Another Chance 〜また別の機会に〜
見慣れた桜並木を通る
ふと、鼻唄を口ずさんでいる人とすれ違う
あいつだ!
私はすぐさま駆け寄り手を伸ばす
あいつも私の気配に気づき振り返るー
ーもう5年前になるだろうか
当時の事が鮮明に思い浮かんだ
私はいつもここの桜並木であいつを見かけては声をかけていた
季節は春の時だった
あいつはいつも上機嫌に静かに鼻唄を口ずさんでいた
私はあいつの姿を見るや否や、すかさず駆け寄り手を伸ばしていた
振り返ったその顔はいつもキョトンとしていた
私だと気づいた後は笑顔になってくれた
私は当時、フリーターでいつも誰かと遊びほうけていた
あいつは大学に通っていたが私達の誘いには乗ってくれていた
あの頃が一番楽しかった
車持ちの友人がいてよくその子の車に乗っては皆で夜通しドライブしたりした
山道に入って人気がなくなると窓から身を乗りだし叫んだりしたもんだ
時速100キロの風を受けてあいつの髪は逆立ち、顔がもろに見えたりした
あいつはとんでもない笑顔になって楽しんでいた
男女6、7人程度で車内がぎゅうぎゅうだったが幸せだった
季節が夏の時は
今日は花火がしたいと、
仲間の一人がそう言った
私たちは賛成し、行き付けのドンキで花火とお酒を揃えた
少し遠くのお気に入りの海に皆でよく行った
花火の袋やお酒の缶をおもむろに開け皆それぞれ思い思いに楽しんでいた
私の横にはいつもあいつがいた
がらになく じっとしている
腹でも壊したのかあいつの顔を覗きこんだその時だった
ねずみ花火が私の足元で大暴れした
あいつは私の驚いた顔を見て大爆笑した
あいつはしばらくすると花火に飽きたのか一人、海辺で佇んでタバコを吸いながら星空を見上げていた
私はすかさず缶コーヒーを買ってあいつの元に行き頬にピタッとつけイタズラした
冷たさに少し体がビクッとなったがコーヒーを受けとると礼を言われた
隣に座り二人で夜空を見上げる
ワイワイ過ごすのも楽しいけどこうして静かに過ごすのも悪くないと思った
ふとあいつは鼻唄を口ずさんだ
当時流行っていた歌だったからすぐにわかった
それはベタなラブソングで私はよくからかったもんだ
あいつは少しムッとした様子だったがその歌を口ずさみ続けた
いい雰囲気だったかもしれない
そろーっと友人達は私達の邪魔にきた
悪ノリの友人が私の太ももをいきなり持ってそのままだきかかえられ海にぶん投げられた
びしょ濡れになった私の姿を見て友人達はゲラゲラ笑ってまた砂浜で花火をし始めた
こんな事は慣れている
ただのお遊びだ
私は海面から起きようとした
顔をあげると真正面にあいつの大爆笑した顔が月明かりに照らされていた
その姿を見て自分が自分でなくなる気がした
好きなのだ
あいつの笑顔が
あいつのお腹を抱えて心底笑うところが特に
けど苦しい
むかつく
なぜ手を伸ばしてこない
私を起き上がらせてくれなくてただ笑ってるだけだ
これがあの子だったらすぐに抱き抱えるくせに
私の気持ち気づいているだろうか
女として見られてないのだろうか
悔しい
試してやろうか
心の中で葛藤したあと自分の力で起き上がれる体勢ではあったが
私は無意識にあいつに手を伸ばしていた
あいつは私の様子を見て笑顔が消えびっくりした顔をしていた
私はいつもしないような行動に加え潤んだ目をしていたと思う
あいつはそんな私の目を見据え、そっと手を伸ばしてきた
右手は私の手を添え、左手は私の腰に手を回し…
そっと起き上がらせてくれた
体が密着して頭がどうかなりそうだった
あいつの匂いが、した
あいつはすぐに手を離し、両手いっぱいに海水を組み上げるとバシャバシャと音を立て花火をしている皆の元に駆け寄り、それをぶちまいた
それから水遊びが始まった
ボーッと立っていた私にも海水がかかりそれを期にめちゃくちゃアラクレた
人知れず火照った体を海水で冷ました
季節が冬の時は
寒いから宅飲みしたい、と
仲間の一人がそう言った
私達はいつものようにドンキでお酒とおつまみを買って車で独り暮らしの友人の家に行った
あいつは来ていなかった
