これから(最終回)
おれは、さきほどの公園に走った。まだ、彼女がそこにいると確信して。
金田の返事を聞いた時、彼女は無理に笑っていた。笑顔がとてもぎこちなかった。
そして、スカートを握りしめていた。
まだ、日は高い。とても暑い秋の一日だ。
そして、おれは公園に戻ってきた。
さきほど、別れたばかりの彼女は、ベンチで座っていた。うつむいている。
「佐藤さん」
おれは、大声で彼女の名前を呼んだ。
彼女は泣きはらした顔で、こちらを見た。そして、笑いだす。
「なんで、戻ってきてるのよ、山田くん」
「心配だったから、佐藤さんが……」
彼女は泣き笑いを繰り返す。
「山田くんも、こっちに座ってよ」
おれがずっと立っていると、彼女はそう促す。
「金田くんは?」
「もう帰ったよ」
「じゃあ、山田くんはどうやって帰るの?」
「それは……」
「ノープランだね」
「うん、恥ずかしながら」
おれたちは、笑いだした。
「わたしのこと、そんなに心配してくれたの?」
「うん」
「金田くんと別れて、帰り方もわからない場所に残るほど?」
彼女は、そう言っておれをからかった。
「そう言われると、とても恥ずかしいね」
「どうなの?」
「おっしゃる通りです」
「フフ」
彼女は、おれの肩に顔をうずめた。
「なら、お言葉に甘えて」
「もう、甘えてるじゃん」
「男の子が細かいこと言わないの」
そして、彼女は無言になった。
ただ、肩が小刻みに揺れていた。肩の温度が少しずつ上がっていくのを感じる。
抱きしめたい気持ちに駆られた。おれには、そんな資格はないのに……。
彼女の手がおれと触れた。
「あっ、ごめん」
おれは、慌てて手を放そうとした。
「だいじょうぶ、だよ」
彼女はそう言って、手を近づける。彼女の温かい体温が伝わってくる。
「あの、佐藤さん?」
「ごめんなさい。もう、少しだけ」
「う、うん」
日が傾き始める。失恋した片思い相手を慰めているという複雑な状況だった。
でも、この状況が、少しでも長く続いて欲しいとおれは思っていた。
※
「ありがとう。落ち着いたよ」
佐藤さんはいつもの笑顔に戻っていた。ただ、目は充血していた。
「結構、甘えちゃったね」
彼女は恥ずかしそうに、苦笑いしていた。
「落ち着いて、よかったよ」
「うん、本当にありがとうね。山田くん」
もう、金田と別れて数時間が経過していた。もう、蒼井さんと会えたかな? なんとなく、すぐに連絡を取っていると思う。
「そろそろ、イズミちゃんと会えたかな?」
「ごほっ」
「だいじょうぶ、山田くん?」
「それはこちらのセリフだよ。佐藤さんこそ、もう大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないけど、区切りはついたかな?」
「強いね」
女の人って、たくましいな。おれは、まだ春のことをひきずっているのに……。
「強くないよ。山田くんのおかげ」
「なら、よかったかな?」
「うん、ありがとう」
「ねえ、山田くん。わたしのこと、まだ好き?」
「ごほっ、ごほっ」
「ごめん、意地悪した」
「佐藤さんっ」
「ごめん、ごめん」
「あんまり、からかわないでよ」
なんだか、佐藤さんは笑顔が増えたと思う。たぶん、余分な鎧を脱ぎ捨てたからかな。
「佐藤さんは、おれのことどう思ってるんだよ?」
おれは破れかぶれの突撃を敢行した。
「え~、どうだろうな?」
「……」
おれは、ジトーという目で彼女を見た。
「そんな顔しないで。だって、わたし、今日失恋したばっかりで、ほかのことを考える余裕なんて、いまはないもん」
「だよね」
「でも、“いまは”だからね。将来はどうなるかわからないよ」
小悪魔的な笑顔ってこういう表情なんだろうな。
「そんな、殺生な」
「時代劇みたいな口調だね」
「ねえ、山田くん。わたしと、同じ学校に通わない?」
「それは、おれも引っ越せということ?」
「そうじゃないよ。将来のこと」
「将来?」
「山田くんは、内部進学しないでしょう?」
「うん」
「だから、同じ大学受験して、四年間一緒にいない?」
「えっ」
「わたしも、バイト始めたんだ。無償の奨学金も残っているし、私立じゃなかったら大学は通えると、思うんだ」
「わかった」
「いいの?」
「むしろ、おれは喜んで」
「ありがとう」
「じゃあ、入学式の日に、また会おう」
「うん、楽しみにしている」
その時、また同じことを言おう。おれは、
おれたちの手は、まだ繋がっていた。この時間が永遠となればいいのに。
いや、永遠とするために、おれは頑張らなくてはいけないんだ。
おれは、そう決心した。




