1 思い出したからには、全力で回避したい。
前回、リリスティールの話を沢山の方に読んで頂いたみたいで、正直、驚いてます。
皆様の、暇つぶしにでもなれば・・・。5話予定。
よろしくお願いします。
前世の記憶を取り戻したのは、中途半端な階段落ちでした。
階段落ちと聞いて思い出すのは某アイドル◯一君の舞台の華麗なる階段落ち。
熱狂的なファンがいらっしゃって、ファンクラブに入らないとチケット入手が難しいと知ったのは、そんな熱狂的ファンの上司を持ったからですね。
出演される番組全て録画し、編集したコレクション、メンズ雑誌で彼等グループが載った雑誌も全て購入し、編集コレクションを寝る間も惜しんで作成されてましたね。ライブも多分、あの様子じゃ完全制覇だったんじゃないでしょうか?ライブ遠征のお土産、本当ありがとうございました。
話が横道に逸れ過ぎましたね。
私の話に戻ります。
私はレイローズ・ファシエ。ファシエ伯爵家の長女です。優しい、優秀な兄が2人いて、両親健在。家庭環境、家族仲も良好です。
さて。整理しましょう。
私、昨日、王城で行われた、今年デビュタントを迎えた貴族家の娘の為のパーティーに出席し、帰宅しました。緊張しましたが、つつがなく終わり、本当にホッとしたのでした。
帰宅時は天候が崩れて土砂降りでしたので、馬車を降り、雨よけのコートを侍女に渡して、自室に戻る為に広間の階段を先に登っていたのです。
一応、玄関前エントランスには、雨に濡れないように屋根が張り出してあるのですが、あいにく、滅多に無い暴風雨で、横風が冷たい雨をドレスに吹き付けました。雨よけのコートのお陰で今日の日の為に作ってもらった美しい生地のドレスを汚さずに済んでよかったと、思いながら階段を上がっていたのでした。
右足がツルッと滑ったのは、25段あるエントランスの階段中央部を過ぎた辺りです。
危ない!と、思ったのと同時に、キャー!とか、お嬢様!とか、使用人の声が聞こえ、ゴロゴロと階段を転がりました。
ドレスに膨らみを持たせる為に柔らかいワイヤーが腰回りにあるのですが、そこが華麗なる階段落ちの邪魔をし、ドレスで引っかかり、一回転半程で、頭を斜め下に、ドレスでひっかかったような残念な状態で止まったのでした。
あら。そうなると、ゴロゴロ転がり落ちたでは無く、ゴロゴか。いや。どうでもいいな。
ああ。ダメだ。思考がまとまらない。
まあ、とにかく、カッコ悪い階段落ちをして、脳震盪を起こして、目が覚めたら前世を思い出していたんです。
日本人、就職したての普通の事務系OL。
階段を転がった際に、右手をついたみたいで、捻挫したらしく、とても痛みます。肩も背中も頭も。
乳母のハンナが半泣きで顔を冷やしてくれています。
「お嬢様。本当に申し訳ありません。コートなど後回しにして、お手を取っておけばよかった。」
「ハンナ。あちこちが痛いわ。顔も打ったのね。」
「本当に申し訳ありません。医師より、打ち身以外の怪我は無いと診断されましたが、何分、夜間だった為、治癒魔法師様への治癒依頼は明日の朝となるらしいのです。それまでは、冷やして、痛み止めを飲んでお待ちいただく事になります。痛み止めは準備出来ております。お飲みになれますか?」
「ええ飲むわ。ハンナ。貴方が悪いのでは無いわ。いつもよりドレスも長くて、ヒールも高かったし、いつもの感覚で先に自室に戻ろうとしたのは私だもの。もしかして、お父様やお母様から叱責されてしまったのかしら。」
「いいえ。そうではありません。お嬢様、まずはお薬を。」
少し支えられて、舌に苦味刺激のある痛み止めを飲む。身体を起こすと痛い。
痛いよ。本当は叫びたいくらい!!