仲間の一人があいつに電話をかけて呼び出す
あいつは一時間くらいで現れた
論文の提出が間に合わないと言っていたが結局いつもと同じように顔を出しに来てくれた
皆でこたつに入りワイワイたわいのない話をした
お酒も入ってきた頃、あいつの携帯が鳴り響いた
あいつはすぐさま部屋を出て外に出た
私はタバコを吸いに行くとだけ言い皆の元を離れあいつを追って外に出た
外は雪がちらついていた
あいつは寒い中、アパートの下の階段のところに座って頭をくしゃくしゃさせていた
上からだと顔は見えなかったが何か電話口の相手と討論しているようだった
「あの人達に関わるのはやめて」
ふと、あの言葉がフラッシュバックした
あいつとの出会いは高校時代の時だった
私のワル友の友人の友人ってな感じでいつの間にかあいつとは気が合う仲間になっていた
クラブでいつものように皆で騒いでいるといかにも真面目そうで場違いな黒髪のダサいおかっぱ女がバンッとクラブの扉を開け威勢よく入ってきたことがあった
女はあいつの方にズカズカと歩みより無言で睨み通していた
あいつは酔っていて笑いながら女の機嫌を取ろうとなだめていた
悪ノリの仲間の一人が女をからかい太ももを持ちそのまま抱き抱えた
下着が丸見えになった
女は顔を真っ赤にして叫んだ
と同時にあいつは酔いが覚めたかのようにすぐさま手を伸ばして女を抱き抱え救出し仲間達を罵倒して睨んだ
その場がしんとなった
あんな真剣なあいつの顔を見たのはあのときが初めてだった
お姫様だっこをしたままあいつと女はクラブを出ていった
私は無意識にあとを追っていた
二人は路地裏にいた
私は見つからないように身を潜めながら様子を見た
何やら討論していた
「あの人達に関わるのはやめて」
そう言って女は泣き出した
あいつはキリッとした男の顔になり女にキスをした
あいつ、ちゃっかり彼女いるしと思った
それからのあいつは自ら仲間の元には遊びには来ず、私達の誘いに応じてからしか遊びに来なくなった
ーあの日と同じように私は冬の寒い日、壁にもたれあいつの事を盗み見していた
きっと電話の討論はまたその手の事だろう
まだ二人は付き合ってたのか
性格の真逆な二人は長くは続かないと思っていた
気が合う私となら…と、どれだけ考えたことか
やっと電話を切ったと思ったがあいつはまだ階段にいて頭をかかえ塞ぎこんでいる
ふと、どこからか子犬の声がしてあいつは顔をあげた
私も身を乗り出して見ると少し目先の方で子犬が段ボールに捨てられていたのに気づいた
あいつは子犬に駆け寄ると静かに抱き抱えコートにくるみ階段を急いで上ってきた
盗み見していた私と目があった
コートも着ないで何をしてると言われた気がしたが私は子犬の声がしたから外に出たと、ごまかした
よく聞こえたなと言われたが私はそれを無視して急いで部屋の中に子犬を入れるように言った
震える子犬を見て皆はガバッと起き上がりそれぞれが動いた
お風呂に入れるため湯を沸かす者
そのあいだタオルで子犬の体を吹き上げる者
車持ちの友人はミルクと餌を買いにドンキに行った
私は寒くないようにとずっと子犬を抱き締めて撫でていた
お風呂に入れドライヤーをかけると子犬は真っ白でフサフサな綺麗な毛をしていた
あいつはそれを見て天使のようだ、とベタな事を言い子犬に軽く口づけをした
ようやく落ち着いたころ、子犬は買ってきた餌を食べてくれコトッとその場に横たわり寝息を立てた
もう夜中の3時を回っていた
私達はそれを見て安心するとこたつの中に7人がもぞもぞと入り雑魚寝した
こたつの中で夢を見た
ギラギラに輝く太陽の元であいつは泣いていた
私はあいつに手を伸ばして涙をぬぐおうとした
けれどギラギラの太陽に涙は蒸発されていきあいつは
大丈夫だ、と言い泣き顔から笑顔になって手を振り私の元を去って行った
こたつの暑さで目を冷ますと
あいつのドアップが目の前にあり声をあげそうになった
あいつはスヤスヤと寝息を立てていた
私は常に抜かりなくあいつの隣をキープしていたのだ
無防備なその顔を息を潜めて眺めていた
私は調子に乗って手を伸ばした
手に触った
頬に触った
髪に触った
