3王子ルートのストーリー、今回の夢の話事件のイベントも何かあった事は覚えているが。肝心の原因も、解決方法も覚えてない事を伝えた。
宰相様から、疲れただろうから、ゆっくり眠れるお茶だと、お茶を出して貰って飲んでから、記憶がない。
朝、目を覚ますと、知らないベットで眠っていた。
どうなったんだろう。第3王子はじめ、倒れた人は無事だったのだろうか?
ここ、どこなんだろう。
その解答がすぐにやって来た。
「おはよう、婚約者殿。」
ニッコリと、笑う宰相様。
うん、インテリメガネっぽいイケメン。
「いや、あの、役でしたよね?」
「もう、メイドが来るから、朝の支度をしてもらってね。呼んでおいたから。それから、朝食を、食べよう。」
「えっ?」
「ちゃんとやってね。」
「・・・はい。」
この時、全然、知らなかったのだ。宰相の腹黒さを。
掌で踊らされている事を。