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金持ち彼氏と貧乏彼氏  作者: D@2年連続カクヨムコン受賞
最終話 つたわる思い
95/96

これから(番外編:金田ルート)

 おれは、山田と別れて、待たせていた車に乗り込んだ。

「山田様はよろしいのですか?」

 運転手の井頭がそう聞いてくれる。

「ああ、いいんだ。あいつは、忘れ物があるから、さきに帰っていて欲しいとさ」

「かしこまりました」

 井頭はすべてを悟ったらしい。にこやかな笑顔だった。


   ※


 おれは、車の窓から見える海を見ていた。海から川へ。さっきとは逆の光景が広がっている。

 川の向こうには、工場の煙突がいくつも見える。モクモクと煙が空へと広がっている。

 

「さっきの山田、かっこよかったな」

 本来なら、おれが言うべき言葉だったのかもしれない。なのに、おれは言えなかった。

 自分のことを忘れて欲しいという佐藤さんに、そんなことはできないとやつははっきり言ったのだ。あいつは、おれのことを“ラノベ主人公”と呼ぶけれど、あの一瞬は間違いなく山田が世界の中心だった。おれは、ヘタレラノベ主人公だとしたら、あいつはやるときにしっかりやるヒーロー型の主人公だ。


「がんばれ、山田……。おまえがナンバーワンだ」

 国民的人気漫画のライバルキャラのセリフをまねる。結局、おれは佐藤さんの心の壁を崩すことができなかった。好意を示してくれた女性に、一歩踏み込むことができなかった。その勇気がなかった。だから、こんな風に人間関係がこじれてしまうのだ。問題をややこしくしてしまった。もし、あの告白された時、ちゃんと返事ができていたら、佐藤さんも違った行動をおこしてくれたかもしれない。


 反省ばかりしていてはダメだな。ネガティブな感情は、新しいネガティブな感情を生んでしまう。負の連鎖だ。今日から、おれも変わらなくてはいけない。本気でそう思った。


「Von hier und heute geht eine neue Epoche der Weltgeschichte aus, und ihr könnt sagen, ihr seid dabei gewesen.」

 井頭が謎の言葉を発した。何語だ?

「有名なゲーテの言葉です。『ここから、そしてこの日から世界史の新しい時代がはじまる』という意味の言葉です。なんとなく、今の坊ちゃんにふさわしいかと思いまして」

「じゃあ、おまえが、その変化の目撃者ということだな」

 おれたちは笑いだした。井頭には、イズミから告白された話を伝えてある。つまりは、そういうことだ。

「家に帰る前に、いつもの公園に行ってくれ」

 おれは覚悟を決めた。

 イズミにメッセージを飛ばす。


『いつもの公園。午後六時。話したいことがある』

 最小限の内容だった。でも、おれたちにとっては十分な文字数だった。

 海を離れて、車は田園風景を進んでいく。


    ※


「お待たせ」

 おれが、公園に着いた時、イズミはすでに待っていた。

「もう、呼びだしておいて、遅れてくるのはマナー違反だよ」

「まだ、一分しか遅れてないだろう」

「わたしなんて、一時間前から待ってるよ」

「それは、早すぎだろう」

「だよね」

 昨日の気まずい雰囲気がウソのようだ。いつものおれたちになっている。


「それで、佐藤さんには会えたの?」

「うん、会えた。ちゃんと、話をしてきたよ」

「山田くんは?」

「忘れ物があるそうで、置いてきました」

「彼らしいね」

「うん」


「山田くんはやっぱりすごいな~。どっかの誰かさんみたいにヘタレ主人公じゃないしね」

「すいません」

 イズミはいつも以上に、グイグイ攻め込んできている。

 というか、あの短い説明で、どこまで読みこんでるんだ? イズミは……。

「うん? 秀一君のことじゃないよ。どっかのラノベのヘタレ主人公のことだよ~」

「もう、許してください」

「しょうがないな。じゃあ、この話題はここまでだね」

「ありがとう」

 イズミは、いつも以上の笑顔になっていた。


「それで、覚悟を決めてくれたんだよね?」

 イズミは直球で攻め込んできた。

「うん」

「じゃあ、教えて。秀一君の気持ち。わたしのこと、どう思っているか?」

 今回は、おれはもう逃げない。逃げちゃいけない。ここで逃げたら、もうイズミと一緒にいられない。

 夕日は半分沈んでいた。おれたちの顔は真っ赤になっていた。


「イズミ。おれも、イズミのことが好きだ。ずっと好きだ。これまでも、これからもずっと一緒にいてください」

 イズミからの返答はなかった。

 ただ、彼女の顔が、ドンドンと俺の顔に近づいてきた。

 そして、


 唇と唇が重なった。



 この瞬間が、永遠になればいいのに。俺はそう思った。たぶん、イズミもそう思っているだろう。


「ずっと、いっしょにいてね」

 イズミはそう言った。おれは、それにうなづいた。


 今度は、おれがイズミの顔に近づいた。

 目を閉じる前の赤みがかった彼女の顔は、とても可愛かった。

 ふたたび、おれたちは同じ時間を共有した。

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