気づかれた
半開きの目でキョトンとこちらを見つめてきた
とっさに寝癖がついてたから触っただけだ、と言い誤魔化した
あいつは起き上がるとすぐに子犬の方に目をやる
子犬はぬくぬくとタオルにくるまって側で寝ていた
その様子を見てホッとしたようだった
あいつはしばらく寝起きでボーッとしていたが携帯を取り出すと、いじりだすこともせず液晶画面をずっと眺めていた
なんとも言えない顔をしている
またあの女の事を考えてるのだろうか
あの女の一体どこがいいのかとイライラした
私の中で何かが弾けた
私は無意識に手を伸ばしあいつの腕をキツく握りキスをした
最悪なファーストキスだった
「どうよ?あの子とは違う?」
私は強気で言った
あいつはキスをされてビックリした様子だったが静かにうつむいてこう言った
「…全然違う」
「そう!」
私はそう言って握っていた腕を持ち上がらせてあいつを立たせ、友人の車のキーを勝手に取り部屋を出ようとした、
が
足元で子犬の切ない声がした
子犬は起きてしまったらしい
お前もおいでと子犬を片手で抱き抱え私達は外に出た
明け方ではあるが冬なのでまだ暗いし寒かった
荒ぶる吐息が白い
私はあいつの腕を離さず強引に階段を下りて有無を言わさず車の助手席に乗せ子犬をあいつの膝の上に乗せた
エンジンをかける
「今からあんたの彼女の家に行くから場所教えて」
あいつの目は真ん丸になり私を見ていた
さっさと場所言えと一括するとあいつは答えその方向に車を出した
あいつは何か言いたそうだったが、
ずっと前を見つめ黙っていた
約40分くらいだっただろうか
私は運転しながらあいつの横顔をちらちら見ていた
この40分がすごく、すごく短く感じた
指示された女の家の近くについた
もう朝日が上がってきていた
私はあいつに、早く行って彼女と仲直りしな、と促したがなかなか車内から出ていかない
しかも泣き出しそうな顔をしている
今回は絶対嫌われた、会うのが怖い、別れを告げられたらどうしよう、と情けない顔で呟いた
私の中でまた何かが弾けた
私は子犬を抱き抱えるとあいつの口に持っていきキスをさせた
「…違うでしょ」
「…全然違う」
子犬はキューンと鳴いた
その直後あいつの両腕が私を強く抱き締めてきた
信じられなかった
泣きそうになった
あのまま時が止まれば良かったのに
あいつは抱き締めながら
「彼女は俺が皆とつるむのをいやがってたけど俺は皆と過ごすのも楽しくてやめられなかった。
…けど今までありがとう。本当に楽しかった。バイバイ」
と言って手を離し子犬を私の膝にのせた
そして車を出た
勢いをつけて車のドアを閉めると
笑顔で手を振ってきた
「絶対戻ってくんじゃねー」
私はぶっきらぼうに口パクでそう言った
私の大好きだったあいつの笑顔の後ろで朝日が登っていく
朝日の中に吸い込まれるように走って行くあいつの姿が見えなくなると
「…バイバイ」
と、呟き子犬を抱いて大泣きした
ーあれから5年ぶりに
桜並木を通った
そこにあいつがいてすれ違ったのだ
相変わらず何か鼻唄を口ずさんでいた
私はすぐさま駆け寄り手を伸ばし
あいつも私の気配に気づき振り返った
懐かしいあいつのキョトンとした顔
偶然会えた
やっと会えた
私はやっぱりあいつが今でも好きで会えば駆け寄ってしまい、手を伸ばしてしまっている
あいつも私に歩み寄ろうとした
が、その時、お互い、グイッと何かに引っ張られ気がそっちに向いた
「パパー、抱っこ」
あいつは振り替えると裾を引っ張る小さな子供をゆっくり抱っこした
「ワンワン」
私の方は振り替えると真っ白な毛をなびかせた雪丸がリードを引っ張って反対方向に行こうとしていた
雪丸とは5年前あの冬の日にあいつが拾った子犬のことだ
あの後、私は子犬を引き取ったのだ
今では立派な成犬になっている
ー私たちはもう交わることはない
お互いに違う人生を歩んでいる
私は振りかえることはなく反対方向に歩き始めた
あいつもきっとそうだろう
今、あいつの口ずさんでいた歌は私の知らない歌だったけど悲しい歌じゃなかったらいいな
Another Chance
また別の機会にー