これでもヒロイン
___________2019年 東京 1月
来年は東京オリンピック。
少しずつ世間は盛り上がりを見せている。
競技場がどうだの、交通がどうだの、宿泊がどうだのまだ少し揉めているが何とか無事にオリンピックは開けそうだ。
テレビやネットでもたびたび話題になり、
わいわいと活気に満ちた日本。
ま、私はそれどころじゃないけれど。
だってさぁこっちは今必死なんですよ。
「結城、お前このままだとやばいぞ」
予備校1の鬼講師、鬼山に先日ついに言われた。ちなみに鬼山は私が勝手に付けたあだ名。本名塚山。なぜか大手予備校に高校の生徒指導部みたいないかつい講師がいる。
「すみません」
私は小さくなって思わず俯いた。
鬼山ははーっと大きく溜息をつく。
そして、眉間に皺をよせた。
「謝られても困るんだよ。お前、この1年何してきたんだ。このままセンター臨んだら国公立なんて無理だぞ」
「......はい」
模擬テストの結果用紙をとんとんと指で叩く。圧がすごい。
「ただえさえ、大学は少子高齢社会で定員を減らしてるんだ。二浪したいのか、お前」
「嫌です」
私は強い口調で答える。
鬼山を見つめた。
鬼山はそんな私をじっと睨む。
「なら、寝る暇削ってぶっ倒れるまで励め」
「......はい」
鬼山はそう言うと席から立って教室を出た。私は深く溜息をついた。
どうも、浪人生の結城 香澄です。
現役生の時は憧れの国公立に届かず。
無理を言って浪人させて貰ってる。
毎日毎日勉強。
でも、浪人したからといって必ず合格出来るとは限らない。
センターを間近に控えた私の模擬テスト結果は散々。
遂に鬼山に目を付けられてしまった。
「どうしたら良いのよーっ」
私は机に伏して椅子を揺らした。
すると、私の席に誰かが近づいてくる音がした。
「香澄、こってり絞られてたな」
頭上から小馬鹿にしたような口調で言われる。
あいつだ。
私は顔を上げて、ほっぺたを膨らませた。
「うるさいっ」
彼の名前は瀬戸 柊斗。
近所で小さい頃からの幼馴染。
私より賢いが更に上の大学を狙うためにこの予備校に通っている。
「そんな落ち込むなって」
笑いながら私の頭を撫でる。
わざと髪の毛をぐしゃぐしゃにしながら。
馬鹿にしているのか、こいつ。
私は彼の手をさっと払う。
「なんだよ、励ましてやってんだろ」
そうは言いつつ馬鹿にしたような顔をする。
上から目線だ。
「そういうのいらないからっ。いいよね、あんたは賢いからさー」
私は頬杖をついて柊斗に鋭い視線を投げる。
ええ、どうせ。
私は馬鹿ですよ。
柊斗はそんな私を見て思っていたよりもこじらしてるな、というような顔をする。
「まぁでも、まだ2週間はあるし。最後までお互い頑張ろうぜ」
落ち込んでいる幼馴染にからかった事を反省したのか、らしくないアドバイスをしてきた。
柊斗が私にこんなこと言うのは珍しい。
「うん、頑張る」
私は素直にその言葉を受け取った。
「ところでさ香澄の狙ってるとこめちゃくちゃ難しいけど、何でその大学?」
柊斗は志望大学が書かれた結果用紙を見つめながら尋ねた。
「そんなの決まってるじゃん。君のお兄さんがいるからだよ」
「兄貴?」
柊斗は不思議そうな顔をして首を傾げた。
柊斗の兄は、私より2個上の大学生だ。
名前は瀬戸 理央。
弟とは違って顔が整っていて、優しい。
実は小さい頃からずっと彼に片想いしている。
「うん、理央君と同じキャンパスライフを送りたいの」
理央君と同じ学び舎で学べるなんて想像するだけでにやけが止まらない。
あわよくば急接近したい。
私は目を輝かせる。
「......へぇ」
一方、その話を聞いた柊斗はあきれたような顔をして適当に反応する。
「兄貴と同じ大学に行くためにこの大学選んだんだ?」
お前アホだろ、と冷たく言い放った。
私はその言い方にむかっとして口を開く。
「もちろんそれが1番の志望理由じゃ無いからね?」