堪え性がないのかな?ヘタレ?
頭を打った所がズギズキする。絶対、たんこぶになってる。
「旦那様や奥様に、お目覚めになったと伝えて参ります。」
「ええ。でも、眠たいわ。」
「医師が打撲のみのため、鎮痛剤に、眠剤を少量含ませると話しておりました。旦那様や奥様がお顔を見にいらっしゃると思いますが、ゆっくりお休み下さい。」
「ありがとう。」
目が醒めると、朝だった。ベッドの横に、メイドのアリスが控えている。
「お目覚めですか。お嬢様。分かりますか?」
「アリス?大丈夫よ。」
「お水と、痛み止めをお飲み下さい。もう、7刻ほど過ぎております。朝の痛み止めは、眠剤を含むものと、含まないもの2通り用意しております。どちらになさいますか?」
「眠剤は要らないわ。」
「かしこまりました。少し、お身体を起こしましょう。」
薬が飲めるように、支えてくれるのだが、痛い。痛いよぅ。
「朝食はどうなさいますか?ベッドで食べられるようなものを用意してございます。」
「あと、半刻ぐらいして持ってきてくれるかしら。痛み止めが効いてから食べたいわ。それまで休むから。」
「わかりました。では、ご用意致します。何かありましたら、ベルでお呼び下さい。」
ほうっ。と、息をつく。
ズギズキと痛みがあるのだが、アリスと話しながら、ふと気がついたのだ。
これ、前世で高校時代にやってた乙女ゲームの世界と一緒だという事に。
『夢の花は森の乙女に』
攻略対象が、10人。しかし、オープニングで誰を選ぶか選択してのゲーム開始なので、逆ハーは無い。
しかし、ご都合主義で、魔法もありつつ、科学もある世界。魔力があるのは基本、貴族の流れを汲む者。もしくは、平民でも、神から愛された者と呼ばれる、突然魔力持ちで生まれる者。
国民の1割しか魔力を持たないので、一般的には、科学に頼った生活だ。
ほんとうにありがたい。照明ロウソクとか、無理。照明電気。電車あり。でも、重油が無いのか、車は無い。だから、移動は馬車、徒歩。自転車。
乙女ゲームならではのご都合主義。
キッチンオール電化。
冷暖房に関しては、魔力。魔道具の中に氷石を入れたら涼しくなり、炎石を入れると暖かくなる。
現代日本と変わらない快適さ。素敵だ。
だが、しかし、である。
レイローズ・ファシエ。私の立場がヤバイ。
第3王子ルートと闇の魔法使いクロードルートで出てくる悪役令嬢の取り巻き1が、ローズと呼ばれ、数々の嫌がらせの実行犯が私なのだ!!!
死亡フラグ?
と、一瞬思ったのだけど、どうも違う。悪役令嬢は、幼少期から魔力が強すぎて暴発しまくって、周囲に甚大な被害を出しながら、魔力回路広げて無双。なのに、学院ではヒロインにテンプレで地味な嫌がらせして、修道院送りまたは処刑のバッドエンド。もちろん、私ももれなくお供、という話だったと思う。
10人全員クリアとかしてないしな。王子、闇の魔法使い、聖職者、騎士、炎の魔法使い迄は一通りやったけど。他、誰が居たかな?
悪役令嬢であるリリスティール・ユゥ・バイス様。バイス公爵家のお嬢様は、ベッドを降りられない程の病弱と聞く。魔力を暴発したという話は聞かない。
と、いう事は、ゲームの筋書き通りには進んでいない。このまま、悪役令嬢が表に出て来なければ、バッドエンドは間違いなく回避できる。
この世界では、貴族は15歳から18歳、ちょうど高校時代は王立魔法科学学院に行く。それまでは各家庭で個人の家庭教師を付ける。
市井では、8〜12歳の間に1年間、いつでもいいので、読み書き計算を基礎学校で学ぶことが義務づけられていて、その間は、家庭に補助金が出る為、行かせない家庭はほぼ無い。
その事が識字率の向上と、商業の発展に貢献している。基礎学校で成績優秀な者は、選抜テスト合格者が、中級学校2年間、更に上級学校3年間と進める。上級まで卒業すれば就職先も引く手数多。
王国の数多くの官吏達も、ほとんど上級学校の卒業生。その、上級学校の卒業者で、希に魔力を持っていたり、ずば抜けて科学の才能がある者は、王立魔法科学学院に進学する。
その優秀者の1人が魔力持ちヒロインなのだ。
どうしよう。やっていけるかな、私。
破滅ルートには程遠い現状とはいえ、もし、リリスティール様が回復されて、取り巻きになれと言われたら、お断りする程の家の力は無い。
コンコンコン。
「アリスでございます。失礼致します。」
カラカラと、カートに朝食を乗せてアリスが戻って来た。
「失礼致します。おはようございます、お嬢様」
同時に、私付きのメイド、メアリが入室する。
「おはよう、メアリ。」
「アリスだけでは、お身体を無理に動かすといけませんので、2人で介助させてくださいませ。」
「お嬢様、起こしても?」
「ええ、お願い。」
支えてもらって、ベッドで座る。クッションを調整し、寄りかかる。
見慣れた、天蓋付きのお姫様ベッド。
メイドに手伝ってもらって美味しい朝食なんて優雅すぎるわ。
それにしても、階段落ちのお陰でストーリー思い出せて良かった。知らずに破滅一直線とか、話にならない。
断罪の場所とか処刑目前で思い出しても、上手く切り抜ける能力なんてない。そんなに頭良くない。小説の主人公とか、上手く切り抜けるけど。よくそんな気の利いた、機転を効かせたセリフが出てくるわよね。
ああ。階段落ちさまさま。
人間、普通に落ちたら◯一君のように綺麗に階下まで落ちるとか出来ないのね。
いかに美しく舞台を見せるか、階段落ちも奥が深いのだわ。
さて。どうやって危険回避すればいいのかしら。
そんな事を考えながら、パンケーキを食べていた。
「治癒師様は、お昼までには来てくださるそうですよ。」
メアリがニッコリ笑う。
「嬉しいわ。早く痛みから解放されたいもの。」
「もう、皆で心配致しましたのよ。医師のバーバラ様も、あんなに慌てて廊下を走られるのを初めて見ましたわ。ハンナさんの動揺も酷くて。」
「ハンナは?」
「私と明け方、付き添いを交代致しましたの。今は眠っておられますわ。朝出のアリスが来たので、私も少し休ませて頂いてたんですわ。」
「心配かけてすまなかったわ。ありがとう。」
メアリは子爵家の三女の為、行儀見習いなどの名目で、伯爵家のメイドをしている。
私のメイドをする事で、条件の良い男性の目に留まり、嫁ぎたいという本人の希望だ。
彼女は、私にとって使用人のような、友達のような立ち位置なのだ。
医師のバーバラさんは、平民上がりだが、腕の良い医師だともっぱらの評判だ。この世界では、魔力を持ち、身体の異常を確認できる者だけが、医師と呼ばれる。
因みに、医師にも上級、中級、下級がある。
医師の技量に更に、魔法で治癒できる者を治癒師と呼ぶ。治癒師は、この国には8人しかいない。とても希少な人材なのだ。
食べ終わって、ホッと、一息着いた辺りで、廊下が慌ただしくなった。
トントントン!!!
の、高速ノックと共に、メイド長のミアが入って来る。こんな慌てたミア、初めて見た。
「お嬢様!治癒師様が、いらっしゃったのですが、バッ、バイス公爵夫人が直々にいらっしゃいました。くれぐれも、失礼の無いように、お気をつけ下さい。」
メアリも驚きに言葉も出ない様子。
ちょっと。ちょっと待って。リリスティール様のお母様?
嫌な予感しかない。遠いと思っていた死亡フラグが近づいて来る。
怖いんですが!!お願い、誰か助けて!!